核兵器廃絶国際キャンペーン

    logo_header_news-s.png 【ニューヨーク=上塚真由】ノーベル平和賞受賞が決まった国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のメンバーが9日、ニューヨークの国連本部で記者会見を開き、核兵器を非合法化する「核兵器禁止条約」に参加しない米国や日本などの対応を批判し、改めて参加を呼びかけた。

     ICANのアジア太平洋地区を統括するティム・ライト氏は、日本政府が条約に署名・批准しない場合、「70年以上にわたって休むことなく核廃絶に取り組んできた被爆者への裏切りになる」と批判した。

     また、ベアトリス・フィン事務局長は、トランプ米政権が禁止条約に参加しない方針を改めて明らかにしたことに、「予想できていた」と指摘。ノーベル賞受賞について「トランプ氏に核を放棄させることにはならないが、核兵器は容認できないという国民の声を受けて、政府は動かざるを得なくなる。ノーベル賞はより大きな機運となる」と意義を語った。


    ♡核拡散防止条約(NPT)への失望から生まれたICAN。その力強い国際NGOの活動を俯瞰しても、諦めない人間の平和への英知が感じられます。核廃絶への希望であるICANから批判されても、日本政府は何も感じないのでしょうか。
    ソ連崩壊後、欧州などで高濃縮ウランやプルトニウムなどの密輸事件、闇取引が発覚、問題となりました。今は、北朝鮮の不正な核取引が疑われます。
    核不拡散、テロリストへ核物質が渡ることを防止するため安全管理体制の徹底、核テロへの脅威を各国が共有し、協力していくことは当然のことと考えますが、その交渉はスムーズにいかないという歯がゆい現実があります。
    危機感がない日本では、選挙で忙しく、「被爆者への裏切り」となっても、自分のことで精一杯です。創価も、表では握手して、裏ではつばを吐いても、平気なのでしょう。正しい信仰者とは、常に苦悩する人・同苦する人、つまり菩薩と定義しますが、自己撞着の妙法理論を弄んで楽しいのでしょうか。少しも悩まないことに、信仰へのいい加減さを感じます。


    ♡対談「地球平和への探求」のなかで、ジョセフ・ロートブラット博士は、次のように述べている。
    『長年にわたり、核兵器の問題に携わってきた者として、私は、NPTの重要性を深く認識しています。
    現在の危機は、35年のNPTの歴史で、最悪のものです。何よりもまず、核保有国が誠意をもって核軍縮に取り組まないかぎり、核拡散の危機は解決しないでしょう。
    私は、今回の会議(2005)にメッセージを送りました。
    そのなかで、具体的提言として、「核の抑止力」に依存する旧来の安全保障システムではなく、人類共通の「生存」という共通意識のもと、「協力」に基づく新たな安全保障システムへ前進しなければならない、と訴えました』


    核兵器廃絶運動に一貫して尽力し、信念を堅持してきたロートブラット博士に対し、池田先生は次のように訴えています。
    『まったく同感です。このままでは、人類の安全な未来はありえません。核時代においては、「安全保障」に対する発想そのものを変えていく以外にないのです。指導者たちは、その現実を厳しく見つめ、行動すべきです。
    その意味でも日本は、初めて悲惨な原爆を体験した国として、平和の叫びをさらに強めていかねばならない。世界へ訴え続けていくべきであると、私は思っています』


    さらに、対談「希望の選択」で、デイビッド・クリーガー核時代平和財団所長と先生は、次のように述べています。
    池田『その被爆者の意識をないがしろにした典型的な例が、「核兵器による威嚇・使用は一般的に国際法に違反する」という画期的判断を示した国際司法裁判所における、日本政府代表の陳述でした。「核兵器の国際法違反」を明言し、核兵器の非人道性を切々と訴えた広島と長崎の市長の陳述は、法廷に大きな感動を与えました。ところが、両市長の前に発言した政府の代表は、ついに核兵器の「違法性」を明言せず、わざわざ「両市長の発言は政府の見解を表明するものではない」と付け加えたのです。
    そもそも日本は、国連総会で1994年に、国際司法裁判所の勧告的意見を求める決議案が採決された時も、「棄権」しています』


    クリーガー『広島市と長崎市の市長が行った証言は、すべての人の心を打つものでした。それなのに、会長がおっしゃったように、両市長は、日本政府代表による声明に支援されることはありませんでした。核兵器廃絶の問題に関しては、日本の政府は、日本国民と米国政府の両方に対して、同時に忠実な態度をとることはできません。
    これまでのところ、日本の歴代政府は米国政府との関係を優先し、自国民に対する義務を二の次にしてきました。日本の安全保障はアメリカの「核の傘」によって強められると、日本政府は信じているようです。しかしながら、このいわゆる「核の傘」なるものは、他の諸都市を広島、長崎と同じような破滅の脅威にさらすのですから、日本国民を「共犯者」に仕立てるものです。
    広島と長崎の歴代市長は、地球から核兵器を無くさねばならないと、説得力あふれる嘆願をされてきました。その嘆願に耳をふさぎ、日本の政府はアメリカに対して「弟分」のように振る舞ってきました。私は、この問題に関する日本の政府の立場を容認できません。日本の国民は、政府の政策を国民の意思に合致させるよう要求すべきです。この要求を日本の国民が貫徹し、政府の核への態度を変えることができれば、この動きが、アメリカの政策に大きな影響を及ぼせるはずです。
    この点で、私は、日本国民がこの要求運動におけるリーダーになってもらいたいのです。そのことで、アメリカ国民は、政府に変化を要求する気持ちを起こすかもしれません』


    池田『こうした点について、私たちの共通の知己である「平和学の父」ガルトゥング博士も、「唯一の被爆国」という経験を生かせない日本に歯がゆさを抱いておられました。
    「何よりも日本は、アメリカとの関係において現在の隷属的立場を脱却し、もって対決的でない真の自主性の模範となるべきです。そうすれば日本は、中立国スイスと肩を並べるばかりか、はるかに凌駕すらする世界第一級の調停国たりうるでしょう」と。
    冷戦の終焉は、日本にとって平和へのリーダーシップを発揮するチャンスであるはずです』


    そして、クリーガー所長は、広島と長崎を訪問した感想を述べて、次のように言います。
    『広島と長崎に滞在した折に、私は、謝罪することができました。もちろん、それは公式的なことではなく、個人的なことでしたが、あの原爆投下が両都市の人々にもたらした言語に絶する苦しみに対して「アメリカ人」としてお詫びを言えたことで、私は正しいことをしたと感じました。過去に他者にもたらした苦しみに対し、きちんと謝罪する勇気のある政治指導者たちが、いつの日か、アメリカに現れるようにと、私は祈っています。
    アメリカに勇気ある指導者が現れることは、アメリカが行使できる軍事力よりも、配備できるどんな武器よりも、蓄積できるどんな富よりも、私たちが偉大な国民になった重要な証となるでしょう』

    安保法制反対署名に際し、創価大学にメッセージを贈ったクリーガー所長に対し、創価では公式に反応していません。きっと無視するか、避けているのでしょう。それでいて公明党を支援する姿勢を少しも修正できないのは、憶病者の行動で、勇気を強調する妙法の期待からは程遠いものです。まるでダブルスタンダード以上の、二重人格組織という病的なレベルにあるようです。それとも池田先生が病的なのでしょうか? 
    戸田先生の「原水爆禁止宣言」も裏切っています。決して離れてはならないと何度も教訓された大御本尊も捨て、それでもなお、師弟不二を人生最上の道と指導する意図は、自分勝手な、自分に都合がよい師の利用ではないでしょうか。清純であるべき信仰者を願ってきたわたしには、理解の範疇を越えています。

    2015年、NPT再検討会議に向けた、被爆者のメッセージ(注) が編集され、残っています。自由に閲覧できます。被爆当時、4歳だった女性は、次のように書いています。
    注:http://www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/img/150304_message.pdf
    『ワシントンD.C.で証言した。「よく敵国に来て証言されましたね。憎らしくないですか」と聞かれ、「憎いことはなにもありません。憎しみからではこの証言はやっていけません。核廃絶は言っておれません」といったら、通訳をしている人が泣いて伝えられないという状況になった。
    怒りはない。たぶん幼かったせいだろうと思う。私が思うには、怒りとか苦しみとか悲しみとかそういった感情は母が業(ごう)として全部背負ったと思う。だから私は「世界中のお母さんを泣かせないで」というのを私のスローガンにしている』

    「業を背負う」って、まるで聖人が語る言葉のようです。一人の人間の業を背負っているだけでなく、日本人全体の業も背負っているような悲しみです。自分の命の極限を見つめた言葉には、どれだけ深い葛藤と逡巡があったことでしょう。短い言葉のなかに、どれだけの涙を流したのか。どれだけの苦しみの人生があったのか。苦労も経験もしていないわたしには、想像がつかない。
    被爆者たちの願いを叶えようと考えるのが、菩薩の同苦の心情です。自分の行動の意味も知らず、その結果の展望もなく、選挙ばかりに目の色を変える会員は、似非菩薩です。わたしは不完全でも非力でも、同苦し、いっしょに涙を流す菩薩でありたい。そのために信仰を継承したのですから。


    政治家の誰もが、世界平和を口にする。だが最初から自分がその調停の当事者になるなどとは思ってはいない。冠詞を付けるように、ただ言ってみるだけです。人類のためと言いながら、一方では国益を最優先し、国のエゴを主張して憚らない。真に平和を望むなら、断固とした理念と実行力で国民をリードし、一時のパフォーマンスではなく、平和への執念を見せるべきではないでしょうか。そのような勇気あるリーダーが現れないかぎり、平和への道筋は遠い。国民もまた賢明な選択と社会への貢献、強い意志が必要なのではないでしょうか。
    核ミサイル教の熱心な信奉者が、すぐ身近にいるのに、ミサイルなんか飛んでくるはずがないと考える気楽な国民は、亡国の平安を貪っているだけ。自分を省みることなど無縁の行為。自戒などの高度な人間的内面にも無縁。
    わたしは、自分の無力を知っている。しかし平和を望みながら平和を破壊する人間の罪深い命に、諦めることなく、自分ができる範囲で、立場で、根気強く訴えていきたいと考えるです。揺ぎない信条こそ、揺るぎない宗教の礎です。創価の人々も人間主義を標榜しながら、結局、エゴの鎖で繋がれ、自我という鎧を着て、救済という玩具で遊んでいるだけなのですね。

    希望は恐怖に、情熱は自己嫌悪に、驚きは苦悩に、勇気は失望に、微笑みは涙に、夢は皮肉に、感動は冷笑に、若き肌は年老いた皺に、貴重な時間はドブのなかの石ころに、青春は傷つき、野良猫のように迷い、青空は虚しい闇に変わる。
    海は荒れ、川は濁り、風は嘆き、心は渇き、オアシスの最後の一滴に命をつないだ青年は、神を恨んでこの世に生まれてきたことを後悔するだろう。
    平和は、人間の内面の豊かさの反映です。矛盾を矛盾と捉えない人々がいるかぎり、平和は永遠に訪れません。

    Schubert
    Serenade
    London Symphony Orchestra





    天才は凡人には理解できない。天才は奇跡を行う。
    シューベルトは古典派からロマン派の狭間のなかで生を受けた天才です。
    時代は貴族支配から市民社会への過渡期。封建的な考えから民主主義の萌芽があり、市民主体の時代へ移行する混乱の時代とも言えます。芸術家といえども時代の影響はまぬがれません。シューベルトはモーツァルトより短い31年の生涯で千点にも及ぶ作品を残しました。
    比類ない純粋さとロマンティシズム。青春の息吹きと悲しみ。美しい旋律と豊かな抒情性。清純な恋を語るような甘さとリリシズム。シューベルトから受ける印象は、崇高な神の息を吸うような透明な詩的イメージです。
    彼には、失意と孤独な日々が待ち受けていました。彼の音楽が理解され、受け入れられるまでには、まだ歴史の経過が必要だったのでしょう。
    「さすらい人」というモチーフは時代を象徴する言葉に他ならない。わたしたちはみんなさすらい人なのです。葛藤を越えて、調和と天上の憩いを求めるさまよえる羊飼いなのです。
    "白鳥の歌" からの4曲目、二短調・セレナーデは、挫折の連続から到達した美しい感動☆彡


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