創価の一灯

    『諸君は又こういう事を考えてみないか。混乱していない現代というものが、嘗てあったであろうか、又将来もあるであろうか、と。・・・中略・・・
    未だ来ない日が美しい様に、過ぎ去った日も美しく見える。こうあって欲しいという未来を理解する事も易しいし、歴史家が整理してくれた過去を理解する事も易しいが、現在というものを理解する事は、誰にもいつの時代にも大変難かしいのである。歴史が、どんなに秩序整然たる時代のあった事を語ってくれようとも、そのままを信じて、これを現代と比べるのはよくない事だ。その時代の人々は又その時代の難かしい現在を持っていたのである。少くとも歴史に残っている様な明敏な人々は、それぞれ、その時代の理解し難い現代性を見ていたのである。あらゆる現代は過渡期であると言っても過言ではない』
    :小林秀雄

    乱世には革命家が出現するのだろうか?
    歴史を学べば、新時代の精神を体現し、民衆のために行動した偉人は数多く存在します。現在は、乱世なのかどうか分かりませんが、医療、年金、教育、経済、社会的格差、いじめに虐待、核拡散、テロ、食糧問題、資源枯渇、気象変動、なにひとつ安全なものはなく、安心を約束できるものはありません。我々の背中にはいつも、破綻や破壊、混乱や脅威が迫り、そして死神さえ肩をたたきかねません。こんな時代に生まれたのが不幸なのでしょうか。混乱を一掃する強力な価値観をひっさげた指導者が現れることを期待する気持ちは、誰もが持っているものと思います。
    学会員から言えば、池田先生がそういう存在であることは、会員の信仰レベルによって認識の違いはあるにせよ、気持ちのなかに確かにあるでしょう。会員の支えとなり、静かに確実に、革命のレールが敷かれてきたことを知っているからです。仏法ヒューマニズムの真の姿は、世代を貫いた弛まない改革の持続にあると考えます。人間性復興の哲学の浸透は、最も困難な作業ですが、人間革命と社会革命の包括的運動と思想は、継続して会員に受け継がれていくものと期待したいのですが、そのためには深く勉強する以外にありません。

    約87年前、一人の革命家が、波乱の人生の端緒となる教育の書を世に問いました。その後、学問のあり方を含めて、実際的な現場の制度と考え方を激しく改革する、ユニバーサルかつ平易な実践法の確立に至りました。彼が最終的に行き着いたのは、その源を訪ねれば、二千五百年という歴史のなかに眠っていた妙法という自己変革と社会変革の実践法でありました。
    創価の仏教ルネッサンスというべき清流は、困難な時代背景を考えなければ、理解もまた難しい。牧口常三郎(1871~1944)が創価の一灯たる資格を有したのは、その厳格さとともに高潔な人格であられたこと、民衆性、自己に正直な求道者としての姿勢、盲信を許さない科学的実証精神のおかげです。

    日蓮大聖人が佐渡流罪のとき、食物も衣服も粗末ななかで、よく生き延びられたと考えるのは、宗祖によくある神格化された誇張ではありません。雪国において、雪は美しくも何ともなく、命を奪う自然の危険な猛威なのです。
    「時に適い法を説き、国によって法を説く」佐渡という国土は、地獄だったと理解します。日蓮教団の壊滅的打撃と迫害、果てしない極限の精神的苦痛を伴う嵐のような境遇から、人間勝利の哲学を完成したのは、自己練磨の頂点に、仏という至高の人格が輝いていたからと考えます。どこまでも生命の尊厳を守るための戦いであり、一念三千の当体であることの証明に他なりません。
    牧口先生は獄中からの書簡を残されています。真冬、暖房器具もない極寒のなかで、検閲されて塗りつぶされている文字に、獄中生活を「地獄」と書かれたという。身体は拘束されても、葛藤を越えた心は自由であられました。
    創価教育学会はほぼ壊滅。700年前の、佐渡で大聖人が置かれた状況とよく似ていると、先生は一人獄中で感じられたのではないでしょうか。

    池田先生は「妙密上人御消息」講義のなかで
    『徹して大聖人は、既存の宗教的な枠組みや権威から自由なお立場に立たれ、末法悪世に生きる一人の人間として、法華経と釈尊に正面から向き合い、法華経に示された末法における民衆仏法の確立のために戦われたのです。御自身の凡夫性を強調されているのも、一人の人間が、仏の意を受けて全民衆救済の行動に徹した時に、どれだけ偉大な精神の輝きを残すことができるかを証明されるためであったと拝されます。そこにのみ、民衆仏法の確立が可能だからです』

    さらに、次のように指導されています。
    『日蓮大聖人は本抄で自らの立場を明かされるにあたって、まず、「然るに日蓮は何の宗の元祖にあらず・又末葉にもあらず」と仰せです。これは、大聖人のお立場が、二千年間の正像時代の仏教の延長線上に存在しているのではない、ということです。既存の宗教権威に依らず、権力の後ろ盾も何もなく、末法に生きる一人のありのままの人間として、真っ直ぐに法華経を読まれ、上行の戦いを開始されたお立場が率直に表現されている御文と拝せます。 更に持戒でも破戒でもなく、一度も戒を受けない無戒の者であり、また、有智無智という枠組みからも外れているとも仰せです』

    無戒とは、あらゆるものから束縛を受けない、心身の自由を意味するものと考えます。牧口先生もまた、権威や伝統、形式や倫理、差別や屈辱、恐怖や非難から限りなく自由でありました。法華経の命の赴くままに、自己の魂を解放したのです。火宅のなかで、清涼な夢の実現に生涯を懸けられたのです。
    池田先生は、講義のなかで次のように言われております。
    『日蓮仏法を、近世に形成された檀家制度の寺院信仰に閉じこめてはならない。世界に開かれた民衆仏法を確立するのだ、と大聖人の御在世に返られたのが、牧口先生です。そして、民衆一人一人が人生に価値を創造しゆく生活法として仏法を蘇生させ、現実の実証を重視しながら、広宣流布への信心を蘇らせたのです』

    創価精神の源流へ遡及することは、信仰の志を再確認することでもあります。
    牧口先生は、民衆を愛した革命家であられました。また学会が平和組織として認知されるための、不戦のシンボルです。その生涯は、普遍的な仏法民主主義の基盤でもあります。エンパワーメントの根幹です。


    ♡学会創立者・牧口初代会長の教育者としての功績は、はなはだ大きく、その構想は、戸田先生、池田先生に受け継がれ、学会教育部や教育関係者の尽力など、多くの人々の協力により実現してきました。わたしは、ライフワークである「創価教育学体系」を細部にわたり、精読したわけではありません。正直なところ、わたしには難しく、理解が困難なところも多々ありますが、牧口思想の中心的主張は、価値論にあることは、誰もが認めるところではないかと考えます。
    軍国主義が支配した時代背景、また当時の哲学界の状況などを知らなければなりませんが、「美・利・善」と端的に表される思考プロセスの概略をたどってみると、牧口自身、恵まれたエリートでなかったが故に、アカデミズムに犯されなかった教育現場からの提言が、痛切に響いてきます。

    「創価教育学体系梗概」は、創価教育学会が同会所属の青年教師に配布したパンフです。「体系」の要旨がコンパクトにまとめられ、創価教育学入門といったところですが、牧口先生の当時の御心境を知るうえで、貴重な文献です。
    緒言には、日本の教育学の停滞と非能率、不進歩を指摘し、教育技術の向上と創価教育学の必要性を直言しています。

    『遺憾なことには、そのたよりとする教育学なるものが、実際的生活にほとんど没交渉なる哲学的なるために、不経済と知りつつも、諸々の迂遠なる修養法を探らねばならぬことであろう。これが、教育事業の不進歩、不合理をきたした、最重大な原因である。このことは、数百年前以来、コメニウス、ペスタロッチ、ヘルバルト等の大先輩が、つとに要望し、企図したところであったけれども、今なお、医学その他の技術科学のごとき、科学的体系が出現するに至らなかったのは、畢竟、研究法が至らなかったのに基因するものと信ずる。けだし、実際経験の成功・失敗の事実から、その原因にさかのぼって教育上の因果の法則を帰納するという、自然科学的研究法を採ることをせず、いたずらに、人間の性質のみを見つめて、それから哲学的に教育の方法を導き出そうとしたからである。これは、医学は哲学者の思索を待たずして、医師の治療の経験記録の綜合から発達しているのに鑑みれば、明瞭のことであろう。したがって、余は、欧米の学問の輸入の哲学的思索の方法を離れて、医学その他、大昔の技術学の成立した経路をたどり、実際経験の事実から帰納して、一つの知識体系を構造したのが、「創価教育学」である』

    昭和3年に妙法に帰依し、いよいよ確信を強固にした、昭和10年頃の文章ですが、結語には、自身の生い立ちからの信仰との関係を回顧しながら、法華経信仰と創価教育への情熱と信念を披歴されております。

    『ところが、法華経に逢い奉るに至っては、われわれの日常生活の基礎をなす科学、哲学の原理にして何らの矛盾がないこと、今まで教わった宗教道徳とはまったく異なるに驚き、心が動きはじめた矢先、生活上に不思議なる現象数種現れ、それがことごとく法華経の文証に合致しているのには、驚嘆のほかなかった。そこで、一大決心をもっていよいよ信仰に入ってみると、「天晴れぬれば地明かなり、法華を知るものは世法を得べき乎」との日蓮大聖大の仰せが、私の生活中になるほどとうなずかれることとなり、言語に絶する歓喜をもって、ほとんど六十年の生活法を一新するに至った。暗中模索の不安が一掃され、生来の引っ込み思案がなくなり、生活目的がいよいよ遠大となり、畏れることが少なくなり、国家教育の改造も一日も早くおこなわせなければならぬというような大胆なる念願を禁ずる能わざるに至った、などがそれである』

    「人生地理学」から「価値論」に至るまで、牧口先生は、人間と世界との関係性を探求してきたといってもいいのではないでしょうか。出発は教育者としてですが、やがて、人生そのものの意味を問う哲学者の姿に変貌していきますが、「言語に絶する歓喜をもって」と言われているように、妙法に出会うべくして出会った先覚者は、自らが求めていたものを知ることとなりました。「開く」「具足・円満」「蘇生」という妙法の人間変革の法則を、獲得することになったのです。

    信仰は、早い話が幸福になれば良いということなのですが、自覚しようとしまいと、信仰者としての成長は、大乗仏教に説かれる内面的な成熟度、段階があるとすれば、一歩一歩完成に向かって、境涯の成熟があるのではないかと考えます。もちろん、どこまでも内面的なことに限ってのことで、幸福の大きな決定要因でもある国家体制や経済、社会制度は、時代によって変化していくものであり、当然ながら信仰者といえども、その影響外に身をおくことはできません。牧口先生は、その国家から栄誉ある死を賜り、殉教の勝利を獲得されました。

    この世に絶対的なものを認めることは難しい。それは生きるための絶対規範といってもよいものですが、価値観の変容が著しい現代社会で、遵守すべき原則あるいはルールといったものがあるとすれば、牧口先生がたどった「創価原理」というものかもしれません。
    日常生活のなかで、価値を意識させ、価値を生み出す方法を合理的に創造応用していくことに主眼をおいて、「創価価値論」の有効性を、結果の上で証明しようと試みました。そのアイディアは大変新鮮な着想に満ち、未来に示唆を与え、プラグマティックな思想の体系化に成功したものと考えます。価値論の柱である幸福主義の実現、現実重視の生活体験としての実証精神、論理的にも機能的にも、従来の合理主義さえ越える普遍妥当性を特徴づけると説かれるモダンな体系は、やがて信仰の核心へと進むにしたがい、究極的な大善の理念に至ります。法華経が牧口価値論の限界を突破したということではないでしょうか。「価値をいかにして創造するか」ということは、それぞれの個人の最大の問題です。また、組織の発展にかかせない問題です。

    牧口先生は、獄中にあって大聖人が言われる通り、難に遭い、妙法の正しさを身をもって知りました。「地獄」と言われた獄中で、法悦のうれしさを書簡にしたためております。愛する家族を失い、失望の苦しみを乗り越えて、自らの人生を賭けた闘争が、人間覚醒運動が、必ずや受け継がれていくと確信していたと考えます。
    革命家は多くの教訓と学ぶべき書物を残されました。わたしたち会員は、牧口思想を行動原理として、生命改革と社会改革に挑戦していかなければならないでしょう。時代は過渡期であり、新しい生き方のパラダイムが望まれているのではないか、と考えます。


    ♡「汝自身を知れ」とは古代ギリシアの有名な、デルフォイのアポロ神殿に刻まれた言葉です。ソクラテスはこの神託に忠実に、しかも強く「無知の知」と、純度の高い言葉で締めくくり、命を賭けた対話を実行しました。ギリシャ以来、人間は、あらゆる思想哲学の出発点であるこの命題と格闘してきましたが、東洋においては、二千五百年前の釈尊から源流を発して、大聖人が完成された妙法に、自己再生の哲学を見ることができるでしょう。永遠の法に貫かれた蘇生のプログラムです。「心の師とはなるとも心を師とせざれ」と説かれ、生命内奥の「智慧」が、自立した人格形成のためのダイナミックなエネルギーです。
    誓願の法である法華経は、宗教の真髄である自由意思の堅持を強調しているのであり、弱者から強者への変革を志向し保障する。慈悲心の共鳴運動、善の集団、他者共存共栄の発露として、またヒューマニスティックな目的を共有した異体同心の団結は、独立した個性の連帯であることもよく理解できます。

    牧口先生が夢に見た「立正安国」は、死闘の決意をうながす。宗門という伝統の教団は、何のためにあるのだろうか。俗より俗の穢れた僧侶は必要ありませんが、残念なことに自己保身の原理主義者は決して死に絶えることはありません。信者を守ることに憶病な僧侶は、日興上人の慈悲心と意志を放棄しています。牧口先生の死は、宗門の正義がウソ偽りであることの証明です。どう言い繕うとも、開祖の承認は得られないでしょう。

    人間完成のプロセスは、妙法のパラダイム的法則に言い尽くされています。牧口先生の生涯を勉強し、威厳に満ち、暖かみを感じさせる行動を知ると、このファンダメンタルな実践法に感動を覚えます。先生はすでに80年前に、会員が生きるべき道程を示されていました。
    過去の哲学を取り込み、シンフォニックに展開する「創価教育学」の底辺にあるのは、経験主義と現場主義です。さらに合理的民主的理念が思考を支える原理です。牧口先生が生きた時代、大正デモクラシーの自由な気運は、国家主義の台頭で消滅。当たり前のことですが、デモクラシーとは大衆に受け入れられ、実践されるからデモクラシーと呼ぶ。教育勅語の教科書至上主義は、多くの優秀な教育者を弾圧し追放しました。ファシズムが台頭する過酷な時代に、精神的独立と自由の尊重、合理的な近代主義をベースにした創価精神に目覚めた人々の運動は、人生を肯定するアクティヴな実践法として蘇り、後世に託されました。
    宗教改革者・牧口先生は、我々が帰納する創造価値の原点です。しかし、そのような賢者に対し、国家が示した待遇は、牢に閉じ込め、その言論を封じ込めることでした。

    『十九年十一月十八日、係の検事から電話がかかり「牧口さんが死んだのを知っているか。明日お葬式だ」と知らせてきました。私は驚きとともに、今行けば同志と連絡をもっていると思われるのではないかと様々に考をめぐらし迷いましたが、娘とも話し合い、もし私がお葬式に参列して検事がなにか言ったら、道徳の上からいっても行かないことは間違いであるとやり込めてやりましょう—-と腹を決め、翌日、一年半ぶりで目白のお宅に伺いました。
    丁度、堀米尊師(当時)が自我掲を読経されている時でした。私は玄関の畳の所に同志の方が三人おられましたので、一緒にお経を上げました。先生のご遺骨を、庭の生け垣の側に立ってお見送り致しました。
    秋晴れの日でしたが参加者も少なく、淋しいお葬式でした。先生ご在世の時は先生をお慕いしていた方も数多くおられましたのに、最後のお葬式がこんなに淋しくてよいものかと思うと、涙が出て仕方がありませんでした。”先生さようなら”と涙でかすむ目でお見送り致しました。私に勇気がなかったばかりに、最後のご尊顔を拝する事ができなかったのが今なお侮いを残しています。戸田先生が、牧口先生を知っている事を誇りに思う時が来ると仰せになったのを、深く思い起こします』
    (弾圧の時、最初に逮捕されたJ氏の妻)


    ♡知行合一の儒家のインテリジェンスは、日本の土着思想として、体に染み付いています。明治維新の革命家の精神的支柱となった陽明学は、良知と行動の一体化を生み出し、歴史を転換する原動力になりました。混乱から秩序へ、西洋を志向しながら、根底となったのは儒教の「共生のエートス」だったのは、広く日本人の思考に根づいていたからと考えます。欧米の行き過ぎた個人主義を薄める清澄な水のように、今後は見直されるべきではないでしょうか。社会と有益で豊かな関係を持つことは、他者の心に労りを施し、痛みの辛さを共有することに他なりません。牧口創価教育学メソッドも、儒家からの影響が指摘されております。

    池田先生は、92年に行われた中国社会科学院での講演「21世紀と東アジア文明」で、東アジアの精神的美質である「共生のエートス」を体現した人格の代表に、周恩来元総理を上げております。
    『大局を見据えて細部を忘れず、内に秋霜の信念を秘め、外に春風の笑みをたたえ、自分中心でなく、あくまでも相手の心を中心に、よき中国人にしてコスモポリタン(世界市民)、常に民衆という大地に温かく公平な眼差しを注ぎ続けたその卓越した人格は「革命とは、人を殺すものではなくて、人を生かすもの」との魯迅の叫びを体現しております』

    深く病んだ社会に、生の輝きと躍動を与える理想的人間像。仏教で説く菩薩像と共通していますが、その根底にあるのは、対立よりも調和、分裂よりも結合、我よりも我々、といった、歴史のなかで鋭く磨かれてきたキーワードでしょう。東洋の「共生のエートス」は、仏教のエッセンス、中心的思想の、生命への限りない尊厳をさらに強固に補完し、どちらかというと分析を主とする西洋の考え方を総合・包括するモデルになるのではないか。基礎的な理論になるのではないか。小乗も大乗も法華経の一仏乗に統合されるように、あらゆる民族、国家が地球は一つという平和観の設計図を描く普遍的概念になるのではないかとの希望を持つのです。

    「東洋の智慧を語る」(2002年)での対談では、奥深い東洋思想を語り合っておられます。仏典結集と法華経流布、翻訳の歴史の研究成果のなかで、牧口先生についても話題になっております。
    『季羨林:「法華経」の中に包含されている内容と道理は、「奥」が深く「幅」の広いものです。ですから私のような「門外漢」は、むやみにくわしく論じることはいたしません。
    ただ、創価学会の初代牧口常三郎会長、第二代戸田城聖会長による「法華経理解」について言えば、それはインド、中国などの「東洋思想の真髄」と完全に一致します。
    牧口初代会長は教育者出身でしたね。

    池田:そうです。初代も二代も、教育者でした。創価学会は、もともと「創価教育学会」として出発したのです。

    季:牧口初代会長は、こう述べています。
    「価値と呼ぶことのできる唯一の価値とは生命である。その他の価値は、何らかの生命と交渉する限りにおいて成立する」と。

    池田:おっしゃるとおりです。牧口会長は、生きとし生けるものの生命、生存の関連性において、「価値」を考察したのです。
    牧口会長にとって「価値論」は、終生のテーマでした。創価学会の「創価」という意味も「価値創造」ということです。
    この点に関して、日本の仏教学の最高峰であった故・中村元(はじめ)博士が講演されたことがあります。

    季:中村博士は、よく存じあげています。

    池田:中村博士は、哲学・思想をあつかう日本の学問が「注釈、注釈」になりがちなことを憂えておられました。東洋思想にせよ、西洋哲学にせよ、すでに権威が定まっている思想家・哲学者が言ったことを祖述しているだけでは、「奴隷の学問」ではないか、と。
    しかし、牧口会長は、そうではなかった。「自分で考える態度」を貫き「自主的で、己が主人」であったと言われたのです。
    具体的には、牧口会長が、それまでの「真善美」とか「真善美聖」という価値体系から、「真」と「聖」の価値を除いて、「利」を入れたことに注目されました。
    こう述べております。
    「『利』というと利益を連想されますけれども、しかし、これはですね、案外、東洋哲学の核心に迫るものだと。仏教で一番大事にするものは何だというと、結局、『人のためを図る』『人のためになる』ということですね。
    その『ために』というのをサンスクリット語で『アルタ(artha)』と申します。これを『利』と訳すこともあれば、『義』と訳すこともある。『利』と『義』じゃ違うといわれるかもしれませんけど、両方の意味に関わる。人のためにもなり、それがまた自分のためにもなる、というところに一つの中心を置いているわけです」
    と。(1988年6月4日、「比較思想学会」の第15回記念大会での講演)
    このように、中村博士は、仏教の伝統に照らして、牧口会長の「価値創造」の思想を評価しておられます』



    日月灯明仏は六十劫という長い間をかけて法華経を説き、威音王仏は二十千万憶の偈を説き、大通智勝仏とその王子は三千塵点劫の昔、ガンジス河の砂の数ほどの偈を八千劫以上もかけて説きました。知性の限界を超え、宇宙の果てを見るようです。難信難解と言われた理由がよく分かります。
    大通智勝仏などの法華経流布は、法界の物語であり、仏の生命次元での驚異的なファンタスティック物語です。時空の観念を遥かに超えています。伝えられている歴史上の法華経は、二千五百年前に、釈尊の生誕から、インド、中国、韓国へと伝わり、日本の日蓮大聖人によって、その真髄が大成されました。立宗宣言から750年余り、牧口先生が創価教育学会を設立されてから妙法復興の87年。悠久の法華経流布の歴史のなかでは、二千五百年前に遡っても、わたしたちはまだ、その始まりの位置に立っているに過ぎないのかもしれません。

    牧口先生が証明を試みたものは、次の御書に端的に表れています。
    『此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず、第五の巻に云く「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」等云云、此の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ』(兄弟抄)

    牧口先生と宗門の姿勢を対比すれば、上記の御書から、大聖人の末法の衆生に対する期待の内容は明らかです。『未来の資糧とせよ』とご指南されています。
    宗門の保身は、臆病な伝統のなかで培われたものです。宗門という閉じられた世界で、序列と秩序を頑なに守り、かつてない国難と迫害に耐え切れなかったのです。大聖人以来の大難に遭遇しながら、立正安国の精神を訴える僧侶はおりませんでした。広宣流布への献身と殉教、革命は身命を賭けてという大聖人の深い確信を、誰一人実践することはありませんでした。

    現在の創価は、保守という政治姿勢にみられるように、数々の非難を経験したなかから必然的に洗練されたものです。しかし、そこからは、かつての牧口先生の抵抗姿勢は生まれることはありません。また、平和を口にしながら、無害な理想と理念の領域からはみ出すことはありません。
    牧口先生が生きておられたら、現在の創価の変わり果てた姿をどのように思われるでしょうか☆彡

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