SGI提言…人権問題について

    今まで何度も提言してきた人権問題。特に、難民の子どもたちの状況ですが、原則的な提言に終始しています。また高齢者に対する人権問題も、91年の「高齢化世界会議」の議論の成果、「高齢者のための国連原則」の、独立、参加、ケア、自己実現、尊厳の5項目を紹介し、高齢者の生きがいについて語っています。高齢化は世界的問題として、これからますます注目されますが、介護されながら尊厳を感じる生き方を、福祉社会として実現することの難しさがあります。難民の子どもたちの教育機会の提供と同様に、経済的裏づけが必要です。ほとんど半分は経済的な計画性に行き着くものと思いますが、提言での言及はありません。
    先生、少し預金を下ろしたら、子どもたちが喜びますよ。SGIもできることをしなければなりませんが、経済的な支援もその一つではないでしょうか。チャリティー精神は、仏法の喜捨に通じますよ。
    経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本はひとり親世帯の半数以上が貧困状態にあり、加盟34ヶ国で最悪レベルにあります。しかし就業率は8割を越えて世界トップレベルの労働環境。つまりワーキングプアであることが大きな問題なのです。少子化が加速する日本では、子供の貧困の解消は社会全体の課題です。13年に施行された子ども貧困対策法のさらなる充実が期待されます。

    女性のエンパワーメントの推進について
    『女性のエンパワーメントは"可能であれば考慮する"といったオプション的なものであってはならず、課題に直面する人々が切実に必要としているものに他なりません』
    SGIも「万人の尊厳」を掲げる仏法の思想を反映し、活動を続けてきたことを、さりげなくプロパガンダしたのち、男女平等のためのノンフォーマル教育のカリキュラム、あるいは積極的なシラバス作りなどへの参画をアピールしています。
    『昨年3月の「女性の地位委員会」では、ジェンダー平等と宗教に関する世界的なプラットフォームが立ち上げられました。
    その目的は、それぞれの信仰に基づく言説を展開する中で、女性の人権や貢献に対する社会の認識を改善する流れをつくり出し、地域をはじめ、国や国際レベルのジェンダー平等に関する政策や法律の整備などの規範づくりに影響を与えていくことにあります』


    「世界経済フォーラム」は、男女格差の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」の報告書(2017年版)を発表しました。日本は世界144ヶ国中114位となり、過去最低だった前年の111位からさらに後退しました。
    世界のことはいざ知らず、日本人女性は、自らの日常でジェンダーギャップを感じているのでしょうか。日本社会のなかで、常識的と思われる男女格差に理不尽な差別を感じたことはありませんか?
    問題は深刻で、女性自身がそのギャップを切実なものとして意識していないという、格差以前の格差不感症みたいなところがあるのではないでしょうか。また女性のための権利優先ルール作りも男性に依存するという問題意識の低さ。控え目で堅実な生活スタイルと品行、家庭的な暖かさを求め、子育て上手な聡明な賢婦人という美徳、一歩退いた道徳的なつつましやかさ。女性に求められる理想はとても古臭いものですが、創価のなかでも、SGIで全世界に提言するほどの平等を実現しているとはとても思えません。このような男女格差の問題提起でも、核兵器禁止条約と同じように、整合性がまったくとれていません。
    創価自身のこのような問題意識の低さは、婦人部の模範として常に輝いている香峯子奥さまの立ち振舞にあるのではないのかと、最近わたしは考えるようになりました。奥さま自身の言葉で、実際のところ、何かを提案し、具体的に変化した創価内のルールが見当たりません。その姿勢は女性として創価を代表していながら、とても古典的で、男女格差の解消についての有効なスピーチ、あるいは聖教記事は記憶にありません。わたしが単に知らないだけなのかもしれませんが、もしも知っている方がいらっしゃるなら紹介して下さい。

    ◇◇◇

    東洋哲学研究所から『「女性の世紀」を創るために』という本が発売されています。
    一般啓蒙書、入門編という位置づけなのでしょうが、仏教の重要思想への掘り下げがきわめて浅く、手を抜いているとしか思えません。このような示唆を与えない論文は、一般見解の内容であり、オリジナリティーも乏しく、読者に何を与えようとしているのか疑問です。
    ジェンダー理論は大聖人の深い叡智に完結しています。それをどう解釈し、発展させなければならないか、創価の知識人としての力量が問われています。創価が戦後、急速に拡大したのは、新しい解釈を提示したからであって、理想とされる人物像も、先頭に立つリーダーが体現し、人々の眼前に現れたからです。時代に付与する解釈の斬新さが閉塞する社会の現実を切り開いていくのだと思います。知識人と言われるスペシャリストが、その役割を担っています。コスモポリタンと言う前に、言語が持つ本来の力を復活させる……言い方を変えれば、浅薄な意義づけに終止している市民社会の指導原理を、主体者である人間に取り戻すべく価値転換をはからなければならない。価値あるものへの願望が歴史を動かしてきたのです。それは本質的にして普遍的な善への衝動でしょう。
    オルテガは「大衆の反逆」のなかで次のように述べています。

    『われわれの時代は、信じがたいほどの実現能力があるのを感じながら、何を実現すべきかわからないのである。つまり、あらゆる事象を征服しながらも、自分自身の主人になれず、自分自身の豊かさのなかで自己を見失っているのだ。われわれの時代はかつてないほど多くの手段、より多くの知識、より多くの技術を持ちながら、結果的には、歴史上もっとも不幸な時代として波間に漂っているのである』

    自己が自分の主とはブッダの言葉。ギリシャ哲学も、疑いのなかから、疑えない自己を発見した。無知という深い海中で自己像という宝物を発見したのです。大海と同じ海水が心の海にも満たされています。無限に広く無限に深い心の海で、自分そっくりの自己像を発見する方法と場所をブッダは示しました。実現能力とは殻を脱ぎ捨て新たな自己像を描く能力のことです。
    現在ほど、覚醒し鮮明に言葉を操り、意義を見出す作業が必要なときはありません。その役割は誰が担うのだろうか。

    なぜ自分が立つ土台を、安全なものにしないのだろうか。自分が拠り所とする賢明と自称する大衆に懐疑を抱かないのだろうか。現実的な男女の性差を問題にしながら、リアリティーに欠けると感じるのは、自らのアイデンティティーでもある所属組織に対し主体的視点を欠いているからだと考えるのです。固有の自覚した自己の集まりが創価ではないでしょうか。目覚めた集団が創価ではないでしょうか。人間の尊厳と高貴さに最大の敬意をはらうのが妙法の使徒。精神的沼地から自他の悟りという実践的知識の深い花を咲かせるのが、創立者が訴えるそれぞれの使命なのではないでしょうか。
    なぜ副会長クラスに女性がいないのでしょう。末端でも支部長や地区部長に女性が登用されないのか。青年部長に一人でも女性がいるのでしょうか。また宗教法人として役員のなかに女性がいるのかどうか。人事は組織の要であり、一般から最初に認識されるフロントです。足もとの問題を見つめないで、どうして創価の先駆的メッセンジャーたりうるのでしょうか。創価が男女平等・同権を主張するなら、それは制度、機構、人事に反映されるはず。先進的世界組織というのであれば、総務や理事の半数は女性にまかすべきなのです。気分や精神、理念の時代は過ぎました。基礎となるフレームワークを考え実現しなければならないのです。先生はなにも実現しようとしません。また現在の執行部も見解がありません。時代遅れであることは誰が考えても明らかです。宗門から独立した宗教的リベラリズムは、もう錆びついたのですか?
    さらに結婚を機に本部職員の退職を余儀なくされるのは、どう考えて時代錯誤です。経済力がある男性と結婚しなさいという暗黙の了解があるのですが、もちろんそんなことは表だって言いません。それを疑問なく受け入れる女性たちも愚かなる大衆ということでしょうか。ジェンダーは権利を貫き、義務をはたし、現実においてそれを達成することです。男性原理だけではもう何も解決しないのです。


    ライナス・ポーリング博士をはじめとするノーベル賞受賞者とともに「反核運動」に献身し、アメリカでの人権活動家としての先駆的役割を担ったパール・バック。その苦悩と、障害者であった娘への深い愛情、母として絶望の淵に立たされ葛藤を繰り返しながら、再び立ち上がった貴重な魂の記録、「母よ嘆くなかれ」。
    絶望と悲しみが深く洞察されています。わたしは、震災に遭われた方々も同じではないかと思いました。この本のなかで、「悲しみ」について、自身の体験から述べた箇所がありました。
    『耐え忍ぶのは、ただのはじまりではありません。悲しみを受けいれなければならないし、悲しみを十分に受けいれると、そこから自然に新しい道が開けることを知ってほしいのです。というのは悲しみには錬金術に似たところがあるからなのです。つまり、悲しみが知恵に変えられることさえあるのです。悲しみが喜びをもたらすことはありませんが、その知恵は幸福をもたらすことができるのです』
    『とにもかくにも、悲しみとの融和の道程がはじまったのです。その第一段階は、あるがままをそのままに受けいれることでした。そのことは意識のうえでは一日で起こったようにも思えます。「このことは決して変わらない、決してわたしから離れるものではない、まただれもわたしを助けてくれることはできない以上、わたしはこのことを受けいれるほかないぞ」と、はっきり、自分にいい聞かせた瞬間があったのです。でも、じっさいは、いっきにそこへたどりついたわけではないのです。わたしは何度も何度も泥沼にすべり落ちたのです。自然にすくすくと育ってゆく近所の子どもたちが、わたしの娘には決して話せないことを話したり、娘には決してできないことをしているのを見るだけで、わたしは打ちのめされたようになったものでした。
    でも、わたしはその絶望のどん底から這い出ることを学びました。そして這い出て来たのです。そして「これがわたしの人生なのだ。わたしはそれを生きぬかなくてはならないのだ」と悟ったのです』
    (法政大学出版局)
    辛い宿業の積極的な甘受です。願兼於業へといたる心理的葛藤のことです。迷いから決意が生じる瞬間のことです。大切なのは結果を心配することではなく、迷うこと決意すること。法の範疇において、自分流の解釈をカントは「思惟」と名づけた。デカルトは「良識」、ヘーゲルは「思弁」と表現した。
    東北の方々、被災者のためのメッセージのようです。どん底から這い出ることを学び、あきらめないで生き抜く……菩薩の苦悩の本質を体現していますが、それが簡単に得られたものでないことは、彼女の苦闘を知ればわかるでしょう。被災者へのホスピタリティーは、一人一人を見捨てないことです。

    同じように組織の充実と伸張は結局、どこまで一人一人に焦点をあてることができるか、ということではないでしょうか。先生が、多くの会員の人生の転換点で、朽ちない忘れがたき金の思い出を築かれてきたこと、それが人間蘇生のよりどころとなり、希望となってきました。
    現在、人間関係の希薄さが創価のなかにも忍び寄っていると思います。聡明な会員は、癒しがたい劣悪さに覆われた社会をまえにして、ヒューマニティーな指標の喪失を感じていることでしょう。簡単には論じられませんが、種々の深刻な社会問題と健全な市民生活の崩壊、欲望の解放という大衆意識がリアリスティックに迫ってきます。創価内において、宗教的聖性を失った生き方、経済的生活水準の下落、文化と価値の多様化など、一様にいかない複雑さが顕在化してきているのではないかと思います。つまり、それらは日常生活にすみやかに反映することを防ぐことはできず、苦楽を共有できない信仰活動へと堕落するのです。精神浄化という聖的なものが駆逐されるのです。苦楽をともにするという団結心がうわべだけ、掛け声だけの飾りものに変化するのです。
    適時適所で、地区や各部で議論が必要であり、世界と現実に対する新解釈を提示し、まとめなければならない。
    わたしは、これらの問題点を指摘し続けてきましたが、婦人部幹部はヒステリックに反応し、ジェンダーギャップを含め、まるで女の敵は女だと言わんばかり。また何を勘違いしているのか、敵は内部にありと犯罪者のように見下し、盲信者のように原理主義に立ち返る姿は勇ましいかぎりです。本質を凝視しないで近いものしか見ない女性の特質が表れています。

    集団はタテマエを尊び帰属心をあおり、個人はホンネを隠して従う。集団に過度に依存する体質は日本人の伝統的な気質ですが、当然ながら、集団意識が優先され、他者の内面に対して不感症になる傾向があるものと思います。信仰と緊密に関係していた過去の生活形態が変化し、教義研鑽過程、会合の意義など宗教組織も変わらざるをえない現況があると思います。現在は維持できても、10年後は今のままでは維持できないでしょう。だからこそ前向きな検討と変化への勇気が必要なのですが、その前に、判断のもとになる真実の歴史の隠蔽体質があることは大変残念です。
    会員一人一人が創価のあり方の決定権を持っているのであり、その行使のためにも、賢明にならなければなりませんね。
    人間革命の連動性は先生がよく論じているところです。組織改革も一人から始まると思いますが、誰も実行しないのです。実行する十分強い根拠と自覚を持たないからと思いますが、やがて止められない流れになることでしょう。そうならなければ、いくら信仰は正しくても創価に未来はありません。

    『人が何らかの意味で瀆神の言葉を口にすることができるためには、その人が瀆(けが)している対象である神を深く信じていなければならない』(トーマス・エリオット)
    逆説的な言い方ですね。知らなければ批判できないように、信じていなければ、信じる対象も瀆すほどの意味がないということ。
    『神は死んだ』とニーチェは言いました。神のように崇められる者を否定したのですね。
    それは「終末の人間」と定義された、伝統を破壊し、民主主義という宗教を信奉する大衆のことです。それとも、冒涜し、瀆しているのはわたしでしょうか。

    『指導者は、多くの場合、思想家ではなくて実行家であり、あまり明晰な頭脳を具えていないし、またそれを具えることもできないだろう。なぜなら、明晰な頭脳は概して人を懐疑と非行動に導くからである。指導者は、とくに狂気とすれすれのところにいる興奮した人々や反狂人のなかから輩出する。なぜなら彼らの擁護する思想家やその追求する目的がどんなに不条理であろうとも、その確信の前ではどんな議論の鋭鋒もくじけてしまう。軽蔑も迫害もかえって指導者を奮起させるだけである。……強烈な信仰が彼らの言葉に大きな暗示力を与える。大衆は常に強固な意志を具えた人間の言葉を傾聴するものである。群衆のなかの個人は、まったく意志を失って、それを具えているもののほうへ本能的に向かうのである。(「群集心理」ギュスターヴ・ル・ボン:1895年)
    指導者は「断言」を「反復」し、そうすることによって自己の確信を群衆のなかに「感染」させようとする。それに成功しているかぎりにおいて指導者は、「威厳」を保ちうる。そして群衆の上に聳えるのが威厳であるからには、「議論の的にされるような威厳はもはや威厳とはいえない。……群衆から称賛されるには(指導者は)常に群衆をそばに近づけてはならない」のである』
    (「思想の英雄たち」西部邁・ハルキ文庫)
    ここで言うところの「群衆」は、オルテガの「大衆」とほとんど同じ意味とわたしは理解しています。大戦前の独裁者の姿を彷彿とさせ、喜々として従った群衆の時代を喝破していますが、日本で話題になることはありません。あるいは群衆蔑視の裏づけ資料として引用されるだけですが、このような大衆への視点を置く知識人はこの日本では見かけることはありません。
    池田先生は、旺盛な表現意欲を印象づけるようなスタイルを維持していますが、実際のところ、会員を近づけようとしません。閉じこもり、音声としての人間の言葉を聞くことがなくなり、印刷された文章のみの存在です。会員のなかには、多量の原稿を本当にご自身が執筆されているのか、不信に感じている人もいます。そんなことは初めから承知のうえなのでしょう。それよりもカリスマ性という威厳を維持することが大事なのかもしれませんが、虚像のような作為を感じてしまいます。SGI提言をするほどのリアリストに似つかわしくないですね。
    絶対的宗教とその教義、絶対的哲学とその思想がこの世にあると仮定しても、絶対的人間は毛沢東ぐらいしか見当たりません。天安門という霊廟に葬られ見世物になり、聖遺物への信仰を国家の中心に据えられ、国家泰平のための祈願対象になっています。これを宗教と言わずして宗教は存在しません。永遠という絶対的玉座に奉られ、平凡な一般人が近づけない境地にいらっしゃる永遠の指導者は、古今東西等しく大袈裟に葬られることがほとんど定説になっております。現実の価値判断は相対的判断で成り立っていますが、どういうわけか宗教だけこの範疇に入りません。絶対的現実が存在すると主張する矛盾を盲目の信仰者は理解できません。盲目と言いましたが、学んでいることは開目と言います。
    凡夫僧、凡夫仏は「平凡な非凡」ですが、池田先生もかつて「完成の未完成」とスピーチしました。「一切の先入観を排して現実の動きを凝視し続ける」「現実の固定化、実体化に陥りがちな言語の虚構性」(レオナルドの眼と人類の議会)などと語り、「流動する現実の普遍性」を強調しました。人間は現実から離れて存在しえないのです。現実は、時間の流れを止めることができないように決して固定化することはありません。一つの時間、一つの時代を切り取って永遠化し、固定的に定義する思想など、学ぶに値しないものと思います。またその姿は虚構です。創価は永遠という絶対性を、ご祈念文にまで取り入れておりますが、釈尊の最後の言葉『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』(「ブッダ最後の旅」中村元訳・岩波書店)という現実認識の振る舞いからはほど遠いものです。現在が瞬間に過去になるように、滅びゆくもの栄えるものの諸現象は固定的ではありません。仏法的概念では時は悠久です。その一つの瞬間を切り取って、永遠という究極の冠言葉をつけられる人間を認めてはならないのです。


    アンナの日記から引用。
    『わたしは、より良い人生について、誰かの講義を受けようとは思いませんし、倫理家や道徳家にレクチャーを受けるつもりもありません。わたしは、自分の内面から必然的に湧きでてきた「自由」の概念や「勇気」について、十分自覚しているし、自分の理性と切り離せない当然のものとして所有しています。
    わたしの精神の領域は、完璧な法に守られて、価値ある行動を生む源泉になっています。わたしは躊躇しないし、迷わない。人々に尽くし、人々とともに分かち合う喜びが充満することを熱望しています。少なくとも精神世界が投影される行動基準のなかでは自由であること、それがわたしの喜びです。
    真の善を求めているかぎり、あきらめることなどありえない。それが、わたしの信仰です。それはまた、自由と自律の意志が仏からの贈り物であると認めているから。
    慰めだけの宗教なら、慈悲の宗教とはいえません。慈悲は自由を実現する行動のこと。
    同時に心のなかを果てしなく歩む巡礼者の自己探求の行為です。

    「思い通りにならなくても何とかなるものよ」
    創価へのわたしの苦い思いも選択も、何もかも知っている母からの電話。
    優しいはげましの声』


    社会的抑圧と信仰の官僚主義に反対して。
    独断と未熟と権威の幻想と派閥主義と、自己への幻滅心理を嫌悪して。
    今は、独断と未熟の官僚主義が横行し、過剰な忖度が政治の混乱を巻き起こしています。
    忖度しない人間はいない。ビジネスで仕事がスムーズにいくのは忖度があるからです。
    上司への、部下への、同僚への心遣いがあればこそ、愛せる職場に成熟していくのではないでしょうか。あなたをいつも想っているというメッセージは、家族のなかでも、信仰集団の信頼できるフレンドシップにも必要です☆彡


    SAVIOR - Peter Roe




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    母の肖像

    人生は何と短く儚いのであろう。わたしは厭世主義者ではありませんが、人生は谷を渡る一陣の風のように、あっという間に過ぎ去って行く。100年経ったら、残っているのは、僅かな記憶と真実の言葉だけであろう。そして古びたポートレート。

    パール・バック「母の肖像」(「新潮文庫」村岡花子訳)からの引用。
    この作品は、数十年間中国にキリスト教伝道をした宣教師の妻として、故国から離れて暮らした女史の母を描いたものです。透徹した愛情と、母に代わり自己表現を試みた崇高な叙事詩、文学的生命が溢れた感動的な生活記録です。


    IMG_thumb1.jpg『もし母がその理想としていたところを基準として生涯を評価したなら、自分の一生を失敗と考えたであろう、と私は想像する。あるいは、その生涯の首途(かどで)において、既に終局を見届けることができたとしたら、確かに失敗だと叫んだにちがいない。複雑を極めた母の性格のうちの、清教徒的一面の深いあこがれであった神への追求は、遂に満たされなかった。鋭敏で実際的であった母の心には、美を愛し、不可知のものを夢見る人であった。
    病めるもの、牢獄にあるものを訪れ、寡婦みなし子を憐れみ、飢えたるものを養い、悲しむものと共に泣き、喜ぶものと共に笑いながら、それでもなお足らずとして自責悔悟の念に苦しむ人々があるが、母もまたその一人であった。求め求めた神の前に立つとき、みずからの足らざるを悔いながら、へりくだった心で
    「主よ、いつ私はそれらのことをあなたのために致しましたでしょうか?」と恐る恐る尋ねる人がある。こういう人に対してこそ神は、
    「彼らになせるは、我になせるなり」と答えるであろう。
    しかしながら、よしんば母自身は失敗だと思うにしても、彼女をめぐって生活していた私たちにとっては、何と素晴しい生活であったろう』



    音楽を愛し、聴きながら涙する母。新しい時代の抵抗精神を持っていた娘パールに諭すように言いました。
    『音楽には相当に知的な理解は持っていたが、母にとって、音楽というものは、常に本質的には一種の感覚であり、情緒であった。私が生意気ざかりの青春期にはいった時分、母のこの傾向にどうも辛抱できないことがあった。彼女は偉大な音楽を聴くと必ず涙を流さずにはいられなかった。苦痛の涙ではない、あまりにも鋭敏に、興奮しやすくつくられている心は、音楽の美を冷静に享楽することができないほど、速やかに共鳴して涙がほとばしるのであった。若い娘の高慢から私は言った。
    「泣かずには聴けないんだったら、聴きに行かなけりやいいじゃありませんか」
    母はじっと私を深い眼つきで見ていたが、やがて口をひらいた。
    「お前には分からないよ。まだ分からないよ。分るはずがないよ。まだ人生を知る時間を与えられていないんだもの。いつかはお前にも、音楽は技巧やメロディーだけでなくて、人生そのものの意義であり、限りない悲しみと、堪えられない美しさとを持つものだということを悟る日が来るだろう。その時にはお前にも分るよ」』



    少女時代から求めた神のしるし。そして母の信仰に対する姿勢は、宗教的権威から極めて自由なものでありました。
    『最も楽しい瞬間にも母は自分の霊魂のことを忘れなかった。歓楽の絶頂に在って、友だちは彼女の冗談やしゃれに笑いころげている最中に、あたかもつめたい手が心臓の上にすうっと載せられたように、驚愕して考える。
    「私の永遠の霊魂はどうなるのであろう?」
    家の中の仕事をしながら、ふと眼をやった庭の風景の美しさに打たれて、天国という所はもっと美しいのだろうかなどと思うと同時に、鋭い痛みがずきずきと胸を襲って来て、
    「でも、私はまだ救われていない・・・一体私は天国へ行けるのだろうか?」
    そういうことを考えずにいることはむずかしかった。日曜日には教会堂での長時間にわたる礼拝、家庭では朝夕二回の祈祷、牧師は穏やかではあっても、肺鮒をえぐるような質問をする。父と母は、子供たちが全部「救われて」会員になるようにと熱望している。これらの事柄がみんな一緒になって彼女を圧迫して不幸にする。
    けれども母を神に駆り立てたのは、地獄の恐怖ではなかった。私は母が何ものをも恐れたのを見たことがない。母の意思に反して強制できるほどに、怖ろしいものとして地獄の有様を描写し得る人があったろうとは、私は一瞬間も信じない。否、母は善良になりたいとの熱望に燃えていたのである。私たちにもしばしば諭して言ったことがある、
    「善良であることは美しいものですよ。善い人におなり。地上で一番愛すべきものは善良の徳です」と。
    母が神を求めたのは、それが善良になり得る唯一の道だと聞かされたからである。神から離れての人間の善良は「汚れたる衣」のごときものだと聖書は言っている。
    神を求める不安のために、青春時代は不幸だったと、母は私に語ったことがある。友だちの中でももっと心持の単純な連中は次々に「回心」して、聖餐式に列した。けれども、反抗心と苦悩にさいなまれながら、母は小さな教会堂で聖餐のパンと葡萄酒の前に頭を振った。自分をも他人をも欺きたくない。彼女は祈りに祈りを重ねた。
    当時の母の日記に次のように書いてあるのを私は発見した。
    「十二から十五になるまでのあいだ、私は一週間に何回となく納屋のうしろの林の中に行き、ニワトコの茂みの中の窪地に身を投げ伏して神にしるしを求めて祈った・・・何でもいいから私を信じさせるしるしを求めた。時にはヤコブのように、神がしるしを与えたもうまではその場所を去らないと誓ったことさえあった。けれども、しるしは遂に来なかった。牝牛の頸の鈴の音が夕暮を知らせた。牝牛は乳をしぼられるために戻って来る。私も家に帰って食卓の用意をしなければならない」
    幾度か彼女は日曜学校の受持教師で牧師夫人のダンロップ夫人のところへ煩悶をうったえに行った。温和で静かなダンロップ夫人は、この情熱的な、正直な少女を「まっすぐ救いに導く」ために力を尽くした。
    「そのまま、神様に身を捧げるんです・・・それで充分なんですよ」夫人には、この色のくろい一本気な少女の心はよくは理解ができなかったけれど、可愛い可愛いの思いで一点張りの心を声音にこめてこう言うのだった。
    「あなたの心を神様に差上げるんです。何にもむずかしいことはないじゃありませんか。ね、そうでしょう?」
    けれども少女ケアリ(母)はそれ以上を望んだ。
    「私は神様が確かに私を受入れて下すったということを知りたいんです。私は捧げることはできます。だけど、なぜ神様は受入れて下さらないんでしょう? なぜ、受け入れたというしるしを見せてくださらないんでしょう?」
    これはダンロップ夫人の分別以上の質問であった。「何でもいいから、神様に身を捧げなさい。それだけでいいんですよ」と、繰返して言うよりほかはなかった。
    その数年はケアリにとって、嵐にもてあそばれている歳月であった。神の存在を認めることのできない絶望は、しばしば彼女を反対の方向へ駆り立て、無反省無軌道な放縦と享楽へ躍り込ませた。時には、身内に沸き返る青春の血の恐ろしさを自覚し、救われる見込みのない悪人は自分だと思うこともあった。自分のうちに欲念がめざめて来るのが恐ろしかった。
    この頃の母は色の浅黒い美しい娘で、年よりは成熟しており、ユーモアに富んだ、よく笑う娘であったが、また一方には、どんなに騒ぎ興じている時にも真面目さを失わなかった。赤い唇、匂やかな頬、栗色の髪が房々と「滝のように」流れていた』
    『母はまちがっていた。アンドリュー(父)は彼の説教をどんなふうにでも手伝われたりすることは望んでいない。自分の説教に満足しきっているし、妻の助言などというものにはいささかの期待も懸けていない。彼女の好む讃美歌などは父には無意味に思われ、陽気すぎると言うのだった。恐るべき地獄が、この世のむこうに口をあいて待っているのに、この世の喜びや美などを歌っているのはもっての外である。
    その上に、パウロの神学の、女は男に従属すべしという思想がしみ込んでいるアンドリューは、母が家庭を治め、子供を産み、彼のために日常の用事を弁じてさえいればよかったのだ。「男は女の頭なり」男を通じてのみ女は神に近づけると聖書は教えた。母が力の及ぶ限り、教会で婦人たちに教えるのは宜しい。すべての人の信仰と知識を試験し、教会員として受入れるや否やを定めるのは彼でなければならず、それは神の祭司たる自分の特権であり、その決定は絶対である。
    父のこの気持を見て取った母の心中には、抵抗の血が湧き立った。善良な聖者であるが故に結婚したこの男性の本質を、今はじめて知ったような気がした・・・自分に対しては善良そのものであるが、心は狭く、利己的で、専横なのだ。何たる妄言であろう。女に生れたゆえに、神に直接行けないそうだ。大抵の男よりも自分の頭脳のほうが明敏で鋭利で透徹しているではないか? 神とは、アンドリューの神のごとき、そんなものであろうか? 豊かな頭脳と肉体とこの二つの賜を両手に持った母は、それらが喜び受けられることを子供のように信じ切って、捧げたのだ・・・その贈物は無用のものとして投げ返された。母は今にして初めて真剣にアンドリューの心の本質にふれたのを自覚した。
    心に深い致命傷を受けたこの婦人の姿を描き出すに忍びない。自分から意識した言葉としては決して誰にも口外しなかったこの時期の母の生活に、解剖のメスを入れるには、私はあまりによく母を知り、あまりに親しく結びつけられている。確かに私たちは知っていた。時には制しても制し切れぬ痛ましい、烈しい言葉が母の口からほとばしり出たこともあった。けれど母は決して出放題にそういう言葉を吐いたのではなく、あとではいつも深く悔いていた。
    女性に酷なる時代・・・宗教的生涯を歩もうとするすべての者に峻厳だった時代に、生れ生(い)で育てられて来た母としては、結婚の常道から離れようなどとは思いもよらなかった。いかに相剋する夫婦であろうと、いかにその結合が空虚な殼であろうとも、いかに内面生活が相隔たっていようとも、外面のつながりは断つべきではなかった。いかなる強い愛の結合よりもなお一層強いものは宗教と義務の鎖であった』


    『神への瞑想と布教のことに気を取られている彼(父)は、妻の同伴を求めることを忘れており、気の強い母もまた自分から決して口に出さなかった。もろもろの天を貫き、神を把握することができながら、自分の側に息づいている気の強い、孤独の婦人の存在に気がつかないとは、父も珍しく人間ばなれのした人物だったと思う。父から見ればケアリは単なる女でしかなかったのだ。私は母の性情がすっかり曇りを帯びてしまうのを見て以来、聖パウロを心底から憎んだ。聖パウロの神学は過去において、私の母のような、自尊心の強い、自由を愛する女性の多くを、単に女であるというだけの理由で、どれだけ呪って来たであろう。すべての真実なる女性は彼が女の上に加えた束縛のために彼を憎まねばならぬと私は思う。この新しい時代になって聖パウロの権威が弱くなったことを、私は自分の母の名において、喜ぶ者である』

    『神のことはほとんど口にしなかったけれど、聖書を読んでいる母の姿はうら淋しかった。老年のしのびよって来るのを感じながら、みずからの生涯に計画したことを何一つ成就しなかった母は、再び昔の神を追求する心に返りつつあったのだと私は思う。しかも神はこの長い年月の間に一度として母に明確なしるしを示さなかった。新聞や雑誌で心惹かれた詩の切抜きをはさんだので、母の聖書は厚くなっていた。大部分は短い、悲しい詩やあるいはその愛する自然を歌ったものであった。母が死んでから私はそれを全部読んで、この頃の母の心の琴線に触れる思いがした。幼な子の死や故郷から流離した人々をうたった詩や、未だ神を見た者はない、ただ信仰によってのみその存在を悟らねばならぬと書いてあるものばかりだった』


    「母の肖像」のなかで重要なテーマを占めるのは、夫婦の相容れない相克でしょう。
    神に仕える聖職者としての父は、信仰に厳格であっても、それ以上でもそれ以下でもありませんでした。信仰が自発的な意志=自由を土台にしたものであるにもかかわらず、形式的な解釈や教理から脱した論理的思考への可能性を閉ざしても、疑問に感じない夫。教条的な原理原則に束縛された、形式的な説法といった権威のなかで、自由な精神が失われいく。
    本来の闊達な生命の躍動が得られない形骸化した活動は、我々学会員も経験しています。宗門の恐ろしいまでの時代性への無理解は、あらゆる宗教が陥ってきた創造性の欠如というものです。 真の宗教心は創造性から湧き上がってくるものなのです。
    弛みない求道者であったパールの母は、波乱の生涯で明確な「神のしるし」を見ることはできませんでしたが、夫よりはずっと神に近かったと考えます。神の代名詞は、自由の実現ということだからです。
    妙法の信奉者は、同じ苦労の果てに「しるし」を見ることが可能でありましょう。日常の雑多な些事、悩み、人間関係の行き違いなど、わたしたちを路頭に迷わすものは数限りなくありますが、考えることを諦めない賢明な迷者であり、求道者であれば、真理も灯のように虹色の光を放ち、待っていてくれると信じます。
    わたしたちが誰かに与えることができるものは、財産や名誉でなく、信仰者としての姿勢そのものに価値を見出だす変革の思想に外なりません。それは父母から子に伝える最も重要な生き方のマニュアルというものかもしれません。

    ピューリタンであれ、ブッディストであれ、信仰者としての姿勢は変わるものではないでしょう。信仰はどのような境涯に達しようと、常に疑いが内在しているのです。絶対という言葉を簡単に使うことを躊躇せざるをえず、絶対に対する概念の把握ほど難しいものはありません。妙法で難信難解と説かれるのはそのためであり、自分で気づかなくても無邪気さのなかの邪気のように、そして一本の刺のように、疑いは誰の心の襞にも突き刺さっているのです。信仰とはこの棘を絶えず意識することなのです。何も悩まない会員に時々出会いますが、そういう人に限って正義や悪、血脈や師弟だのと、口角に泡を飛ばして声高に叫ぶ。わたしには狂信者にしか見えません。人間や世界の仕組み、信仰や仏の存在がそんな単純なものなのでしょうか。
    信仰とは聖なるものに近づくことであり、同時に不正と不公平の泥沼に足を踏み入れることであり、相反する心の葛藤に苦悶することです。実際、アンビバレントな感情の克服こそ至難な業はありません。それは人間の本質と信仰の基本に、深く関わっているからです。

    親の娘に対する愛情は、息子に対するそれよりも単純なような気がします。それはいずれの親も、子どもに対する感情は変わらないのかもしれませんが、「子供たちこそ私の最大のロマンスだ」と、パールの母が言ったように、森の奥の大樹のようなドッシリとした確信で、複雑な心奥を照らす光のような明瞭さで、愛情のほとばしりがあるように感じます。そしてどのような親であっても、ずっと真金のぬくもりのように変わることがないと、聖なるものに誓って言えるのではないでしょうか。

    妙法に対し、あるいは会員に対して、盲信とか、あやつり人形のような洗脳という言葉の評価は、人一倍信仰と自由に関して、敏感なアンテナを所有している会員には、全く的外れの指摘に外ならない。個人の内面であれ人間関係であれ社会のルールであれ、「信じること」のメカニズムを全く理解していない人が言うことです。信じることは最も高貴な行為であると同時に、勇気のいる行為であることを知らねばならないでしょう。
    また、人生において、少しでも意味あるものに出会いたいと考えるなら、献身と諦めない心を持続する信じる行為は、自己のなかにいるもう一人の最良の友として力強いパートナーシップを発揮してくれることでしょう。

    *20世紀を生きたアメリカの女性作家パール・バック。
    『大地』『母の肖像』などの作者として有名な彼女は、自らの母をこう讃えた。
    「母はどんな場合にも恐れたことがない」
    「(母は)微笑を惜まない」
    そして、「(母は)最後まで若々しい精神を持ちつづけ、不屈不撓、寛大」であったと。
    まさに創価のお母さんの姿である。

    (「第14回本部幹部会 第一回全国婦人部幹部会 でのスピーチ」2008・01・16)

    スピーチは、ケアリ(母)が信仰に深く悩んだことを言わない。神の伝道師のように悩み、神の給仕のように人々に尽くしたことを説明しないで、娘が自画自賛する母の姿の一部分だけを強調して紹介している。この本はアメリカ的理想主義の影響がある文章なのです。
    不勉強な婦人部は、自らの姿を重ねて、信仰は違っても女性として共通していると錯覚し誤解しています。自己否定寸前まで落ち込みながらも、強い意志で自己を励まし続け、信仰を求めた深い愛情と人間性を思い描くことができない。そして、その人道的慈愛は、賢明な娘に受け継がれました。親は口だけでなく、その生き方、姿を示して子どもを諭さなければならないことがよくわかります。悩む親の姿も、子どもにとって立派な教師であり続けると同時に学習の最良のテキストなのです。
    その後、娘は耐えられない悲しみに出会います。そのとき、母の生き方が心のなかにあったからこそ、荒れ狂う大地のうえでも強く生きることができたのだと思います。
    この小説で描かれるケアリの夫は、宣教師でありながら、信仰に凝り固まった盲信者。人間性を自由にする信仰の意味を、全く理解していない。神の概念を理解していない。日常生活も閉鎖的で、恐ろしく教条的。このような姿は大石寺の僧侶像とイメージが重なりますが、最近は創価の執行部にも同じものを感じています。先生が著しく指導力を無くしていることが原因と思われますが、それに乗じて、都合の良い解釈を作り上げ、正当化している幹部がいるのでしょう。会員は賢くなければ、賢い信仰を続けることができなくなるでしょう。会員の善良さも、思索した善良さでなければなりませんね。

    2日のお誕生記念日が過ぎたばかりなのに、こんなことを言うのもなんですが、先生がお亡くなりになれば、必ず先生原理主義がはびこります。師弟不二なのですから、そのご指導を永遠に原理としていくことは弟子の努めですからね。推理力でカバーしながら、または新たな解釈を作り、先生の本意はこういうことなのですと、原理主義者は語るだろう。本意などという言葉はあてになりませんよね。本意の本意、さらに深い本意などと三重にも重なった本意が勝手に作り上げられ、永遠の指導者の三重秘伝抄も編纂されることでしょう。
    疑うことを知らない純粋な会員さまに、わたしのような不純な会員が遠慮しながら申し上げますが、こんなもっともらしい指導が出てきます。つまり、聖教にも、会合でも紹介されなかった先生のご指導、限られた幹部より聞かなかったご指導、秘密にしておいた大事なご指導、ということで、今までと真逆のもっとらしい指導が必ず登場することでしょう。わかっていながら警鐘を鳴らさない先生、注意喚起をしない先生、会員のことを本当に考えているのか、疑問です。どうか創価を愛していらっしゃるのなら、パール・バックがわが子のために生涯を尽くしたように、遺言ではっきりと明言して下さい。愚かで自分勝手な弟子ばかりなのですから。


    Colors of Love
    Thomas Bergersen






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