中国宗教白書 1

    4月26日の聖教の一面は、5月の本幹が信越総会に決定したことを掲載しております。わたしはほとんど関心がありませんので、スルーしますが、その左隣りの記事は、原田会長と笠貫女性部長が、スペイン・カトリック司教協議会本部を表敬訪問したというもの。さらに右隣りの中央の記事は小さな扱いですが、中国大使館の張梅(ちょうばい)参事官の、日中青年未来フォーラムでの講演を伝える内容です。創価大学への留学経験を通して池田先生の思想の継承を語っています。日中間に横たわる喫緊の問題を避けて、儀礼的な講演と言えば言い過ぎでしょうか。事前に講演内容は打ち合わせていると思いますが、創価青年部が国際問題に疎いのは決して理由がないわけではありません。問題意識の些少は、政治支援によく表れていますが、これは社会的責任を果たす健全な信仰者の教育を考えていないからだと思います。妙法の人間教育の一側面を、触発し啓発していただきたいと思います。薫陶とか、訓練とか、啓蒙とか、育成とか、そんな言葉が大好きでしょう?
    4月28日の一面には、中国人民対外友好協会の戸思社副会長一行が総本部を訪問した記事。やはり小さな扱いで、中央の目立つところに編集されている。民間外交と言いながら、立派な官庁で、成果を厳しく求められるのが中国の官僚主義。昔から対外工作はお手のもの。「人権」や「普遍的価値」といった言葉に過剰に反応し、規制が強化されている中国国内の現実を考えると、彼らが言うところの友好も、創価への賛辞も感心するようなことではありません。イデオロギーが異なる他者に対しては、いつも本心を隠している。

    ダライ・ラマ自伝大学時代、チベット問題に関心があり、図書館で「ダライ・ラマ自伝」(山際素男訳 文春文庫)を読みました。深く、重い感慨を持ったことと、中国の犯罪は、反人権の苦しみに満ちたものとして、世界史に刻印されるべきだと思いました。チベットという宗教国は、コミュニズムという最悪の擬似宗教によって、甚大な被害を被ったのです。
    この本の巻末にはわかりやすい略年譜が付けられております。
    中華人民共和国が成立した1949年、ダライ・ラマはまだ14歳の少年でした。翌年には人民解放軍が東チベットに侵入。摂政制度により維持していた行政は、この危機にまったく用をなさず、ダライ・ラマの指導性を求めて、政治権力を与えるべきと訴える国民の声が湧き起こりました。重大な責任を任すには若すぎると考える人もいましたが、ダライ・ラマ自身は誰からも相談を受けませんでした。政府はこのような事態を前に、有効な手段を取ることができないまま、神託に任せることにしました。霊媒師が守護神のお告げを伝え、占星術師が就任日の吉日を占い選定するという作業を行い、ちょうど20世紀の中間の年に、15歳という若さでチベットの政治と宗教の最高指導者に就任したのです。少年は大人のような悲哀を感じ、緊張のなかで中国との絶望的戦争を覚悟しました。

    チベットの政治体制は、およそ人間が考えるかぎりの鈍重の儀式を充たすものでした。
    『ともかくわたしの状態はいっそう耐えがたいものとなり、侍従長に式を早めてくれるよう伝言を送ったほどだ。しかし式典は長たらしくこみいっており、果てしないものに思えた。
    儀式が終わりに近づくにつれ、全面戦争に直面する六百万国民のまぎれもない指導者になったのだという思いがひしひしと感じられた。ときにわたしはわずか十五歳にすぎなかった。しかし、できるなら戦争を回避させるのが自分の義務だと真剣に考えていた。就任後わたしが行った最初の仕事は二人の新首相の任命である。
    なぜ二人かというと、わが国の政治制度は、首相以下のポストは全て二重になっており、世俗と僧侶の両方によって占められていたからである。この制度は五世大ダライ・ラマが精神的指導者の地位に加えて世俗的権力も背負うようになってからずっとつづいている。かつてはこの二重行政制度はうまく働いていたのだが、二十世紀の今日、まったく不適当なものになってしまった。しかもそのうえ、前にも述べたように二十年間の摂政時代に政府は完全に腐敗しきってしまった』

    二重行政の能率の悪さ、制度の腐敗、議会手続きと処理の緩慢さ、すべてが儀式化しているようです。危機に見舞われても機能しない制度でチベットは古代から生き長らえてきたのです。慇懃で丁重な狂言を見るようです。

    『もちろん、何の改革もなされなかった。ダライ・ラマですらできなかったのである。というのは、ダライ・ラマが何かをしようとすれば、まず首相に伝えられ、そこから内閣へ、ついでに各行政担当者、そして最後に国民議会で諮られるといった具合で、その間だれかがダライ・ラマの提案に反対すれば、それ以上先に進むのはきわめてむずかしかったのだ。
    またその反対に、議会が何か改革案を提出しても同じことが起こった。ある立法がダライ・ラマに送られ、彼がそれに修正を加えたいときは、羊皮紙の切れにそれを書き加え、原文書に貼りつけ、承認を求め送り返される。だが改革をさらに困難にさせたのは、外国の影響はチベット仏教に害を及ぼすと確信している宗教界の危惧であった』

    伝統に伝統を重ねて効率バランスを無視した伝統至上主義は、ヒマラヤ山脈と崑崙山脈に挟まれ、踏み入れることも難しい高原に広がる岩と砂の国土は、鎖国のように閉ざされた地形環境によるのかもしれない。大国の隣にある地政学的緊張は、中国の周辺国に見られる苦悩ですが、ほとんどが宗教に関連して漢民族の興亡にも関わっております。社会主義と宗教は、永遠に敵対する軋轢と紛争の、切っても切れない因縁の関係性のなかにあります。
    自由に関する脅威は、世界の注目を集めましたが、長い間伝統的に、頑なに、平和的孤立主義を守り通してきたチベットは、国連の申し出も無視しました。人心も国家も、仏教という絶対規範も、瓦解寸前に老朽化していたのです。

    その後、一方的な解放協定を締結させられ、ラサへの人民解放軍の進駐を許し、解放軍の気ままな要求を断ることもできずに、チベット経済は破綻。多くの餓死者を出すに至る。

    1959年、24歳のとき、ラサ市民が武装蜂起した。3月17日、ラサを脱出し、インドに亡命。不平等協定であった17箇条協定を否認。新チベット政府樹立を宣言。チベットにとどまった多くの国民も、脱出したチベット難民も苦難の道を歩むことになる。
    インドに亡命し、ブッダが最初の説法をした鹿野苑を訪ねたことが記されています。24歳の若き聖人は、重すぎるほどの使命を背負っていました。究極的な他者に対する責任は、重ければ重いほど、身体が引き裂かれるように辛い。この苦しみから慈悲を紡ぎださなければならない。ブッダが味わったプロセスと同じです。
    『そこには、ネパールから着いたばかりの二千人以上ものチベット難民が、わたしの説教を聞こうと集まっていた。惨憺たる姿だったが、直面する艱難と力いっぱい戦い抜こうとする精神が漲っていた。チベット人は本当に不屈の商売人で、もう"店"を張って頑張っていた。ある者はなんとかして持ち出したわずかな貴重品、ある者は古着をといった具合である。だが多くの人はお茶を売っているだけであった。こんな過酷な条件のなかでも力強く生きようとしている人びとの姿にわたしは心を揺さぶられ励まされた。だれもがいい知れぬ苦難と残酷さを味わわされていたが、乏しさを最大限に活用して人生に立ち向かっていた。
    最初の、鹿野苑での一週間の講話はわたしにとって素晴らしい経験だった。二千五百年の昔、仏陀が教えを説いたまさにその場所で話しかけることができたのは実に意味深いことである。
    この間、わたしは自分たちの試練の積極的側面にもっぱら光を当てた。仏陀自ら語った、苦悩こそ自由への第一歩だという言葉を思い起こさせ、チベットの古い諺、「苦痛こそ喜びを計る物差しだ」を引用し人びとに訴えた』


    人生は試練の連続。「試練の積極的側面」とは、どのようなものだろうか。言葉では簡単ですが、信仰や人生へのよほど肯定的な信頼がないと乗り越えられないと思う。試練の深刻さにもよりますが、わたしはブッダの涙を思い浮かべ、悲しみに圧倒されてしまいます。救済とは、安易な言葉で説法するような軽いものではないのですね。

    この書には、中国の支配が非人間的な恐怖に満ちたものであることを告発しています。51年に人民解放軍が進駐して以来、チベットは軍の監視下に置かれましたが、激しい弾圧と執拗な暴力に屈せず戦い続ける仏教徒が多くいました。周恩来も鄧小平も、ダライ・ラマのアピールを無視しました。胡錦濤は、恐怖のチベット行政を自らの出世の道具にしただけです。その惨たらしい虐待は目を覆うばかりです。1987年、チベットでの騒乱を武力で鎮圧し、ラサに戒厳令を敷いた功績を持つ胡錦濤は、多くの僧侶や一般民衆を弾圧し死に追いやった。


    戦争が生命否定の暴力であるとすれば、人権が限りなく蹂躙されることだとも言える。平和を望むならば、それは同時に人権の擁護でなければならない。
    法華経は人権思想です。人間革命は人間の可能性を最大限に引き出すものであり、人間主義と言われる生命尊重の思想が根底です。また法華経は楽観主義でもなければ悲観主義でもありません。中道とはすべてを包括していく思想です。決して一方に偏ることもなければ、また認めるものでもありません。池田先生が楽観主義を強調するのは、行き詰まる現代社会への痛烈な批判であることを知らなければならないと思います。
    今更言うまでもなく、火宅の世界である現実を、釈尊は巧妙な譬喩を用いて説きました。救済と同時に、危機的状況を暴き指摘することは法を説くうえで極めて大切なことです。しかし、長者の子供たちが火事に気づかないように、危機的状況にまったく自覚がありません。人間が煩悩や苦しみに執著し、所有欲とエゴイズムに支配される姿は、仏教を貫く太い主題といってもよいでしょう。
    万人に仏性があり、その種子を植えるのが菩薩の役目であるのであれば、釈尊が五千上慢の退席は許したのは、何を意味しているのだろう。信仰がない者、真理に目を背けた者、謙虚に耳を傾けざる者、悟りを得るには程遠い者が悟りを得たと慢心する者、一闡提の増上慢には仏性がないのでしょうか?
    わたしたちは常に、会座に連なるか、退席するかという選択を迫られています。善であれ悪であれ、他者の成仏を信じることが、自己の尊厳に目覚めることでもあります。自他不二の思想は、魂の救済と平和実現という山頂への到達を促す根本思想でありましょう。
    釈尊は成道したのち、法を説くことを逡巡します。梵天の懇請により法を説き始めますが、自他ともに進むことが真の幸福への道であり、自己のなかに他者の復活を認めたからこそ、釈尊のなかに未来を照らす普遍的な光源としての「仏」が誕生したものと思います。
    『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』(御義口伝「随喜品二箇の大事」)


    欧米には、ダライ・ラマ・サポーターと言われる著名人が多くいる。キリスト教信者であっても深く共感を寄せるのは、彼が真に非暴力の継承者であり体現者であるからです。
    狂気の共産主義テロによって、「束縛と旧習からの解放」と「民主化」が進められ、チベット人のアイデンティティーである宗教、思考、観念、価値観、習慣が失われつつあります。チベット人600万人のうち120万人が犠牲になり、僧院、仏像、経典のほとんどが破壊、焼却され、装飾品や価値あるものは略奪されました。「大蔵経」は堆肥の原料にされ、人類的価値ある遺産が無造作に葬られました。
    仏説を根本から否定する思想は、1955年、ダライ・ラマが前年の第一回全国人民代表大会に出席し、チベットに帰国の際に最後の毛沢東との会見の言葉によく表れています。
    『毛の執務室へ行くと、彼は本当にわたしを待っていた。これが最後の会見になる。といい、帰国の前に、政府に対するいくつかの忠言をしたいといった。そして、会議をどのように組織し、人民の考えをどのように引き出し、重要な問題をどう決定するかなどについて語った。これは非常に素晴らしい知識であり、彼と一緒のときはいつもそうしていたが、毛の言葉を一生懸命ノートした。彼は、コミュニケーションは、物質的進歩のいかなる形態においても必須の要素であり、できるだけ多くチベット青年たちをこの分野で育てるよう努力すべきだといった。彼はまた、わたしに伝えたいことはなんであろうと、チベット人を通じてそうしたいとも語った。最後に、ぐっと身体を近づけ、「あなたの態度はとてもいい。だが、宗教は毒だ。第一に、人口を減少させる。なぜなら僧侶と尼僧は独身でいなくてはならないし、第二に、宗教は物質的進歩を無視するからだ」といった。これを聞いて、わたしは激しい嵐のような感情が顔に出るのを感じ、突然非常なおそれを抱いた。「そうなのですか。あなたは結局ダルマ(法)の破壊者なのですね」わたしは心のなかで怒りを込めて呟いた。
    日はとっぷりと暮れ、毛がこういう致命的な言葉を吐いている間、わたしは前屈みになり、なかば顔を隠し、彼の言葉を書き写すふりをしていた。わたしの抱いている戦慄を彼が気づかぬのを願うのみだった』

    ダライ・ラマは、マルキシズムはダルマ(法)の破壊を企てていることを知ることになる。
    それは、平安な世界と善良な人々の人生を破壊することです。革命という名の熱狂。

    ◇◇◇

    池田先生は、93年のハーバード大学での「21世紀文明と大乗仏教」の講演のなかで、「戦争と革命の世紀」の悲劇を乗り越える教訓と問題を指摘し、生命観の内なる変革こそ第一義とする視点を3点に要約し述べています。
    1.平和創出の源泉
    2.人間復権の機軸
    3.万物共生の大地
    『「民族」であれ「階級」であれ、克服されるべき悪、すなわち「一本の矢」は、外部というよりまず自分の内部にある。ゆえに、人間への差別意識、差異へのこだわりを克服することこそ、平和と普遍的人権の創出への第一義であり、開かれた対話を可能ならしむる黄金律なのであります。また、そうあってこそ、相手の性分や能力に応じて法を説く”対機説法”という自在な対話も可能なのであります』

    93年といえば、5月にラサで暴動が起き、6月には世界人権会議でダライ・ラマが講演。この会議では、ダライ・ラマに対しての中国の圧力に反対し、14名のノーベル平和賞受賞者がボイコットする抗議行動に発展しました。平和主義者は不正と暴力には遠慮しません。

    池田先生は具体的に、チベット問題にふれたことはないと思いますが、93年の講演では、開かれた対話を呼びかけています。対話は、他者を認めることにほかなりません。
    2011年のSGI提言では、より具体的に人権問題への取り組みを提案しています。
    『SGIの運動は、一人一人が内面の変革を通じて自他ともの“より善き生”の顕現を目指すものです。人権文化の文脈に照らしていえば、人権について学び、意識を磨くだけでなく、日々の生活の中で実践し、一人一人が“人権の体現者”として社会に波動を起こす存在となってこそ、人権教育の取り組みは初めて完結するとの信念の下、草の根の活動を続けてきたのです。
    仏法の真髄である法華経では、その範となる不軽菩薩の姿が描かれています。
    <中略>
    法華経ではほかにも、普賢菩薩、薬王菩薩、妙音菩薩、観世音菩薩など、さまざまな菩薩が自らの特性を生かして人々に尽くしていく姿が説かれています。
    私どもはその精神を現代社会に敷衍して、誰もが自分の特性を最大に生かしながら「人権」と「人道」の担い手になることができると訴え、ともに成長を期してきたのです。
    国連では本年、人権分野に関して、“差別をなくすために声をあげ、行動する新しい世代をいかに鼓舞するか”に焦点を当てています。まずは、このテーマを軸に、宗教界がどのような貢献をなしうるかについて討議を進めていってはどうでしょうか。
    かつて私はハーバード大学で行った講演(1993年9月、「21世紀文明と大乗仏教」)で、「はたして宗教をもつことが人間を強くするのか弱くするのか、善くするのか悪くするのか、賢くするのか愚かにするのか」が厳しく問われる時代に入っていると、自戒を込めての警鐘を鳴らしたことがあります。
    さまざまな宗教が人権文化の建設という共通の目標に立って対話を重ね、互いの原点と歴史を見つめながら、人権文化の建設のために行動する人々をいかに輩出していくかを良い意味で競い合う――牧口常三郎初代会長が提唱していた「人道的競争」に取り組むことを呼びかけたいのです』


    人道的競争は中国にこそ必要ですが、自戒しながら中国を名指しすることはありません。平和や人権を自分の創造物であるかのように、また口を開けば聖人の独占物のように繰り返しますが、チベットという特殊性を一般化して、平和や人権という聞きやすい言葉に落とし込み、問題の重大性を軽くしている罪は大きいと思う。個々の問題に、具体的に関心を示さなければならないのです。なぜ時代の顕著な核心を黙殺し続けるのでしょうか。
    2000年、中央民族大学から池田先生に名誉教授の称号が授与されました。少数民族のための重点大学である同大学は、中国の同化政策の象徴的大学と言ってもよく、各少数民族の伝統と習慣、文化を尊重するといいながら、人種的にも、経済的にも漢民族国家への帰属を推し進める大学です。チベット語の放棄は、チベット文化の放棄と同じことでしょう。
    先生は、会員の皆さまとともにいただいた栄誉と言われました。チベットをはじめ虐げられている少数民族の苦悩が染み付いている栄誉です。チベットの資源を搾取し、人命を犠牲にしながら、代替できないものを盗み取った収奪物から作った栄誉なのです。そのことを創価の会員は誰一人、考える責任と努力を放棄し、認識もしていません。名誉のために弱者を犠牲にし、その数を誇るなんて、中国と同じ熱狂への飢餓があるのでしょうか。対内的には人間主義であり、対外的には非人間主義という二重基準は、自ら涼しい顔で提言していらっしゃいますが、世界の良識から問われているのですよ。
    中国の巧妙なデマゴギーと欺瞞の罠に、はめられている。欺瞞は尊厳を裏返すと表れる、最も醜悪な人間の心です。欺瞞、虚偽、騙りといったら、妙法の裏街道を走って逃げる魔王の姿ではないでしょうか。
    いつか、この暴力と狂乱の独裁共産党国家が崩壊するとき、厳しくその責任を問われることになるでしょう。ぜひ未来は、チベットの民衆にとり、正義が実行される明るいものであってほしい。そしてそのとき、中国に加担した勢力の始末も、同時に精算されることを願ってやみません。因果とその報いが、きっちりと整理される公平で平等な世界であってほしい。

    中国では、信教の自由が憲法で保障されていますが、もちろん建前だけで自由は限定されています。最近宗教白書が発表され、共産党の宗教への取り組みが強化されました。一口に言うと、「宗教の中国化」という、以前からの取り締まりがさらに管理される方向に強化されるということ。「宗教の共産主義化」わたしには意味がよくわからない。宗教が宗教でなくなるという危機があるということでしょうか。宗教の無力化とは、道徳に反していても親の手足を縛り自由を奪うこと。そもそも儒教の国なのに、道徳が生きているのか疑問。
    簡単に言うと、戦前の日本と同じで、自由な信仰が取り締まり対象にされるということ。思想の統一をはかり、全体主義という社会主義は、支配への欲望を決して手放さない。中国の宗教事情はなかなかわかりづらいものがありますが、なぜそれほどまで神経質に宗教に過敏になるのか。仏教にかぎりません。キリスト教も弾圧を受けていると伝えられています。バチカンとの間でも、最近、司教任命権問題についての対立が露わになりました。過去の漢民族国家は、宗教絡みで滅んでいることを支配者はよく知っている。宗教一揆、宗教人の反乱が、国家滅亡の引き金になることを恐れている。


    Revival - Fearless Motivation




    ◇◇◇

    なお、「社会と宗教」(B・ウィルソン・池田大作:聖教文庫)の「共産主義と宗教」という項目で、ウィルソン教授が教科書的な模範解答を提示していますので引用します。対談が出版されたのは、85年ですが、ゴルバチョフの改革政策、ソビエト連邦崩壊へとつながるペレストロイカ、また東欧の民主化を支持した新思考外交が始まった時期と重なります。ここで述べる見解は概略的ですが、現在でも十分通用するものと思います。
    『共産主義について、社会学者たちは、しばしばそれ自体が宗教である、もしくは、少なくとも宗教の代用物である、という表現をしてきました。共産主義者は、その創始者を賛美し、一組の聖典を尊崇し、一つの史観とその最終目的について賛同し、細胞組織を形成し、伝道者的な熱意を示します。そして、その運動は、信奉者たちには親睦の機会を与え、集団に対しては社会的拘束を促進させるというように、宗教のもつ機能を果たしています。他のイデオロギーはすべて禁止され、あたかも中世キリスト教の不寛容の最も行き過ぎた点をそのまま借りたかのように、そうした、別のイデオロギーの信奉者たちが迫害されます。
    しかし、これらのすべてを持ってしても、共産主義が宗教のもつあらゆる機能を果たしきたといえないことは明白です。個々人がその生涯の過程のなかで心の痛手を受けたとき、共産主義がその支えになるということは、まずありません。人々が自ら死に直面したとき、または彼らの親族がそうした状態にあるときに、何らの慰めを与えることもないのです。また、たとえば誕生、成人、結婚などといった喜びの折に、感情生活を極点に達せしめたり高揚させる手段は、何ら提供しません。個人は、個人の人生の目的をまったく超越して、集団としての目標を支持するようにとの要求を、「党」から(ということは「国家」から)あまりにも露骨に突きつけられます。そこには、人々を説得し、動機づけ、納得させようとする、繊細なメカニズムといったものは存在しません。つまり、共産主義は、人々を社会に参加させる技巧に欠けているのです。
    (中略)
    民衆全体を説得して、他人のためや、共産主義が大いに自慢している集団的利益のために自己犠牲的な行動を取らせるには、共産主義は弱い力しかもっていません。だからこそ、そうした結果を生むために、強制や、他の手段に頼るわけです。あらゆる真の宗教的伝統に見られるような、英雄的といってよい自己否定、愛他主義、私心のない善意などが共産主義者を鼓舞したという例は、ほとんどありません。(中略)
    これらのすべてを考えあわせると、共産主義は、それに代わりうるずっと有効なイデオロギーというものを知らない大衆、しかも、そこにある伝統的宗教の残滓は型が古く、内容は非学問的で、その活動も非効率的であるような大衆にとってさえ、種々の点で不備であることが分かります』


    どんな立派なことや、苦労話や、信念を語っても、多くの人間を犠牲にし、その不幸のうえに自らの人生を華麗に築いても、また革命を成し遂げたなどと自慢しても、それがどれだけ悪を内在し容認しているかを、厳しく究明していかなければならないでしょう。共産党国家が樹立されて以来、中国では数千万人の国民が虐殺されたり犠牲になったと推測されておりますが、そのような国家と仲良くし賛辞を繰り返す創価は、日蓮の魂を継ぐ宗教団体なのでしょうか。共産主義者の言動は信用に値しない。
    朝鮮半島では南北首脳対話が進み、核放棄への楽観的な雰囲気に包まれているようです。またノーベル賞などといった不謹慎な話題もあるようですが、金正恩朝鮮労働党委員長はその絶大な権力で、冷酷に多くの人間を粛清してきたようですし、そのような大量殺人鬼の過去を問わないなんて、悪夢でしかありません。
    どうか世界の皆さまが冷静で、正義を実行する慈悲深い人々でありますように☆彡


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