普遍的知のゆくえ

    疾走する精神
    以前、量子論に知的興味を持ち、初歩の初歩なる本を読んだのですが、よく理解できませんでした。茂木健一郎氏が「疾走する精神」のなかで量子論を解説しておりますので読みました。量子論の多世界解釈から、多様性についての論及があり、複雑な現象と多種多様なシステムから、普遍的な原理に行き着くことの難しさを説いています。
    この本で茂木氏は、煩雑で目的が失われているように見える基本的な思考のプロセスを分かりやすく、秩序だった順序で整理。持続可能な「多様性」と生物をはじめ世界に通底する「普遍性」、さらには驚きと学習機会を提供するランダムに発生する「偶有性」など、知への道筋を明らかにして、グローバリズムのなかでの人間精神の可能性を説き、システムとしての脳、音楽をはじめ芸術文化の論理的考察から、インターネットによって急速に進む標準化への懸念を示す。その一方で学びからの「知」の復活を予言している。
    また「多様性を生み出す普遍性の力強い作用」を解説しながら、普遍的原理に至る人間の叡智に希望を見い出だそうとする姿は、真摯で科学者らしく、理知的な論調で好感が持てる。茂木氏は「知」によって、混乱と画一化の概念を打破し、美しい多様性をあるがままに認めながら、現代が抱える諸問題は、生命哲学の根幹と深く関係していると厳しく洞察する。一般書でありながら、茂木氏にとっても、一つのエポックと言える本ではないかと考えます。

    『イデオロギーがその力を失って、久しいと言われる。どれほど魅力的な考え方でも、もしそれが、この世の中が複雑で多彩なものたちから成り立っているというありのままの姿を無視するものであるならば、必ず反生命的になり、自然の摂理に背くことになる。
    この宇宙の中で、そして私たちの住む地球の上で、何億年、何十億年にわたって起こってきたことをありのまま見つめれば、そこに現出しているのは広い意味での「生命原理」であることに疑いを挟む余地はない。どれほど力強く、永続するかのように見えるものでも、それが「多様なるものに潜在する豊穣」という生命原理に背くものであれば、必ず滅びる。むしろ滅亡し、消滅することこそが時間軸における多様性を保証する宇宙の法則ではないかと思えるほど、不滅と思われたものはやがて消えゆき、思わぬ伏兵が舞台の中心に躍り出る』

    『この世のありさまを理解し、私たち人間の由来するところをよりその深層においてとらえ、深く隠された新たな真実を明らかにしようとする人間の営為。そのような知的志向性のことを、ここでは「アカデミズム」と呼ぼう。
    「アカデミズム」という言葉は、古代ギリシャにおいてプラトンがアテネ郊外に設立した学問の殿堂、「アカデミア」に由来する。爾来、西洋における学問はその雛形から大きな影響を受けつつ発展してきた。
    アカデミズムは、今後どのように展開していくのだろうか? 知がインターネット上に拡散し、次第に万人が無料で(自由に)共有するものになってきている今日、「大学」とか、「学会」といった組織においてアカデミズムを定義するのは不適切になってきている。
    私自身は、アカデミズムを、「圧倒的な知の卓越」への志向としてとらえる。そのようにしてはじめて、より包括的な、高い知を求める人類の凄まじいまでの情熱、その無限運動の本質を指し示すことがでぎるのではないかと考える。
    美貌、富、名誉。およそこの世において、人々の欲望をかきたて、憧れを喚起するものは多くある。人は、正しいことよりも、自らが望むことをなそうとする。人の道にかなったことがなされる時でさえ、それは、「正しいことを行う」ということ自体か欲望の対象になった結果であることがしばしばである。
    人がアカデミズムに憧れるのは、必ずしも立身出世を図ろうとしてのことではないだろう。知を自らのものにする喜び、人類がこれまで蓄積してきた叡智の上に、さらに自分なりのささやかな貢献をなしたいという願いの切なさは、万物の霊長たる人間という存在の根底にかかわる心理的機微である。
    すぐれた知性を持つことほど、魅力的で、セクシーなことがあるだろうか? 「美は皮膚だけの深さしかない」(Beauty is only skin-deep)と英語のことわざにいう。何事も見かけだけが優先されがちな現代ではあるが、知の卓越は、目に見えないからこそ、もしそれが本物であるならば人々を魅惑し、心を動かす力を未だ持っていると信じたい』

    『しかし、長い人類の歴史から見れば、近年の日本の傾向など、ごく短い時期の徒花に過ぎない。人間の脳が本来快楽主義的にできていることを考慮すれば、また、プラトンが「饗宴」の中で活写したように「真実を知ること」が人間の最も根強い願望であり快楽であることを考えれば、本格的な知への志向が日本においてこのままずっとやせ衰えたままでいるとは考えにくい。
    実際、インターネットが無限の学びの可能性を開くに従って、知の卓越への志向が、再び復活しつつあるように思われる。少なくとも、私自身と、私の周辺においてはそうである。新しい情報環境が開いた無限の世界の中で、知が、再びその強靭さを取り戻すべき時が来たようである。近未来におけるアカデミズムの本質について一度考察しておくことは大切なことに違いない』
    『アカデミズムの本質は何か? それが専門領域に分かれた蛸壺的な世界認識であってよいはずがない。自分の専門のことはよく知っているが、他のことには疎い。それでは、「圧倒的な知の卓越」とは言えないし、何よりも人々の心を惹きつけない』
    『ある学問の枠組みにとらわれてしまうことが、本当の「知」からは外れることにつながる。……「圧倒的な知の卓越」を目指すことと、ある特定の学問体系に固執することとの間には、根本的な相容れない点がある。そもそも、才能とは過剰なものである。たった一つの専門性で満足してしまえるような知性など、もともと大したものではないだろう』
    『この世に驚嘆すべき新しい知が現れる時には、必ず、多様性の高度な凝縮がある。創造性は一般的な生命原理の一部分である。生物が交配を通して進化するように、人間が生み出す知もまた、異なる要素が凝集することによって先へと進む』


    レオナルド・ダ・ヴィンチのような、「知の巨人」「圧倒的な知の卓越」を理想とする茂木氏は、科学者であることに止まらず、あらゆる分野に興味を寄せ、世界を形作る真理と知の真髄に迫ろうとしています。茂木氏の良識は、謙虚であること、先入観を持たないこと、公平であること、「知る」ことへひたむきな努力を傾注していること。そしてそれらのことに、科学者として培われた透徹した目と判断基準を明確に堅持していること。
    「中央公論」誌上(2010年4月号)で、池田先生と茂木氏が往復書簡を交わされたことがありますが、長続きしなかったのは双方に問題があったからでしょう。宗教という豊穣の森のなかから、「知」の山頂の憩いの場での、生命の強靭さの発見には至らなかったようです。「知」へのあこがれだけでは限界があるようです。その後、茂木氏はその深い教養と科学的見識から、いろいろなシーンに進出。エンターテインメント化していったことはしかたがないことですが、科学的素養ではなかなか割り切れない訝しさを、宗教に感じたのかもしれません。

    この本のなかで、茂木氏は結論づけて言う。
    『ミルトン・フリードマン(1976年、ノーベル経済学賞)が言うように、「選択の自由」を感じるということは、私たちが人間らしく生きる上で必要不可欠なことである。しかし、それは、背後に原理原則があることを排除するわけではない。公正さ、機会の均等、地球環境の保護、生命原理、他者への思いやり、愛。私たち人間が、人間らしい社会を築き上げるために大切にしている原理は、「選択の自由」と両立する。それどころか、「選択の自由」のど真ん中を串刺しにしている。
    多様性を生かすのは自由意志である。その自由意志の背後にある人間原理とは何かを見きわめることが、現代における緊急の課題となる』


    自由と人間原理は、不可分の方程式のように相寄り添っている。経済、倫理、政治、科学など、社会の複雑な因果的プロセスを整理し、混迷から生命哲学の根幹を解き明かし、正常な世界観を認知することこそ、長い人類の進化においての最終的な作業になるでしょう。それぞれの人生を始め、困難な疑問に対する回答を提示するヒントがあるに相違ありません。
    わたしたちは、パソコンで検索し、誰もが同じものを見ているし、読んでいる。感じ方や捉え方は自由であるけれど、検索エンジンによって一律に整理された情報を、体験学習のツールと勘違いしながら、ときには疑問に感じつつも必要なものと認識しているのです。便利であることは知の退化をうながす側面もあり、また人間らしいコミュニケーション、感情や意志を伝達する言葉の喪失を意味すると考えるのですが、劇的な進化を遂げている情報環境に、埋没する個性であってはならないでしょう。
    SNSから離れられない人をよく見かけます。わたしの狭い人間関係の範囲でも、その分布の標準偏差は平均的と考えますが、SNSのために生きていると思わせるような人を確実に見かけます。その不幸の程度を認知できないほど理性が失われているようです。もちろん、コメントやTB機能があるブログもその一部分ですが、わたし自身オタクっぽいところがあるので、つまり良く言うと熱中しやすい性格なので、宗教オタクにならないように気をつけています。特に冷静さが失われる創価フリークは嫌われますので要注意。

    「知」とは内面を見つめることから始まると考えます。身近なことであれば、幸福とは何なのか? 家族の在り方や友情についての考え、社会との関わり方も含めて、常に答えを出さなければならないキー・クエスチョンとして、目の前に横たわっています。信仰とは、人間の生に対する根本的なプロブレム・メソッドであり、また主体的な自己研鑽と行動のとり方だと定義すれば、いつまでも他者に依存する弱き生命には、幸福の扉は開かないと言えましょう。
    わたしから言わせれば、批判するだけのジャーナリストの言葉は「(単純ではない)多様性」のなかからもいずれ忘れ去られるであろうし、「悪は悪のネットワークを作る」ことが普遍的原理の一つであれば、「正義が勝ち、悪は滅びる」ことも永遠に変わらない普遍的原理です。
    創価に対しての非難中傷も、よく考えてみれば一様に同じレベルです。根拠もなければ、納得させる論理的説明もない。感情的、あるいは悪意的に、あるいは創造力の欠如から、下から上に向って虚しく叫んでいるに過ぎない。自ら発した声は、雨が落ちて身体を濡らすように、やがて自らの豊かな命の海を黒く汚す雨となって降り注ぐだろう。「白法隠没」と説かれた仏法のパラダイム的法則は、いよいよ真実を写し出して余りあるものと考えます。「白法隠没」とはつまり、人心が病み蝕まれ、腐敗することなのです。創価内も例外ではありませんよ。永遠に続く「正常状態」など、どこにもありません。
    「知」への渇望、詩心と言われた自己実現と完成への創造性に対する問題、さらには音楽への憧れを、希望の方程式「妙法」の力で精一杯のトライを試みていきたいと考えるのです。
    なお、量子論に興味のある方は、新潮社から出版されているノンフィクション「量子革命」(マンジット・クマール・青木薫訳)を、最初にどうぞ!

    エキサイティングな茂木氏のこの本を読了して、なぜか少し快い興奮とおかしさを感じていました。わたしの脳はアバウトに80%は音楽に支配されているので、多様な音楽を聴き、そのなかから普遍的な真理に到達することは簡単なことではないと、頭の良い茂木氏は言っているように思えたからです。道は険しいのだ。そして険しいからこそ、行く先にはいっぱい楽しみが転がっているのだと嬉しくなったからです。
    ロックの神に唾をつけられてから、わたしの迷いの人生は始まったわけだから、この際原点に帰り、ロックなバリエーションのなかから、わたし自身を見直そうと考えました。早い話、あらためていろんな音楽を聴いていこうということです。
    小林秀雄が「表現について」のなかで書いています。
    『音楽を聞くとは、その暗示力に酔うことではありますまい。誰でも酔うことから始めるものだ。……音楽はただ聞こえてくるものではない、聞こうと努めるものだ。と言うのは、作者の表現せんとする意志に近づいてゆく喜びなのです』
    『音楽の美しさに驚嘆するとは、自分の耳の能力に驚嘆することだ。そしてそれは自分の精神の力にいまさらのように驚くことだ。空想的な、不安な、偶然な日常の自我が捨てられ、音楽の必然性に応ずるもう一つの自我を信ずるように、私たちは誘われるのです』



    ビートルズという「知」
    名盤についての評価や楽しみ方、機能や目的はそれぞれ個人的なものと考えます。聴き方、感じ方は制約されるものではなく、自由な感性と嗜好の範疇ですが、アーティストが果敢に挑戦していくように、リスナーもまた敬意を払いながら、宝石を見つけ出すように、本質を理解する努力をしなければなりません。美しいものに近づくことは喜びであると同時に、知的興奮、アカデミックな探究心も満足させるものです。
    小林秀雄流に言えば、音楽を聴くということは、普段の自分自身を離れて、新たな自我(自分)を発見することでもあります。それは創造性の端緒になるチャンスを含んでいるわけですから、年齢に関係なく、また置かれた環境に関係なく、自分の可能性を信じることに他なりません。クラシックであれ、ポピュラー・ミュージックであれ、渇望してやまない充足感に浸りたいと誰でも格闘していると信じています。


    BMGL-ps.jpgビートルズに代表される60年代のブリテッシュ・ビートのモダンさは、新鮮なインパクトを与えてくれると考えます。わたしも始めてビートルズを聴いたとき、生き生きとしたロックンロールに音楽の楽しさを知り、そしてこれがロックンロールなのかと強いエモーションを感じたことを覚えています。今では一口にロックと言っても、混乱を招くばかりに細別されて、サブカテゴリーが増え、本来の意味を見失ってしまいそうですね。
    60年代、ロックと言えばマージー・ビート。ジェネレーション・ギャップを象徴するサウンドは、シンプルなバンドスタイルながら、激しくシャウトするボーカル・ハーモニーで若者の支持を獲得し、新しいミュージックシーンが熱狂的に歓迎されました。さらにモッズの洗練されたエレガント、R&Bルーツの反抗的なスタイルと、ロックンロールって大体そんなもんだったんではないでしょうか?
    (映画「さらば青春の光」を見ました。映画はあまり面白くありませんでしたが、ファッションや風俗は勉強になりました)
    現在、10代から20代のビートルズを聴く人が注意しなければならないことは、ベスト盤を聴いてわかったと早合点しないことです。ベスト盤は入門編として便利ですが、本当のビートルズ像に触れるためには各アルバムを聴くことを強くお勧めします。
    詳しくは読みきれないほどの評論や解説本があり、それらを参考にしていただくこととして、ここではデヴュー・アルバムからの1曲、「P.S. I Love You」をチョイス。

    P.S. I Love You - The Beatles (With Lyrics and HD)



    同名のラブストーリーが、ハリウッドで映画化されて世界的ヒットとなりましたが、原作者のセシリア・アハーンが若く可愛いらしい女性だったのには、少なからずショックを受けました。若くして世界的ベストセラーを書く才能とは、一体、どんな星の下に生まれた女性なのかと考えずにいられませんでした。題名からインスピレーションを受けることはよくあることです。作者がビートルズからインスピレーションを受けたのだと感じたのは、わたしだけなのでしょうか。
    リード・ヴォーカルはポール。まだ少年のようなあどけなさが見えます。ジョージはもっと若く、ジョンがバンドをリードしています。前奏なしでいきなりサビから入りますが、なんとも斬新。バンドのコーラス・レベルはすでに相当なもの。当時のリヴァプールのライヴ感と私生活の断片が伝わってくるビデオです。


    サイケデリック・テンプテーション
    わたしって変なのでしょうか、風に飛ばされないように帽子を手で押さえ、白いコットンのフレアスカートを着た自分が、岬に立って遠くを眺めているイメージが脳裏にいつもあります。 視線の先には何があるのだろうと自分のことなのに疑問に思い、気にかかって仕方がありません。穏やかな波が次第に荒くなり、わたしを呑み込むように打ち寄せて、また静かな余韻とともに引いていく。恍惚とした気分のなかで、天に昇るような忘我の波に漂うわたしがいる。今まで味わったことがないエクスタシーの不思議な誘惑が、わたしを捉えて離さない。忙しく、自分を省みる暇もない日常のなかで、タイムレスな空想の世界は未体験のアイディアルな癒しの時間を提供してくれるのですが、ファンタスティック・ストーリーに憧れる夢見る乙女は、もう卒業しなくてはいけませんね。

    以前からサイケデリック・ロックについて関心がありましたが、聴けば聴くほど、考えれば考えるほど、実体の知れない霧のなかの怪物を見ているように分からなくなりました。それはエクスタシーの体験が個人的なものであり、説明しにくいのと同じように、サイケデリアな世界の表現は困難なことなのかもしれないと考えるようになりました。それでもわたしなりに異次元世界をイメージすることができました。
    サイケデリック・ロックはどんな言葉が適当なのだろうか?
    わたしの考え方の基本は、アーティストにしろアルバムにしろ、キーワードになる言葉を思いつかない限り、真に理解が難しいというか、前に進めないのです。
    サイケ・ロックを表わす言葉として抽象的であるけれども多幸感と浮遊感、さらに原始的、幾何学的な極彩世界を思い浮かべてしまいます。
    小さなカエルがもっと自由に広い川を泳ぎたいと海に飛び込む。
    海を泳ぐカエルなんて考えただけでもシュールですね。
    時々、人間はこんなカエルになる夢を見ます。
    カエルのような人間は日常から逸脱した、普通は経験できないことに興味を持ち空想します。その空想の異次元は、宇宙のように広々としているかと思えば、ペン先のような極小のドットのなかに人間の顔が見えたりします。それが痛みや安らぎや怒りや興奮に満ち、現実に体験するように真実味を帯びて、五感に感じることができたら・・・まるでマトリックスですね。
    こんな経験を1度はしてもいいかなと深く考えもしないで、わたしは思ってしまうのですが、LSD(1970年に麻薬に指定)などの幻覚剤は、心理的トランス状態を作り出し、別のパーソナリティーに支配される幻覚を味わうのでしょうか。アーティストがハシッシュな世界に憧れたのも理解できないわけではありません。
    インド音楽に深く接近したのも哲学的な裏付けが必要とされたのでしょう。またカウンター・カルチャーとしてのヒッピー文化、ベトナム戦争(1965年)などの社会的な背景も考慮しなければなりません。
    社会の接点なくしてムーブメントの高まりはないのですから、60年代後半のラブ&ピースフラワー・ムーブメントと言われた反戦あるいは社会不安に起因する逃避的な行動は、幻覚剤という格好の材料を得て浸透することになります。
    当時の前衛的なバンドや次へのステップを模索していたミュージシャンは、新たな知覚体験に想像の活路を見出して、このムーブメントに参加し形作ることになりますが、このムーブメントは、エクストリームな言い方を許してもらえるならば、BGM的なポピュラー音楽の楽しみ方からアートとしての音楽へと表現方法の可能性を広げました。また同時にマネージメントとしても、音楽に親しむオーディエンスの裾野を広げて、新たなファンを獲得したと言えます。
    60年代後半のサイケデリック・ムーブメントは70年代に入り終息することになりますが、多くのミュージシャンが一時的にしろ、この洗礼を免れませんでした。サイケデリックの大波はロックの大衆化を促し、さらにハイクラスで複雑なアート・ロックへの道を開いたのです。
    オーディオから響くビートやメロディーに耳を傾けながら、ロックとは一体何なのか、という問いを、わたしはいつも小さな胸に収まりきれないほど考えて、ほとばしるほどの喜びと感動に涙し、失望に苛まれています。
    歴史を俯瞰すれば、67年ほど重要な年はないように考えます。
    若者文化のプロパティーとしてのロック、言うなれば既存の体制への反抗メッセージとしてのロックが、大人が関心を示し、無視できないメッセージとして社会に提示された年と、わたしは意義づけるのです。
    それまでのロックも確かに若者のサポートを受け、若者の声の代弁として、また日常の不満を解消するパートを担ってきたけれど、67年以後のロックのプログレスは、それまでと明確に異なるのではないかというクエスチョンです。
    67年はサイケデリック・ムーブメントが最も活況を呈した年でもありました。ロックの多様性を実現することになるこのムーブメントは、変貌するロックへの引き金になったのではないか。別な言い方をすれば、サイケデリック世界で獲得したアートは、ロックをまったく別の次元へと運ぼうとしていたということです。

    10年後の77年、セックス・ピストルズの登場によって、ロック史はパンク前と後にわけられるインパクトを受けることになります。67年を第1のインパルス(歴史を動かす衝動)、77年を第2のインパルスとわたしは提案したいと考えます。


    Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band60年代後半のロックが最も実験的精神にあふれ、輝いていた時代の中心にサイケデリック・ムーブメントはありました。時代の要請とは言え、それを消化するためには柔軟なスピリットとコンセプション、バイタリティーが必要です。後のロックのプランニングは、この時代に精力的に活動していたミュージシャンによるものです。
    ビートルズは63年のファースト・アルバムをリリースしてからたった4年で、コンセプト・アルバム「サージェント・ペパーズ」(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)まで進化しました。常に最先端を走りながら常識を打破ってきたことを考えても、これは驚異的と言わねばなりません。4人の選ばれしビートルはたぶん1人でも欠けても、これほどの仕事は成し遂げられなかったと考えます。グループとは不思議ですね。
    白い粉を振りかけられたビートルズは、何が新しかったのでしょうか?
    ロックの概念を変えたと思われる新しさとは、一体何だったのでしょうか?
    彼らは自分の楽曲は、ほとんどオリジナルとして、自分たちで準備しました。ビートルズに限ったことではありませんが、親しみやすくポップなセンスは、同時代のアーティストと比べてもずば抜けています。
    このソングライターとしての才能は内面への深い洞察を経ながら、社会に対してのメッセージとしてのロックのあり方を変えていきます。単純なポップス、ロックンロールからアートとしてのロックへ深化させていきます。普遍的な、完成した楽曲に結実していきます。
    さらにヒッピーの祭典と言われたモントレー・ポップ・フェスティバルにおいて、一つの頂点に達しました。時代は、ベトナム戦争の泥沼のなかにあって、カウンターカルチャーとしてのヒッピー文化、サイケデリック・ミュージックが、ここではソウルもブルースもロックも一体となって融合し、平和と共存、未来に向けた実験精神と革新が、それを体現したアーティストによってプロデュースされたのです。

    革命のマニュアル・テキスト
    目標を掲げ、導こうとするバイブル
    イマジネーションの勝利
    サイケデリアのファースト・ネーム
    ロック・ジェネレーション・レファレンス
    「サージェント・ペパーズ」に捧げる、わたしの賛辞です。

    A Day In The Life



    なんという濃密な5分間でしょうか。意味もなく饒舌に音が引き伸ばされていない。
    ムダなものは削ぎ落とされている。イントロのギターがとてもよい。
    ドラムが安定している。過剰にならないように強さを抑制している。自由自在だ。
    美しいピアノの余韻。クラシックな響きを感じさせて儚い。エコーもとても長く自然だ。


    オリジナルという「知」
    アカデミア(アカデメイア)が「知」の歴史的発展に大きく貢献したように、ロック史のなかで、ビートルズ・ミュージックはロックの雛形として、あらゆるパターンの原型モデルとなりました。同じローカルエリアに4人が集い、スタートから全く新しい発想とオリジナリティーで表現を試みたのは、奇跡という安易な言葉で語るのは憚れます。歴史のなかでは突然変異のように進化をうながす重要な転換点が存在します。ビートルズはそれぞれの個性とグループとしてのアライバルにおいて非凡な統一性を示し、そしてミュージシャンとしての運命もまた、多様性が凝縮した普遍性と原理を帯びた稀有なハーモニーだったと考えます。
    歴史に強いインパクトを与えても、ジョンとジョージは天国に召され、名前だけが残り栄華は常に滅びていく。時の流れを感じてしまいます☆彡


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    中国宗教白書 3

    中国における、池田先生の講演の主要な論旨をなす中心に、人間主義思想があることは、今更説明する必要もない自明の事柄です。この漠然とした人間主義の根拠は、仏教の伝統を受け継ぐ法華経至上主義にあることは、会員ならよく知っています。アルティメットな賛嘆は、どの宗教にも見られる平均的な表白ですが、無信仰であることを誇るコミュニズム社会にあって、どうして宗教者の言動が受け入れられるでしょうか。階級的差別がなく個人所有もない建前社会(不道徳社会とも言います)において、個人的動機から始まる信仰が、なぜ認容され、社会科学の問題提起になるのか、そしてその結果として、連続して名誉称号を受けるのか、よく考えてみれば不可解なことです。
    宗教の尊厳に象徴される内的動機、内的革新性は、しいては、社会の変革をうながします。緩やかな漸進性が特色ということは、社会主義のような急進主義を否定するものであり、第一に他者に対する抑圧的品性は、仏教者にとって我慢ならないものです。
    講演では、およそ一般論の展開と、無害な仏教教義の普遍性を強調しながら、社会矛盾に拡大している個別の人権問題を巧妙に避けています。中華思想と社会主義で、強引に世界のルールを書き換えようとしている無法者国家に、妙法の正義も譲り渡している。人間主義者は理念とスローガンを語るだけなのでしょうか。名誉の代償は高価ですね。

    中華民族という概念は、今では国父と言われる煽動家・孫文の説とも言われていますが、漢民族を中心とした多民族国家をまるで一民族であるかのように表記するのは無理があるというものです。中国は世界の中心、最も優れた民族と本当に考えているのでしょうか?
    他を顧みず、自分に都合がよいように主張し行動するのが漢民族の特徴でしょう。

    07年に日本に帰化した石平氏は、色々な事例や事件を引用しながら、次のように結論しています。
    中国人にとって、「神の定めたルール」に気を使う西洋人や良心や美徳を大切にする日本人の行動などは、単なるバカに映っている。
    「そんなものに従って行動していても一文にもならないのに、なぜこだわるのか」
    中国人は、ただただ嘲笑っているだけなのである。
    これは個人レベルの話ではなく、彼らの作り上げた政治も同じである。今の中国共産党政権は、自分たちの「利得」である「権力」を維持していくために、利用できるものはすべて利用している。そして邪魔なものはすべて排除するという原則を徹底している。
    実際、軍隊や秘密警察、宣伝機関をはじめ、共産主義や愛国主義、市場経済さえも中国共産党の権力維持の道具にすぎない。そして、権力維持に邪魔な言論の自由、人権活動、民主化運動などはことごとく抑圧されている。
    国際社会における中国の国家としての行動原理も同じである。中国は国益のために、今まで日本をはじめとした「他国の善意」を利用して莫大な利益を手に入れてきた。しかし、その反面、自分たちの利益に反すると判断すると、国際社会のルールを簡単に破り、他国の善意も平気で裏切ってきたのである。そして、国力が増大すると、ますます横柄になり、国際社会の迷惑や他国の利益を無視して、なりふり構わず自国の国益を最大化するために邁進し続けている。
    結局、個人レベルにしても国家レベルにしても、中国人のやることはまったく同じなのである。
    このような中国人や中国国家に対して、日本の美意識や倫理観、国際社会の共通認識から批判していても、何の意味もないことがわかる。そもそも道徳を不要と考える中国人に「道徳心の欠如」を説いても、仕方がないのだ。むしろ、このような中国人や中国国家を理解した上で、どう付き合っていくべきかが肝心なのである。
    筆者の持論としては、中国人と付き合っていく最善の方策は、できるだけ彼らと付き合わないことである。付き合えば、いずれ損をするのがオチである。たとえそうならなくとも、中国人と付き合っているだけで、多くの日本人は神経をすり減らしてストレスを感じているはずだ。もし中国人や中国企業、中国国家と付き合わなくても何とかやっていけるのであれば、彼らと付き合わないにこしたことはない。
    だが、経済のグローバル化が進んでいる今、中国人とまったく付き合わないのは不可能だ。となれば、やはり一定の距離を置き、あまり深入りしないほうがいいだろう。そして、中国人と付き合う際は、日本人も善意や良心といったものを捨て、中国人に対抗するしかない。「毒を以て毒を制する」という中国の言葉があるように、彼らの「毒」である行動原理で接するのが一番得策ではないだろうか。
    これは、日本の対中外交でも言えることだ。中国と渡り合うには、恫喝も懐柔も含めたあらゆる外交戦略を駆使していくしかなく、「日中友好」などという甘い言葉に騙されず、ときには毅然とした態度で、彼らの圧力をはねのけていくしかないのである。そうすることで、初めて安定した日中関係が築き上げられるだろう』
    (「中国人の正体」宝島社)


    中国社会科学院での講演
    六四天安門事件(1989年6月4日)は、文化大革命の反動ともとらえられます。
    日本史でも、長く続いた江戸時代の鎖国政策から一転して開国し、西洋文明をとりいれたように、またファシスト政権から戦後民主主義へと昭和の混乱期を経験したように、体制が変わる瞬間は、前時代の反動として成し遂げられ、その多くは武力が関係しています。

    鄧小平ら保守派グループと対立していた胡耀邦は失脚。後を受け継いだ民主化に理解を示していた穏健派・趙紫陽も李鵬らと対立するなか、5月15日にペレストロイカ路線を歩むゴルバチョフが訪中。5月17日、最高権力者・鄧小平の判断で厳戒令が敷かれる。
    天安門事件では、文化大革命による行き過ぎた文化破壊の反省から一党独裁への懐疑が生れ、若者が中心となり民主化への運動が高まりました。
    民主化運動に理解を示していた胡耀邦前総書記の死去に伴い、天安門広場に続々と若者が集まり始めたのが発端です。人民解放軍による無差別な発砲による死亡者は数千人とも言われますが、詳細は不明。共産党独裁の建国以来最大の危機であったことは、徹底した弾圧を行ったことでもわかります。
    鄧は、周恩来と同じように日中関係を重視し協調路線であったように思えます。自身の危機を何度か救ってくれた周との間には、同志的信頼感が濃厚に存在していたものと思われますが、特に文革期の周を補佐して経済の立て直しをはかった困難な時期に、無私の宰相の姿から、その天命とするところを間近に学んだことが大きかったのではないでしょうか。鄧は、多文化を柔軟に取り入れる中国的気風を最も感じさせる人物ですが、3回の失脚を経験し、自身の政治的地位を不安定にするようなクーデターには、特に敏感だったと考えられます。
    鄧の後継者・江沢民は、92年に主席に就任するころから、強力な愛国主義教育を掲げて反日運動を徹底しました。これには矛盾する自虐的歴史認識があり、鄧小平の歴史観とは相違し、共産党が抱える諸問題と国内問題から目を逸らすための巧妙な政治的策略と言えます。現在のあからさまな覇権主義も、その根源を訪ねれば、愛国主義が生んだ過剰な自己肥大でしょう。偏狭なナショナリズムが長続きした例はありません。必ず反動的に世界から拒否され、混乱に陥るでしょう。しかし、民主化や国家に対する批判的意見は認められない体制にあって、基本的に現在の習近平政権にも愛国教育は引き継がれています。反日教育は天安門事件で健在化した民主化運動を封じ込めるために、共産党指導部のきわめて差し迫った検討と結論があったと思います。

    このような状勢のなかでの池田先生の中国社会科学院での講演(92年10月)は、中国共産党からの信頼であり、漢民族からの信頼でありましたが、一歩間違えば講演自体、不可能だったかもしれません。豊かな歴史と奥深い文明、アジアの源流と形容してもよい思想哲学、あるいは人間像の風格と深淵さに着目し、その現代的展開の影響の大きさと役割を論じようとしたのではないでしょうか。でも、今となってはその成果があったかどうか、大変疑わしい。結果として変化へのヒントになりえなかったように思えます。
    講演は釈尊の対機的説法に通じるものです。問題提起による自己の覚醒、善性とその反対にある悪性との格闘への勇気、そして、自己への限りない信頼のうえに立った苦しみからの解放。誰もが平等に仏性を秘めているという菩薩観、しいては人間主義への信頼でしょうか。
    10月の講演に先立つこと8ヵ月前、先生は「不戦世界を目指して」とのテーマで、ガンジー記念館記念講演を行っています。時間はさかのぼりますが、わたしには社会科学院で行った講演の続きのように感じられます。
    「ガンジー主義と現代」と副題がありますように、ガンジーの非暴力について論じられたものですが、このなかでは、わたしたちが受け継ぐべきガンジー主義を
    「楽観主義」
    「実践」
    「民衆」
    「総体性」
    というキーワードで要約しています。
    「実践」というなかで、わたしが考えていることを的確に表現した一文がありましたので引用します。

    『「実践」とは、善なるものの内発的な促しによって意志し、成すべきことを成し、かつ自ら成就したことの過不足を謙虚に愛情をもって検討する能力とはいえないでしょうか。
    積極果敢な行動の人である彼(ガンジー)は、同時に現実への畏敬と謙虚な姿勢を忘れない。自らを唯一の正統と思い込む居丈高な心からは、最も遠かったはずであります』


    平和への志向という観点から考えれば、大同思想もガンジーの非暴力も、まったく同じものと結論しても無理はないでしょう。大同思想を、毛沢東が自分好みに取捨し分解したのが気に入らないのですけど。孔子のユートピアも共産化されて、毛沢東というセクシュアルな魔人も本物の孔子にはなれませんでした。しかし、「自らを唯一の正統と思い込む居丈高な心」、創価を皮肉る創価って、どういう風刺でしょうか。謙虚に愛情?
    そして、ガンジーがロマン・ロランと対談したおりに語った言葉は、共産主義への警鐘です。平和は漸進的に進むとの固い信念に支えられていたガンジーからすれば、あらゆる急進的イデオロギーは否定の対象に他なりません。

    『ロシアで起こっていることは謎です。私はこれまでロシアについてはほとんど語りませんでしたが、ロシアの経験が究極的に成功するとは思えません。あれは非暴力主義に対する挑戦のように思われます。それは成功しそうに見えますが、その背後に力(暴力)があります。社会をその狭い通路のうちに保つのに、その力がどのくらいのあいだ有効なのか私には分かりません。インド人がロシアの影響をうけた場合には、極端な不寛容へとみちびかれることになります』<ロマン・ロラン全集>

    31年のロランとの対談は、60年後のロシアの未来を予言しています。人類的社会実験などときれいごとを言っても、マルクス・レーニン主義が必要とした犠牲はあまりにも大きかったということです。また中国も一貫して「極端な不寛容」の政策を維持してきたことは、あらゆる場面で弾圧と統制を謀り、暴力と犠牲の歴史でありました。そのなかで、最も悲惨な犠牲を強いられたのは、政治的には弱者であった少数民族です。同化、解放と言いながら実質は、排他的民族主義の身勝手な理論による人間性否定の暴力です。この醜い素性の延長上に、現在の宗教弾圧があります。不寛容とは自由を制限し憎悪することですが、宗教の寛容性はその制限からの解放運動です。
    社会科学院での講演に先立つインドでの講演を、中国知識人は知っていたと思いますが、彼らにとって耳の痛い講演だったはずです。
    しかし、先生がそのような決意と深意で臨まれた講演にどれほどの人が反応したか、自分のことと感じたかは疑わしい。当時の胡縄院長は共産党幹部であり、保身の鑑に比するコミュニストです。声聞の傾向性は、逆説的な言い方をすれば、他の優れた声を聞くことに抵抗を覚える命。釈尊が二乗を厳しく指弾したのは、まさにそのような不純な耳を指摘することだったとも言えます。

    社会科学院での講演で先生は、「名」と「実」の整合性を求める孔子の言葉を紹介し、仏法へと敷衍しています。20年近く前の批林批孔運動で、反革命の象徴、復古主義者であると批判された孔子を持ち出し、仏教と対照する新鮮さがありますが、和諧社会という民族色が色濃い社会主義のキャッチフレーズも、つまりは儒教の中国化ですから、伝統への敬意は依然として希薄です。真の和諧社会を目指すなら、なぜ宗教弾圧するのか疑問です。
    『ここで私は、孔子の言葉に、天台智顗が「法華玄義」で述べている「劫初に万物名無し聖人理を観じて準則して名を作る」との言葉を対置してみたいと思います。
    儒教と仏教との違い、そして孔子の場合は「正名」による秩序への模索であり、智顗にあっては「作名」による秩序の創出であるというニュアンスの相違こそあれ、「名」というものを重視し、万象が織り成す秩序の”画竜点睛”としている点では共通しております。
    これは、極めて中国的現象であります。同じ大乗仏教でも、インドを代表する龍樹は、「中論」に見られるように、「名」によって構成される「分別」と「差別」の現象世界を突き抜けた、「無分別」「無差別」の世界への志向性が強い。いうなれば「世間」を出づる「出世間」への傾斜であります。ところが智顗にあっては、そうした「出世間」の「解脱」の境地を踏まえつつも、そこから更に「世間」へと還ってくる。つまり「出・出世間」というベクトル(力の方向性)の転換がなされているのであります。ともに仏法者らしく、世界宗教としての普遍性を求めつつも、龍樹と違って智顗は、その普遍性を具体的な現象世界に即して展開していったということであります。私はそこに、東アジアの精神性の反映が、はっきりとうかがえると思います』


    さらに、継承的発展と論を進めて
    『ちなみに、大乗仏教の真髄では、智顗の「法華玄義」の文を釈して、こう述べております。
    「至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減し之を修行する者は仏因・仏果・同時に之を得るなり」<当体義抄>
    前半部分は「法華玄義」を受けて「作名」の次第を述べており、それに続く「妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し」が智顗の「一念三千論」を踏まえた存在論の要約であることは、先生方に申し上げるまでもありません。
    また「修行する者は仏因・仏果・同時に之を得るなり」とは、人間いかに生くべきかの機軸となる修行論、価値論であります。社会的実践を強く促している点で、エートスというにはいささか実践性を欠いた天台仏法の弱点を補完しているといってよいかもしれません。その意味からも、存在論と価値論とを併せ具えた宗教的世界観の、雄勁にして断固たる表白を成しているのであります』


    事理を明確にしても、中国知識人には、鎌倉時代の宗教家に抵抗があるでしょう。日本から何かを学ぶなど言語道断。社会主義イデオロギーが個の実践と成果、仏法的に言えば、個人における因行と果徳の二法を極端に嫌い、可視できない宿業論を認めたくないからです。弁証法的唯物論こそ邪悪の思想です。
    「中国的現象」である出・出世間は、くだけた言い方をすれば人の道、つまり倫理ということ。孔孟思想から発展させ、普遍的仁愛を説いた墨子の伝統こそ、現代に最も必要とされる倫理ではないのでしょうか。中国が生んだ偉大な人類遺産のエッセンスは、今では古物商の店先に値札をつけて売られている。古いものであれば何でもプラクティカルに換金するのが漢民族の正体です。鄧小平は改革開放で、良い意味でも悪い意味でも中国人の欲望も開放しました。
    「名」を付けることによって秩序が生まれ、「名」を「作る」ことによって諸法の根元が明らかになる。また「作る」ことは仏因であり、下種とは「名」を「作る」ことだったのですね。
    あらゆるものの意味を求める人間は「名」をつけることによって意味を確定し、混沌から秩序を構築する。「解脱」などという言葉はとても非合理です。経典で説きながら現実的に解脱した人間を見かけることが難しいからです。キリスト教の「救済」と意味が重なる。なぜ祈れば幸せになるのか、その根拠は簡単に説明ができない。出・出世間は非合理と合理的世界を行き来して、なぜ幸せになるのか、なぜ苦難に遭わなければならないのかを、論理的に説明してくれるかもしれない。また出・出世間は、宗教の目的である超越性と、内面からの変革性と言いかえることができるでしょう。


    中国化…「悪霊」が地上に舞い降りたとき
    改革開放という中国式ペレストロイカが、経済のみの限定改革であったのは、マルキシズムの中国化ということだろうか。共産主義が、伝統的なキリスト教のユニバーサリズムを源泉とすると述べたのはトインビー博士です。中国化は13億以上の人民を飢えから救うユニバーサリズムの適用なのかもしれません。中華思想はなんでも自分たちのために、中国化というイデオロギーの上書きを忘れないのです。
    鄧小平は結果として最も信頼する胡耀邦、趙紫陽という部下を失うことになる。天安門事件のとき、そのまま民主化を進めていれば、中国はソビエトと同じように崩壊していたでしょう。鄧が恐れたのは何よりも、国家の混乱と、内戦で再び国家が失われることだったように思えます。矛盾はあっても、安定した国家維持が民衆の願うところであり、それが周恩来が鄧に託したことだったのではないでしょうか。
    マルキシズムそのものを体現していたと思われるレーニンは、私利私欲のない人だったと言われています。しかし崇高な目的達成のために、倫理上の大きな過ちを犯し、暴力行使の手段の正当化を行ないました。「悪霊」が地上に舞い降りたとき、権力悪という紅い天使が人権をことごとく奪いました。共産主義には元々、手段に対する理念性が希薄であり、生存すら脅やかしかねない欠陥が顕著に内包されていると思います。革命思想の根底には、人間の善性を信じる力と自己超克の宗教が必要ですが、どのような宗教であれ、弾圧しようと身構えているコミュニストには、今でもきっと悪霊が取り付いているのです。そして寄生虫のように、国民一人一人の運命にも喰らいついているのです。

    社会科学院での講演を、会場にいた学者や研究者がどれだけ理解できたか疑問です。彼らは、チベットやウィグル自治区における人権蹂躙を十分承知しているのであり、先生が「出・出世間」という重要なテーマを提案し、イデオロギーに左右されない人間の良心に呼びかけても行動を起さなかったことを考えれば、体制に迎合した不健全な個人主義的二乗の卑しい根性がわかるというものです。釈尊が生きた昔から、二乗は徹底的に、その腐った命を糾弾され続けているのです。将来、中国共産党が滅びるとき、彼らは一斉に、わたしに責任はないと自己弁護を繰り返すのでしょう。今やるべきことに口を閉ざし未来にツケをまわす者を卑怯者という。
    知識人クラスとして社会から一定の尊敬を受け、民衆と国家の間にあって果たすべき役割は、共産主義の絶対化に奉仕することではなく、またその奴隷となり不正と腐敗が横行する党中央と特権階級への関心を他に逸らすことでもない。社会科学とは、人間のための普遍的価値と、正しい行動基準を追求する学問分野ではないでしょうか。国家に忠誠を誓うための学問なのでしょうか。
    どのような学問であれ、研究成果は自由な社会建設に役立たなければならない。差異を越えて、幸福と正義を擁護し、倫理と善なる理想を実現する教育的財産にならなければならない。
    先生への顕彰は、もちろん国家的意図があります。それは覇権を至上命令とする利己的支配の目的の一部であり、基本的人権を護る立憲主義、民主主義否定を招来するような危険思想が根底です。同時に平和主義者、人権擁護者の期待を裏切り講演を汚しているものだと思いますが、彼らの流儀に従えば名誉などいくらでも生産できます。紙と筆があればいいのですから。

    先生が望まれていたことは、名誉などではなく講演で示された中国古来の徳目である大同精神と共生のエートスの体現であるということ。しかし、その体現者はどこにもいません。
    民間外交だからこそ、キレイごとばかりではなく、主張すべきは主張し強いメッセージのなかに、安全保障と平和を担保する仏教徒としての姿勢が必要と思います。とるべき方法と覚悟はいくらでもあります。勇気とは積極的な覚悟のこと。
    仏教の伝統的な寛容精神、中道に支えられた理念が、第二次世界大戦を容認したことを反省し、絶対的平和主義への志向を再検討しなければならないでしょう。少なくとも、そのことを真剣に考える会員がどれだけいるのか、創価の未来はその姿勢で決まります。宗門の落ちぶれた姿を、二度とない宗教堕落のモデルと考え参考にすべきです。真理を貫くためには勇猛さが必要なのです。

    中国の信仰者はとても過酷な状況にあります。宗派の正邪や教義の高低を問うべき問題ではありません。わたしは、池田先生の指導力に疑問を持っております。思想家であれば、社会主義への肯定的な論説を繰り返すべきではありません。こんなことを書けば、単純な池田先生唯一主義者は血相を変えるでしょうか。勝ち負け基準に毒された頭の悪い会員の正義ぶった顔が思い浮かびます。わたしにとって悪夢同然です。
    5月16日の聖教に、「新時代の日中交流始まる」と題して、創価の貢献を強調しています。漸進的な仏教の性格が、ときには信仰者を苦しめることを検討しなければならないでしょう。背信国家に誠実行為は似合わない。永遠の指導者という礼賛も、巧妙に中国化されることでしょう。なんでも政治的プログラムに組み入れてしまいます。中国の覇権主義は、もしかしたら創価の勝負師性格とよく似ているのかもしれない。万人向けの法華経も、万事向けの法華経と言い換えることもできます。万事に勝利しないと法華経(正義)でないとの強迫観念にとらわれるのは、とても不幸なことです。


    絶対的平和主義について
    仏教における平和主義は、正当防衛による武力・暴力も許さない絶対的平和主義です。しかし、軍人を含めたあらゆる階層に信者がいるSGIにおいて、その理想の理念の実現は極めて難しいものと考えます。ガンジーの非暴力を、先生は人類史上最大の政治的天才と称賛しましたが、大乗仏教では、仏法守護のためにのみ暴力使用の正当性を容認する。また大聖人はいくつかの御書で殉教精神の尊さを説いていますが、これは一歩間違えば、イスラム原理主義のように聖戦テロにまで拡大解釈されかねない危険性をはらんでいます。
    現代社会、一定のルールの遵守で安全が成り立っている民主国家においては、限定つきの暴力が法律で認められていますが、国際政治の場では通用しないでしょう。小さな暴力で保障される社会正義と、多数の犠牲が予想される独裁などの大きな暴力に、国家的武力で応戦することに違いがあるのだろうか?
    イラク戦争のとき、先生はSGI提言で戦争容認へ一定の条件を述べています。現在の国際情勢では不可能であるその条件、つまりはイラクに対する攻撃に強い警戒感を示した条件を満たすことなく、安易に国内、国際世論に同調した公明党がイラク戦争容認の態度を表明したとき、学会が非暴力を称賛していながら一言も発することなく黙認したことを、わたしは厳しく問いたいと思う。
    会員の皆さまも支援者として強力に、その政策の撤回に努力を怠っていたと指摘されれば反論の余地はありません。以前会合で、イラク戦争が話題になったとき、担当幹部が「人道支援だから問題ありません」と発言したのには驚きました。物資輸送が主体の自衛隊でしたが、他国による武力行使と一体化した行動と評価が定着しているのに、認識が甘い平和主義者は、日々の活動ごっこより関心がないのですね。

    テロの日常化は、人道的、倫理的動物である人間の宗教的行為の心的豊穣さを根こそぎ奪います。その先にあるのは、断絶し殺伐とした闇社会と、チベット国にも見られる生命そのものへの否定、虐待行為。わたしたちの回りに身近かに存在する恐ろしい世界を、見て見ぬふりをしてはならないでしょう。テロリズムへの挑戦は、自己の奥深い神聖なヒダに突き刺さった「殺」の矢を、慈悲の手で取り除くことです。不殺生戒は仏の第一宣言です。
    公明党にとって「平和」は特別の意味があると思います。厳しい現実的選択を迫られても、信念を曲げない勇気が欲しいと思う。トインビー博士が指摘する、「倫理的行動基準」「品行の水準」と力(ハード・パワー)のギャップを埋めていただきたかったのです。勝者であるはずのアメリカやイギリスが、多大な犠牲と代償を払い、得たものとは何だったのでしょう?
    他者への配慮を欠いた行為は結局、道義心の衰退と幸福感覚のリアリティーの欠如というクライシスに陥る。暴力は自制心の麻痺と、精神の歪みを拡大するだけです。政治の世界にあっても、他者への慈しみ、痛みへの共感が基本になるのではないでしょうか。公平な民主主義社会にも、正義に似た野蛮な病理が、心の奥深くに巣くっています。


    日々あらたに
    日々更新の新しい出発にはそれまでの清算と総括が必須であり、過去の検証は厳しいものでなければならないと思います。組織には現在、多くの手づまり感があり、それは選挙支援の際限なきF拡大による疲労と、指導性の低下に原因があると考えます。アンチのように敵視されているわたしが、いまさら言うことでもありませんが、幹部の指導に新鮮な喜びと驚きを感じなくなったのは残念なことです。マニュアル的、型にはまった優等生的理論の強調は、もう十分に会員も承知しているのに、毎回同じような話を繰り返す。先生のご指導の範疇を越えようとしない。聖教に紹介される語り口から逸脱することなく、自分の言葉で語らない。
    『宗教の本質的なものは、人間の生き方に関する思想的側面であるはず』と先生が指摘されたように、少なくとも幹部一人一人は、実践法と結果を語る者でなければならないのに、研鑚と体験が疎かになっている。つまり思想を語ろうとしない。思想を語らないことに何の疑問も感じていない。信仰を口にしながら恐ろしく宗教的でないのです。「本質的なもの」にチャレンジしていないのです。思想が人生のなかで熟成されていない。与えられたものだけで満足し、吟味もせずに、主体的な深みもありません。
    質も量もという伝統の手法が転換期を迎えていることと、もっとスッキリした組織の再構築が必要と考えます。さらに組織における透明性の確保は、グローバルな情報化時代を迎えて最も必要とされることです。
    何かと意見を言う人間を内部アンチと切り捨てるのは簡単です。しかし色々な意見があるから健全なのであり、そのような意見をまとめる力量と度量、弾力性がリーダーの基本素質です。これは聡明な活動家を育てるうえで絶対不可欠なこと。学会の不都合な部分は、会員に知らせないとする考え方は、信仰者として無責任であり、恥ずべき行為でしょう。


    (アンナの日記から)
    現在の本部には、職員の二世三世が多くいます。父親が本部職員で子どもも職員、青年部幹部というパターンは、今に始まったことではありませんが、いずれ、その青年部幹部が創価の中心になることを考えると、世襲化という悪しき習慣が残っていくものと考えます。民衆仏法に最もふさわしくない貴族化が進みつつあることを懸念します。この世襲化を容認した池田先生は、信念に反する痛恨のミスを許容したとも言えますが、身内には寛容なのでしょうか。創価のルネサンス運動も、組織の私物化でエンディングを迎えます。

    かつてプロレタリアートの独裁制が生んだ集団的狂気は、政治や経済、宗教などの特定の支配層への反発が引き金になったものと思います。個人の尊厳は個人の軽蔑と同義であり、自由が弾圧されたことはいまさら言うまでもないことです。プロレタリア革命の崩壊の原因の一つに革命戦士の貴族化、すなわち特権階級を育て官僚化した支配層を生み出したことではないかと考えます。

    思想は違っても、同じことが創価でも起こりうると思います。つまり貴族化は、家柄や血族への信仰であり、また思想が個人ではなく、親から子に、信奉する人格模範が増幅して引き継がれ、家風とも言える家族の共有思想を決定すると考えられます。優秀な種は優秀な種を作り続けるという信仰は、最も原始的な欲求かもしれません。生存競争で優秀な種が生き残ってきたのは、生物の基本的法則と思います。官僚化に警鐘をならす先生のご指導は多くありますが、それは組織の崩壊を意味するからに他なりません。忌むべき人心腐敗は、一部の人間が自分に都合がよいように作り上げる制度や機構のなかで、管理形態を徹底するために起るのであり、空想的理想好きな会員は、それでも自分さえ分別をわきまえていれば、大丈夫などとモラルの限界を認識しないのです。
    貴族化したプロの革命ブルジョワは、そんな会員の弱点を百も承知しているのに。
    善良さは戦う善良さでなければならない。

    わたしたちは幹部に指導を受ける。では、幹部は誰の指導を受けるのだろう。最終的に最後の一人になる最高幹部は、過去の指導者の引用のみなら、必ずといってもよいほど形骸化の道を歩むものと考えます。それに輪をかけて矛盾の歯車を組み立てるのが、貴族化した側近であることは言うまでもないことです。保身は宗教に弊害をもたらすだけでなく、信者を不幸にします。たとえ、日蓮仏法の純真な実践者であっても、縄のようにつながり次第に大きくなっていく結び目(矛盾)は、ほどくことができないのです。

    妙法は万人が平等であることを説きますが、創価の指導の図式をたどっていくと、指導階級制が必然的に生れることがわかります。当然のことですが、上下関係で言えば指導する側が下位にあるわけはなく、言葉は優しく同意を求めるものでも、組織の方向性、なにかの立案、まとめられた文書が上から下へ流れます。わたしたちはすでにこの時点でやわらかな服従を求められているのです。
    貴族化の巧妙さは、大衆心理をよく理解し、決してボロを出さないことです。指導原理に忠実である必要はありません。ただ人心掌握術にたけていればよいのです。二世三世の会員が、親世代より巧みなのは一般的なことです。親の失敗を見て学んでいるからです。

    人間解放というシンボリックな言葉を使えば、宗教では解放され、組織や集団では真意を隠されコントロールされるということになります。
    創価は本当に大丈夫なのでしょうか?


    わたしたちの平和運動はどうあるべきなのだろうか?
    チベット人にとって、化身は特別の意味があります。ダライ・ラマは観音菩薩の生まれ変わりとして、今まで13回も生死を繰り返してきました。化身はすでに解脱が約束されているのに、苦しんでいる人間を救済するため、自ら望んで輪廻転生を繰り返す。そして利他行に励む。チベットの人々がダライ・ラマを尊敬するのは、ひとえに凡夫を導くその利他的なあり方に理由があるのです。
    生れ変わりを信じるかどうかというようなことは、まったく信仰上のことであり、信心の無い者には理解できないかもしれませんが、会員もまた似たような表現をします。地涌の菩薩とは、法華経に説かれる末法に出現する菩薩であり、わたしたちがその菩薩の生まれ変わりであると表現しても、何の差し障りがありましょうか?
    また日蓮大聖人は上行菩薩の再誕です。このようなことは、論理的な説明を超えており、宇宙空間と時間を貫く普遍的エネルギー、あるいは理性を超えた真理の当体として存在するのであり、宗教が信を土台としてその真理を獲得するものであることを示しています。
    凡夫である自己から出発して、信仰のなかで鍛えられ、世界を見渡すような真理を体現し、菩薩となり、菩薩からまた凡夫に還り、法を説く。出・出世間とも表現される、このようなプロセスの生命変革を、言葉は違っても、先生は絶えず投げ掛けていると思います。自己の信仰を厳しく見つめること、池田思想と言われるものは、結局、そういうところに収斂していくのではないか。自己から始まり自己で終わる。その積み重ねに信仰の醍醐味があるのではないか。ソフトパワーは内発啓蒙ということ。堅固な自己を築くと同時に、柔軟で寛容の内面充実。
    病み苦しむのは心、喜び楽しむのも心、地獄に縛られるのも心、解放され、苦しみを苦しみのまま自由に楽しむのも心。心の問題が仏教の出発点だと思います。そういう当たり前のことを知り実践することは、実は自分の弱い心と対峙し、見つめ、克服することなのだと思います。感情に支配されず、理性的、論理的な自己観察を通しての新しい自己の発見こそ宗教です。
    仏教が説く「縁起」の因果論、関係論は、今後もひときわ重要な示唆を与え、心的自由のプロセスに親密なイマジネーションと根拠を提供してくれるのではないでしょうか。
    混乱世界のなかで生き、変革と利他を実践する主体者として、自分自身を覚知する祈り。
    信じる対象に自身の生命相を映しだす祈りの深さは、誰にも測ることができません。ご本尊と自分の関係という繋りのなかでしか分からない。<信ずる者は救われる>という言葉を、宗教に違いはあっても、わたしは確かに受容するのです。そして信じることは、他者との関係性において基本的な法則というべきものであり、平和観も幸福観も、その関係のなかに熟成されると考えます。
    祈りは全く自由なパーソナルな行為であり、そこには形式もマニュアルも存在しない。
    人間革命思想は個人から個人へと受け継がれる連鎖運動であり、途方もない時間がかかる漸進運動であることを知らなければならないでしょう。

    わたしたちの平和運動はどうあるべきなのだろうか?
    平和への情熱と確固とした理論を持っていても、十分な行動として、社会に展開されているのだろうか?
    妙法の無比の論理で圧倒しても、各論においては、その実効性が問われているのではないでしょうか?
    チベット問題を考えるとき、仏教徒としての行動のあり方を疑問視されているのではないだろうかと、わたしは考えてしまいます。これは創価全体の問題であると同時に、個々の平和への意識と決意にかかっているのだと思います。中国国内で、苦しんでいる信仰者がいることに無関心であることが、真の仏教者の姿勢だとはとても思えません。日蓮が伝えたかったことは、信仰者を敵視する悪と妥協することではなく、たとえ信じるものが相違しても、苦しんでいる信仰者を誠意を持って擁護することだったのではないでしょうか。他信仰に無関心ということは、他者のトータルとしての生き方全体にも無関心ということです。釈尊も日蓮も、そんな菩薩を説いた覚えはないときっと言うでしょう。創価内だけに通ずる内的倫理基準は、もうさっぱりと捨ててしまいませんか?
    わたしは一人の女性として、また未来を憂いながら戸惑いと躊躇の鎖に縛られる一人の信仰者として、その使命と責任を重く受け止めています。そして、暗闇で光をつかむような思いで、生き生きとした希望の哲学が有り、さらに充実していくことを語り、行動の重要性を訴えていきたい。あきらめない女性こそ変革者だと確信します。


    New World Order (Extended)
    Two Steps From Hell



      
      
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    中国宗教白書 2

    創価には現証第一主義という会員が多いと感じておりますが、もともと現世利益と、罰論に代表される不利益を強調する商売のような損得勘定の考え方を、宗教に持ち込むことの弊害があるように思います。日蓮が三証を宗教批判の最初の項目に加えたのは、宗教の論理的帰結であり、わかりやすい宗教理解のための体系の入り口のような位置づけです。何事も理解するためには手順が大切で、一つのメソッドとも言えます。
    現証は確かに重要ですので否定するつもりはありません。でも祈りがあるから宗教だというのと同じで、現証があるから正しいと結論するのも尚早と思います。田舎の道筋に佇むお地蔵さまを拝み、悩みや病気が解決したと信じている人に、それは本当の功徳ではないなどと言っても誰が納得するでしょうか。これに似た功徳体験は宗教と名のるものには必ずあり、創価だけ功徳があるわけではありません。宗教の目的をよく考えてみなければなりません。釈尊は苦行ではなくて、智慧によって解脱しました。また日蓮は、以信代慧と強調しましたが、信による智慧が覚者へ導くのです。信は必然的に行学に展開するものです。六根清浄も智慧の一部でしょう。また会員が強調する福運も広く深い智慧の構成要素でしょう。まず福運とは何かという命題から考えなければならないからです。もちろん経験則から自然と確信へいたる信仰者の喜びも、智慧の明晰な深化を表すものです。残念ですが、日蓮の論理に上書きして、日蓮のうえに位置するように書き換えられたのが創価の論理です。

    日本は仏教国ですが、アジアの小乗仏教の敬虔さは失われているようです。また、仏教以前の八百万の神々は、日本人の国民性と言えるほど、生活習慣と心理に深く定着していると思います。どのようなものにも神の存在を認め、やがて神は尊厳となり、寛容精神の基調になったと考えます。共同体としての適度な貞節と気遣いもあり、日本人は幸せな民族です。
    この記事のテーマである中国の宗教事情と民族性、政治と宗教の関係は単純ではありません。漢民族の一つのルーツは、道教にあると考えるのが妥当ですが、最近は、儒教社会主義という儒教と共産主義の合体を推進しております。
    儒教には、神や仏のような信仰対象がありません。生活倫理、礼儀や礼節といった社会規範、道徳といってもよいでしょう。漢民族の精神性を構成する重要な要素ですが、宗教ではありません。文化大革命の時代には批林批孔運動として、毛沢東の暗殺計画をした林彪と、儒教が封建制の象徴のように批判を受けましたが、近年になり教育理論・道徳倫理として再評価されました。優れた文化、貴重な古典としての重要性を認識したのでしょう。最近では、孔子学院、孔子平和賞など、孔子の名前が浸透しているようです。孔子学院は明確なプロバガンダ組織ですが、お金をちらつかせて教育機関を設立するという悪どさ。国際的な視野での教育の中国化の浸透をはかる企みです。初の留学生を受け入れた創価大学にないのが不思議です。また創立者が、ノーベル賞に対抗して作られた孔子平和賞を授賞しないのは奇妙なことと思わないですか、師弟不二の会員さま方! 平和に貢献した偉人を忘れているのではないでしょうか。
    「新・人間革命」誓願三十七(5月9日)では、会談した識者、各国首脳の氏名をリストアップし親しさをアピールしておられます。人生の総決算にふさわしい総括ですが、何がどう改善したのか、その結果も列記していただきたかったですね。大金を使った偉大な外交戦のレジメです。信仰者の戦野は世界ですが、青年部も著しく減少し、後に続く人間がいるのでしょうか、心配になります。

    道教は、土着の民間信仰の集大成です。この道教の特色は、多くの宗教が死や死後を問題にするのに対して、現世にこだわり利益追求に執着していることです。「錬丹術」は、この道教の宗教観をもっともよく表す言葉です。現世利益のなかで最高の利益は何かと言えば、不老不死の成就です。富が集中する権力者の悲願を実現するものとして成熟しましたが、生物の法則から逸脱しています。
    『煉丹術は中国古代の神仙思想より発展した道教の長生術の一部をなす。広義の煉丹術は外丹と内丹に分かれるが、学術的文脈においては煉丹術といえば一般に「外丹」のほうを指す。外丹においては丹砂(硫化水銀)を主原料とする「神丹」「金丹」「大丹」「還丹」などと称される丹薬や、金を液状にした「金液」が服用された。このようなものは実際のところ人体に有害であり、唐の皇帝が何人も丹薬の害によって命を落としたことが「旧唐書」「新唐書」に記されている』(「錬丹術」Wikipedia)
    不老不死を求めて、少なくとも5人の皇帝が早死したということですが、秦の始皇帝も有名ですよね。始皇帝も錬丹術で死期を早めました。現代では毛沢東が不老不死を求めました。
    権力者は、現世への執着が激しいようです。毛沢東の私生活を暴露した、スキャンダラスなノンフィクション「毛沢東の私生活」(文春文庫)には、人間離れした精力絶倫の姿が描かれています。その精力こそ、不老不死への飽くなき渇望と言えますが、革命を成し遂げた原動力でもありました。
    この共産革命は多大な犠牲を強いた。反革命分子として処刑されたのが87万人、「大躍進」政策による餓死者2215万人、「文化大革命」では13万人が処刑され、異常死が172万人。そのような悲惨な犠牲が重なるなかでも、毎夜のように若い娘とベッドをともにし、乱交パーティーを開きました。
    著者の李志綏(リチスイ)は、20年以上の長い間、侍医(主治医)を勤め、醜悪で下品な、知ってはならない指導者のプライベートな姿に、直に接することになります。この回想録は、当然のごとく、中国では発禁処分になっております。

    毛沢東の私生活『主席は一九五三年十二月に六十歳を迎えており、私がその二年後に主治医になったとき、自分の性的活動が終わりに近づきつつあるのではないかと恐れていた。すでにインポテンツを経験するようになっていたし、性欲の有無を健康に結びつけたりしていた。セックスを欲するかぎり、自分は健康だというのであった。私の前任者たちは漢方の処方による催淫剤、雄鹿の角から抽出したエキスを頻繁に注射したが、インポテンツは一向にあらたまらず、毛はそれをひどく気に病んでいた』
    『もっとも、主席は鹿の角のエキス使用には固執しなかったが、インポテンツ治療と長命持続のあらたな手をみつけるよう厳命した。この点でも、ほかの多くの問題と同様、歴代皇帝のやり方を毛は踏襲したのだった。中国の伝統的な初代皇帝であり、漢民族の始祖とされる黄帝は千人の生娘とまじわることで不老不死になったと伝えられている。それ以後の皇帝たちも性交渉の相手が大勢いればいるほど長生きできると信じてきた――「後宮佳麗三千人」と相成る次第だ。中国最初の統一国家を築いた秦の始皇帝は、毛沢東がよくこの皇帝に擬せられるのだけど、不老不死の仙薬を探し求めるべく道教の方士・徐副と五百人の童男童女を海外に派したと伝えられている。その伝説によると、一行の子孫が日本人なのだそうである』


    わたしの浅はかな知識で判断しても、「英雄、色を好む」という典型例であることは疑いがない。「後宮」の意味を考えると、江戸時代の大奥もその例なのかもしれない。子孫を得るということだけでなく、権力者の長命への願いが込められていたのかもしれませんね。もちろん、男性原理の最たるものであることも間違いなく、時代や思想の区別なくジェンダーへの支配願望は強いようです。

    『そのうち、主席のインポテンツ問題がもっとも頻繁に口をついて出るようになるのは、彼がまるで先の見えない政治闘争に巻きこまれた時期だということが判明する。一九六〇年代の初期に主席の権力があらたな高みに達すると、インポテンツの苦情が消えうせた。当時、江青(4番目の妻)とのあいだは性的にもこじれていたが、しかしベッドにつれこんだ若い女たちとのあいだではなんら問題が生じなかった――毛が歴代皇帝の先例にならって寿命にあらたな年を加算しようとするにつれて、つれこむ女性の数はふえていき、その平均年齢もだんだん若くなっていった。
    毛は不老長寿の秘薬を求めつつも、自分の寿命が特段に長くなることを心から信じて疑わなかった。青年時代に二百歳まで生き、三千里の激流にさからって泳ぐと宣言した対句の意味するところを彼は確信していた』

    心配事があるとダメなんですね。江青は悪女の代表みたいな女性で、猜疑と嫉妬に心が満たされ、ヒステリー症の興奮状態で権力を掌握しようと試みたが失敗。毛沢東の死後、死刑判決を受ける。夫が狂わせたといってもよいかもしれない。毛と関係した女たちはみんな人生を狂わせていく。

    『毛沢東の女たちは大半、はじめて彼のもとへやってきた時分には無邪気な若い年頃の娘であった。何年にもわたって、私は同じ現象がくり返されるのを目にしてきた。主席のベッドにつれてこられたのち、彼女たちは堕落してしまうのであった。毛の性的欲望と彼自身の性格がこの堕落を生む一因となった。権力がもうひとつの原因だった。(中略)
    数多くの無邪気な若い娘たちが毛沢東との関係を通じて堕落するのを見てきて、江青婦人の人生も似たような途をたどってきたのではないかと感じるようになった。おそらく江青も延安ではじめて毛と結婚した時分にはほんとうに心やさしかったのかもしれない。そしておそらく毛が、江青まで堕落させてしまったのかもしれないのだ』


    毛沢東の性的趣味は男性にまでおよび、ハンサムで屈強の若い警護官にマッサージさせ愛した。バイセクシュアルな性癖は、カリスマによくある傾向ですが、この不潔な年寄りは風呂に入る習慣もなく、歯磨きもしなかった。ベッドをともにする娘や警護官に体を拭かせた。あらゆる形態のセックスに興味を持っており、道教の性の手引書「素女経」を読みつくしていた。性病が蔓延し、毛は死ぬまで自分が保菌者であるという自覚がなかった。性病など病気のうちにはいらなかった。中国では、経典とは手引書のことなんですね。

    『毛は道教が説く性的実践の信奉者になったのだけれども、これは単に快楽のためにだけセックスを追求するのではなく、寿命をのばすためでもあるという言い訳にもなった。年をとるにつれて毛が帰依した道教の説くところによれば、男は「陰水」――「陰」の液体、つまり女性の分泌物――を必要とする。おとろえていく「陽」――男性の本領、精神的、肉体的力強さ、長生きの源泉――を補強するためである。「陽」づくりは健康と活力にとって不可欠だからいたずらに浪費すべきではない。したがって性交中に男はめったに射精すべきでなく、そのかわりに、女性である相手の分泌液から活力を吸収しなければならない。「陰水」を多く吸収すればするほど、男の本領は強化されるので、いきおい頻繁な性交が必要となる。主席は、同時に何人かの若い女とベッドをともにするのがなにより楽しく、そしていちばん満足した』

    こんなスーパーリーダーの実像は、本を読んでるだけで腹立たしくなるほど不快な気分になりますが、国民の間に広まっていたイメージは、まったく正反対の作られた姿でした。
    『毛沢東はこれまで、禁欲的な簡素な生活、模範的な清貧の生活をおくったと説明されている。死後に住居が公開されたとき、着ふるした衣服類やスリッパのたぐいが、民衆との接触をうしなわないために贅沢を犠牲にした証拠として一般に展示された。毛は農民の出であり、簡素の好みがあった。どうしても避けられない場合にかぎって服を着用し、それ以外は一日の大半をベッドですごし、バスロープしか身につけず、靴下もはかなかった。服を着る際には、着ふるしの服とくたびれた布靴を着用し、いわゆる「毛沢東服」の出で立ちになった。皮靴は正式の公的行事にしかはかなかった。きちんとした服装で執務する毛沢東の写真は、演出されたものである。じつのところ、執務はベッドの中か屋内のプール・サイドで行われたのだった』
    裸でベッドのなかというのは真実ですが、いかにもリーダーらしく分別をわきまえ、理知的で、中国的価値観の包容力にあふれた人物像は意図的に粉飾されたものだったのです。

    ニューズウィーク日本版(5・15)の唐辛子という皮肉なペンネームの、米中の貿易戦争を風刺したコラムに、次のような一文がありました。
    外国企業の技術移転を強いる非公式な行政指導について、
    『表面的に承諾はするが、実際の行動は違う。「手段が正しいかどうかは別にして、結果的に正しい目的さえ達成できればよい」という中国式論理だ。西側世界の契約精神とは全く無関係。何千年もの歴史の中から生まれてきたこの生きる知恵は、中国人の間でかなり根深い』
    手段を選ばず、目的至上主義は、現世利益優先のために手段の正当性を考えない体質と同じです。道教の思想は中国人の根底的な性格になっていると考えます。毛沢東も革命という目的を達成し共産主義の神になりました。生きている間、その淫らで不道徳な生活は単なる手段に過ぎず、鄧小平がのちに改革開放政策に踏みきったとき、国民も際限がない欲望を開放しました。物とお金、宗教的精神性が失われた唯物の手段が、世界を席巻する日が近いかもしれません。法と自由がある社会にこそ、健全な発展があります。一党独裁の腐敗体質は建国のときから、その中心となった人物の腐りきった体質に由来する。人間が求める素直でありながら妥協しない、生命肯定の思想が定着することの難しさを感じてしまいます。

    「宗教はアヘン」というイデオロギーは強く生きています。
    ジャーナリストの福島香織氏の分析はとても参考になります。
    (日経ビジネス)『4月3日に行われた国務院新聞弁公室による「中国の宗教信仰の自由を保障する政策と実践白書」発表記者会見をみると、宗教の中国化が何を意味するのか比較的詳しく説明されている。これは、1997年に発表された「中国の宗教信仰の自由状況白書」に続く二冊目の宗教白書となる。中国はすでに五大宗教(仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥ教)人口が2億人をこえる宗教大国となり、それに伴い、共産党による宗教管理の強化が進められることになった。

    例えば国家宗教事務局は4月から党中央統一戦線部傘下に組み入れられることになり、党中央が直接、宗教工作を指導するかっこうとなった。元国家宗教事務局副局長の陳宗栄はこの機構改革について「我が国の宗教の中国化方向を堅持し、統一戦線と宗教資源のパワーを統率して宗教と社会主義社会が相互に適応するように積極的に指導することを党の宗教基本工作方針として全面的に貫徹する」と説明した。

    党中央統一戦線部とは共産党と非共産党員との連携、チベットや台湾に対する反党勢力への工作を含めた祖国統一工作を担う部署だ。宗教事務を祖国統一工作と一本化するということは、台湾統一問題とカトリック教、チベット問題とチベット仏教、ウイグル問題とイスラム教をセットで考えるという発想でよいだろう。つまり、それぞれ宗教へのコントロール強化によって、その信者たちの思想を祖国統一へのパワーに結びつけるのが中国共産党の任務、ということだ。逆にいえば、それらの宗教をきっちりコントロールできなければ、中国は“祖国分裂”の危機に瀕する、ということである。
    “宗教の中国化”とは“宗教の中国共産党化”あるいは宗教の“社会主義化”といえるかもしれない。だが、宗教の社会主義化など、本来ありえない。宗教を否定しているのがマルクス・レーニン主義なのである。共産党の党規約によれば、共産党員は信仰をもってはいけないことになっている。宗教が社会主義化するということは、つまり宗教が宗教でなくなる、ということだ。そもそもキリスト教の人道主義と、中国の一党独裁体制の実情は相反している』


    中国が滅ぶとすれば、宗教が原因になると思う。尊敬を学ぶ宗教心が復活するとき、人間を隷属させる社会主義は、その素姓の悪さから終焉のときを迎えることだろう。中国共産党に奉仕する宗教とは、どんなに無力で非人間的で凡庸な宗教なのだろうか。
    明らかになっているデータによれば、キリスト教徒は一億三千万人、将来世界最大のキリスト教国になると予測されております。イスラム教徒は一千万人を越えています。中国政府は膨大な数を恐れて弾圧を強めています。
    また、抑圧的な宗教政策、民族政策の失敗により、暴動が頻繁に起こっています。新疆ウイグル自冶区では、イスラム教徒による反政府運動が盛んです。ウイグル人は中央アジアに広がるトルコ部族の一部と考えられており、連帯意識が非常に強い。聖地メッカへの巡礼は制限されておりますが、観光名目で東南アジアに出国後、メッカに向かう巡礼者が増加し、公認の数倍に達すると言われております。メッカで教えに接すると、中国での中国化されたイスラムの教えと違うために疑問を持ち、反共運動に変化することを恐れています。
    チベット仏教については、その弾圧の激しさはよく知られたところです。中国政府のコントロールできない文化や宗教には、異常な恐怖心があるようです。過去にキリスト教系の新興宗教による太平天国の乱(1851年)が起きました。またウイグル周辺を中心に大規模な「西北ムスリム大反乱」(1862~77年)が起きました。有名な「義和団の乱」(1899年)もキリスト教に関係しています。清朝の時代ですが、多民族・多文化国家でありながら、漢民族文化への傾倒が行き過ぎて寛容性を失い、特に宗教に対して不信と弾圧で臨みました。
    1999年に「法輪功」が合法化を求めて中南海を包囲。座り込みをした信者1万人と言われておりますが、活動が禁じられて弾圧を受けました。現在の社会主義国家も漢民族国家ですが、漢民族に共通する宗教観は時代が変わっても同じです。中国に都合のよい宗教は、「中国化した宗教」です。「愛国愛教」という官製のスローガンが示すように、宗教のうえに国があり、国を愛せない宗教は弾圧の対象になります。キリスト教においては、現在非公認の地下教会があり、団結も強く、信者と政府の対立は先鋭化しています。バチカンと問題も抱えており、解決へ向けて交渉が行われているようですが、台湾との国交断絶という事態に発展するかもしれません。バチカンも、中国内の信者を無視できないことから、苦しい立場にあります。民主主義国家を捨てるべきではないとわたしは強く思います。([参考]平和外交研究所・中国とバチカンの妥協―台湾への締め付け強化)

    中国本土には創価の会員はいないことになっておりますが、グローバルな交流があたりまえになっている現在、いつまでそのような原則が維持されるのか、不確定です。香港には多数の会員がおり、返還から時間が経過するにしたがい、中国政府の介入も強制的なものに変化していくのではないかと推測します。中国の宗教問題は他人事でなく、会員を第一に考える理念と、創価の広布への本気度が試される避けがたいタイミングを迎えることになるでしょう。必ず切迫した危機に遭遇することになり、軟弱なリーダーばかりの創価では、生き残ることはできません。192ヵ国・地域に流布したなどと自慢している場合ではありません。
    そんな自慢のまえに国内の会員数を正確に言ってご覧なさい。隔月で統監しているのですから簡単ですよね。そんな勇気もないくせに、都合の悪い情報はシャットダウンして、自慢ばかりするとは師弟はやはり似るんですかね。


    See Me Fight (feat. Linea Adamson)
    Two Steps From Hell




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    女性と詩心

    5月3日という創価にとって象徴的な日に、聖教に、「使用済み核燃料の行方」と題するインタビューが掲載されています。「核分裂性物質に関する国際パネル」(IPFM)フランク・フォンヒッペル共同代表(プリンストン大学教授)ですが、どのような組織なのか、わたしは定かでありません。プロフィールも記載されておりますが、ホワイトハウスでも仕事をしていたようです。良心的科学者です。
    北朝鮮の核放棄の交渉も現実的になり、核への関心も強まっていると考えておりますが、原発の使用済み核燃料の再処理によって増え続けるプルトニウムは、核兵器の原料になることは前回の記事で書いたとおりです。核燃料や放射能が単に健康を害するというような問題ではなく、国土を半永久的に汚染し生存の権利に影響を及ぼしかねない重大性を、わたしたちは経験したのではないでしょうか。これは他者の問題でなく、自分や家族、その子孫にまでリスクを背負う、現在の最重要の未解決問題なのです。
    また核兵器の脅威と非人道性をアピールし認識していながら、なぜ核の傘の依存を拒絶できないのか、特に日本は唯一の被爆国なのに、国際的な場で核禁止への問題解決に主導できないのか。未曾有の災害と被害を経験したわりには、国民の意識が低いのではないでしょうか。

    (分離プルトニウムの保有量)
    軍事用(トン)非軍事用(トン)
    ロシア   94.00   89.40
    米国   38.30   49.30
    フランス    6.00   63.40
    中国    1.80    0.03
    英国    3.20  106.20
    イスラエル    0.88
    パキスタン    0.22
    インド    6.19    0.40
    北朝鮮    0.03
    日本     47.90
    ドイツ    1.80
    その他の国      2.40
    合 計  150.60   360.80

    軍事用とは核兵器内にあるか、核兵器に使用する目的の分離プルトニウム、及び将来に軍事利用の余地を残したまま貯蔵している分離プルトニウム。
    非軍事用とは、民生用原子炉の使用済み燃料から分離したプルトニウム、及び兵器用としては余剰と公表されたプルトニウムのこと。
    日本は、国内に10.8トン、国外37.1トン(英国20.9トン,フランス16.2トン)。六ケ所村の大規模再処理工場(ウラン800トン/年)が運転許認可申請中。
    長崎大学核兵器廃絶研究センターのHPには、次のような解説がある。
    『濃縮度20%以上のHEU(高濃縮ウラン)とプルトニウム(Pu)は、直接兵器に利用可能であるので、「兵器利用可能物質(Weapons Usable Material: WUM)」または「機微な核物質(sensitive material)」と呼ばれ、特別の防護・管理体制が必要である。IAEA(国際原子力機関)はウラン235が25キログラム、あるいはプルトニウムが8キログラムあれば核爆発装置が作成可能と考えている。
     最初の原子爆弾である広島原爆には64キログラムの高濃縮ウランが、長崎原爆には6キログラムのプルトニウムが含まれていたと推定される』

    単純に、日本のプルトニウム保有量から核爆弾の数を推定すれば、
    47900(kg)÷6=7983.3
    長崎級の製造可能な原爆数は恐ろしい数になります。このプルトニウムは核抑止力として保有していると見ることもできます。こういう事態を、異常と感じるか、正常の範囲と考えるか、それぞれの感性ですが、わたしは数年前に見たビデオ、黒澤明監督の「生きものの記録」を思い出します。核への不感症が正常なのか、恐怖を感じるのが狂気なのか、わからなくなってきます。これは、環境に適応するとか、順応するとかという問題ではないと思いますが、核保有国が日本周辺に存在することの重大性を、また平和を脅かすクライシスを見つめなければならないでしょう。他者への共感性を喪失し、攻撃的な自己防衛の姿を異常と思わないところに、仏教が説く末法の悲劇性があります。不信とエゴイズムに支配されているのです。恐怖が日常茶飯事となり、生命軽視の深刻さを増しています。平和を望みながら武力を準備するダブル・スタンダードに気づかなければならないでしょう。
    なお、「生きものの記録」は興行失敗に終わり、黒澤作品のなかで唯一の赤字作品だったそうですが、わたしは名作と確信します。三船敏郎の名演技が心に残ります。
    (長崎大学核兵器廃絶研究センター)http://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/

    長崎大学核兵器廃絶研究センターでは、「北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」と題して提言が掲載されております。長文ですが、NPT再検討会議に関心がある方なら必読です。北朝鮮の核放棄への米朝の交渉が迫っておりますが、日朝韓、さらに中国や東アジアに参加を呼びかける非核地帯への選択が最善と思います。でも、柔軟な外交力と不屈の精神を堅持した交渉人が必要ですね。政府と公明党が主導する間に合わせの「賢人会議」では、国際的な影響力も実行力も駆使できません。

    生活に忙殺されて、このような諸問題に対し、知らず知らずのうちに無関心になってしまいます。仏教徒であることを自覚し、信仰の必要性を主張して、人間主義の普遍性を実行する意志はありますが、妙法の万能主義に懐疑的な思いを抱くような非力と弱さを、わたしは感じてしまいます。創価は国内において、会員のパブリックな挑戦を軽視しているように思います。信仰は個人的な利益優先の偏頗な思想なのでしょうか。むしろ、実践的知的リーダーがいないと言えば適切かもしれません。創価の役職というヒエラルキーが、責任職と言いながら、自発的な喜びが希薄になりつつあるのではないでしょうか。従属的拘束という信仰のトラウマを感じ、組織のあいだで問題を抱えているわたしが言うことではないですね。
    同じ3日の聖教での体験記事に深い感慨を抱きました。母子の強さは祈りの賜物と思いました。盲目と病のハンデを背負いながら、誰よりも心は開目であるという、信仰のエッセンスを体現しているようです。「女性は太陽」という変わらない真理と称賛を、笑顔のなかに感じられ、命をいたわり、強く抱擁したいと思うほどの、幸と喜びに恵まれることを祈らずにいられません。父(母)子一体の成仏は、母子一体の菩薩のことです。
    苦しんだり、悩まない菩薩はいませんが、問題があるのに関心を持たず、考えることもせず、組織のドグマを信仰と思い込んでいる信仰者は、菩薩とは言いません。こういう本当のことを遠慮なく言うものだから、わたしは嫌われるんですね。

    きょう(4日)の聖教には、サーラ・ワイダー博士へのインタビューが掲載されておりました。以前、対談集(「母への讃歌」潮出版社)を出版され、とても女性らしい視点から語る、暖かい慈愛に満ちた対話がありました。今回のインタビューで印象に残ったのは、次のようなところです。
    『初めて女性学の講座を教えた時、古の哲学者から近現代の平和指導者まで、世界の"偉人"と呼ばれる人物の言葉にも、女性を軽視する表現が含まれていたのです。
    いずれの時代、いずこの場所も、この蔑視の風潮と無縁ではありません。
    現代にあっては、世界各地の女性が、ラディカル(radical)な抵抗と主張に立ち上がるべきであると、私は考えます』

    ワイダー博士の指摘もあるように、ラディカルには根源的というような意味も包摂されていることから、共に生きる意味と連帯を問いかけています。博士からは急進的過激さの有様は消滅しているようです。優しいこと、柔軟でやわらかな思考、すべてを受け入れる多様性を認める強さが女性にはあるでしょう。地道な草の根運動は根気も必要ですが、なにより目的の明示と持続という挫けない精神が、実現への大きなエネルギーになるものと思います。力を誇示したり、数を競ったり、暗黙のうちに見返りを期待したり、他者への同情を欠き本質へのアプローチを見失いがちな急進主義こそ、女性が最も嫌う思想です。感情的な見方や意見に陥りがちな女性の特質を考えると、一般に「鳥の視座」と言われる客観性、つまりは普遍性を強調する信仰を保持している幸福を十分考えなければならない。信仰から、社会の不正義と不合理を俯瞰する賢明さを養っているのです。

    詩心をテーマにした対談のなかで、特に詩人について語った部分を引用させていただきます。
    『ホイットマンが愛した”草”のイメージは教訓に満ちていて、私たちを元気づけてくれます。
    草は世界中のどこにでも育ちます。砂漠でも、平野でも、湿地やツンドラの地でも――。ホイットマンは、草がいかにありふれたものかを知っていました。しかもそれは、なんと強靭なことか。”草の葉”は一つ一つが別々ですが、それらは入り組んだ根っこでつながり、根が葉に生命を与えて、成長を可能にしているのです。草は大地から生い立ちますが、その大地は、あらゆるものに触れ、あらゆるものから触れられるのです。
    ホイットマンは、こうした比喩を通して、注意深く一つ一つの”草の葉”をしっかり見つめながら、同時に根本では、すべての他者と、また世界そのものと相互につながっている――そう感じ取るようにと私たちに促しているのです』

    『エマソンは、詩人について語るとき、彼らを「自由解放の神々」と呼びました。これは、私のとても好きなフレーズです。
    まず、最後の言葉に注目してください。詩人を「神々」と呼ぶとは、どういうことなのでしょうか? 人間に全能の資質を付与しているようで、危険に聞こえます。しかし、エマソンのいう「神」の意味がわかれば、別の可能性が見えてきます。つまり、詩人とは、極めて創造的な力を体現するものであり、しかもそれは一人の孤立した個人ではなく、すべてを一つに結びつける”オーバーソウル”(宇宙の生命の根源をなす「大霊」)の、より大きな発露としての創造の力を体現しているのです。
    次に、「自由解放」という言葉に注目すると、詩人とは何をするものかがわかります。詩人は、人びとを「自由」にするのです。そうすることで、詩人は私たちの中でそれぞれ異なった現れ方をする”創造的な力”を表現することができるのです。
    あらゆる健全な社会にとって、詩人は必要欠くべからざる存在であると、私は思います。詩人は人間が秘めている創造的な力を輝かせ続けるだけでなく、さまざまな形での多彩な表出をも促してくれるのです。もしも、詩人を沈黙させるなら、それは私たち人類全体を沈黙させることになるでしょう』


    日常の雑多な瑣事と家事をテキパキと手慣れた熟練さでこなし、現実の問題を片付け、家族を鼓舞し、桜梅桃李の原理を十分に理解しながら、個性を発揮し、多様性の尊重と差異を認める女性ならではの慈しみが、これから最も必要とされる行動なのではないでしょうか。そして、その求心力と影響力が、創造性と詩心が凝縮された、理想のオーバーソウルなのではないでしょうか。
    人間生命の砂漠は、いつも渇ききっています。しかし、優しき魂の詩の世界は、やがて内なる精神の変革を成し遂げ、母のように豊かに、砂漠を平和の緑野に変えていくでしょう。詩心とは、旅する美しい心のロマンです。

    Journey (Ready To Fly)
    Natasha Blume





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    中国宗教白書 1

    4月26日の聖教の一面は、5月の本幹が信越総会に決定したことを掲載しております。わたしはほとんど関心がありませんので、スルーしますが、その左隣りの記事は、原田会長と笠貫女性部長が、スペイン・カトリック司教協議会本部を表敬訪問したというもの。さらに右隣りの中央の記事は小さな扱いですが、中国大使館の張梅(ちょうばい)参事官の、日中青年未来フォーラムでの講演を伝える内容です。創価大学への留学経験を通して池田先生の思想の継承を語っています。日中間に横たわる喫緊の問題を避けて、儀礼的な講演と言えば言い過ぎでしょうか。事前に講演内容は打ち合わせていると思いますが、創価青年部が国際問題に疎いのは決して理由がないわけではありません。問題意識の些少は、政治支援によく表れていますが、これは社会的責任を果たす健全な信仰者の教育を考えていないからだと思います。妙法の人間教育の一側面を、触発し啓発していただきたいと思います。薫陶とか、訓練とか、啓蒙とか、育成とか、そんな言葉が大好きでしょう?
    4月28日の一面には、中国人民対外友好協会の戸思社副会長一行が総本部を訪問した記事。やはり小さな扱いで、中央の目立つところに編集されている。民間外交と言いながら、立派な官庁で、成果を厳しく求められるのが中国の官僚主義。昔から対外工作はお手のもの。「人権」や「普遍的価値」といった言葉に過剰に反応し、規制が強化されている中国国内の現実を考えると、彼らが言うところの友好も、創価への賛辞も感心するようなことではありません。イデオロギーが異なる他者に対しては、いつも本心を隠している。

    ダライ・ラマ自伝大学時代、チベット問題に関心があり、図書館で「ダライ・ラマ自伝」(山際素男訳 文春文庫)を読みました。深く、重い感慨を持ったことと、中国の犯罪は、反人権の苦しみに満ちたものとして、世界史に刻印されるべきだと思いました。チベットという宗教国は、コミュニズムという最悪の擬似宗教によって、甚大な被害を被ったのです。
    この本の巻末にはわかりやすい略年譜が付けられております。
    中華人民共和国が成立した1949年、ダライ・ラマはまだ14歳の少年でした。翌年には人民解放軍が東チベットに侵入。摂政制度により維持していた行政は、この危機にまったく用をなさず、ダライ・ラマの指導性を求めて、政治権力を与えるべきと訴える国民の声が湧き起こりました。重大な責任を任すには若すぎると考える人もいましたが、ダライ・ラマ自身は誰からも相談を受けませんでした。政府はこのような事態を前に、有効な手段を取ることができないまま、神託に任せることにしました。霊媒師が守護神のお告げを伝え、占星術師が就任日の吉日を占い選定するという作業を行い、ちょうど20世紀の中間の年に、15歳という若さでチベットの政治と宗教の最高指導者に就任したのです。少年は大人のような悲哀を感じ、緊張のなかで中国との絶望的戦争を覚悟しました。

    チベットの政治体制は、およそ人間が考えるかぎりの鈍重の儀式を充たすものでした。
    『ともかくわたしの状態はいっそう耐えがたいものとなり、侍従長に式を早めてくれるよう伝言を送ったほどだ。しかし式典は長たらしくこみいっており、果てしないものに思えた。
    儀式が終わりに近づくにつれ、全面戦争に直面する六百万国民のまぎれもない指導者になったのだという思いがひしひしと感じられた。ときにわたしはわずか十五歳にすぎなかった。しかし、できるなら戦争を回避させるのが自分の義務だと真剣に考えていた。就任後わたしが行った最初の仕事は二人の新首相の任命である。
    なぜ二人かというと、わが国の政治制度は、首相以下のポストは全て二重になっており、世俗と僧侶の両方によって占められていたからである。この制度は五世大ダライ・ラマが精神的指導者の地位に加えて世俗的権力も背負うようになってからずっとつづいている。かつてはこの二重行政制度はうまく働いていたのだが、二十世紀の今日、まったく不適当なものになってしまった。しかもそのうえ、前にも述べたように二十年間の摂政時代に政府は完全に腐敗しきってしまった』

    二重行政の能率の悪さ、制度の腐敗、議会手続きと処理の緩慢さ、すべてが儀式化しているようです。危機に見舞われても機能しない制度でチベットは古代から生き長らえてきたのです。慇懃で丁重な狂言を見るようです。

    『もちろん、何の改革もなされなかった。ダライ・ラマですらできなかったのである。というのは、ダライ・ラマが何かをしようとすれば、まず首相に伝えられ、そこから内閣へ、ついでに各行政担当者、そして最後に国民議会で諮られるといった具合で、その間だれかがダライ・ラマの提案に反対すれば、それ以上先に進むのはきわめてむずかしかったのだ。
    またその反対に、議会が何か改革案を提出しても同じことが起こった。ある立法がダライ・ラマに送られ、彼がそれに修正を加えたいときは、羊皮紙の切れにそれを書き加え、原文書に貼りつけ、承認を求め送り返される。だが改革をさらに困難にさせたのは、外国の影響はチベット仏教に害を及ぼすと確信している宗教界の危惧であった』

    伝統に伝統を重ねて効率バランスを無視した伝統至上主義は、ヒマラヤ山脈と崑崙山脈に挟まれ、踏み入れることも難しい高原に広がる岩と砂の国土は、鎖国のように閉ざされた地形環境によるのかもしれない。大国の隣にある地政学的緊張は、中国の周辺国に見られる苦悩ですが、ほとんどが宗教に関連して漢民族の興亡にも関わっております。社会主義と宗教は、永遠に敵対する軋轢と紛争の、切っても切れない因縁の関係性のなかにあります。
    自由に関する脅威は、世界の注目を集めましたが、長い間伝統的に、頑なに、平和的孤立主義を守り通してきたチベットは、国連の申し出も無視しました。人心も国家も、仏教という絶対規範も、瓦解寸前に老朽化していたのです。

    その後、一方的な解放協定を締結させられ、ラサへの人民解放軍の進駐を許し、解放軍の気ままな要求を断ることもできずに、チベット経済は破綻。多くの餓死者を出すに至る。

    1959年、24歳のとき、ラサ市民が武装蜂起した。3月17日、ラサを脱出し、インドに亡命。不平等協定であった17箇条協定を否認。新チベット政府樹立を宣言。チベットにとどまった多くの国民も、脱出したチベット難民も苦難の道を歩むことになる。
    インドに亡命し、ブッダが最初の説法をした鹿野苑を訪ねたことが記されています。24歳の若き聖人は、重すぎるほどの使命を背負っていました。究極的な他者に対する責任は、重ければ重いほど、身体が引き裂かれるように辛い。この苦しみから慈悲を紡ぎださなければならない。ブッダが味わったプロセスと同じです。
    『そこには、ネパールから着いたばかりの二千人以上ものチベット難民が、わたしの説教を聞こうと集まっていた。惨憺たる姿だったが、直面する艱難と力いっぱい戦い抜こうとする精神が漲っていた。チベット人は本当に不屈の商売人で、もう"店"を張って頑張っていた。ある者はなんとかして持ち出したわずかな貴重品、ある者は古着をといった具合である。だが多くの人はお茶を売っているだけであった。こんな過酷な条件のなかでも力強く生きようとしている人びとの姿にわたしは心を揺さぶられ励まされた。だれもがいい知れぬ苦難と残酷さを味わわされていたが、乏しさを最大限に活用して人生に立ち向かっていた。
    最初の、鹿野苑での一週間の講話はわたしにとって素晴らしい経験だった。二千五百年の昔、仏陀が教えを説いたまさにその場所で話しかけることができたのは実に意味深いことである。
    この間、わたしは自分たちの試練の積極的側面にもっぱら光を当てた。仏陀自ら語った、苦悩こそ自由への第一歩だという言葉を思い起こさせ、チベットの古い諺、「苦痛こそ喜びを計る物差しだ」を引用し人びとに訴えた』


    人生は試練の連続。「試練の積極的側面」とは、どのようなものだろうか。言葉では簡単ですが、信仰や人生へのよほど肯定的な信頼がないと乗り越えられないと思う。試練の深刻さにもよりますが、わたしはブッダの涙を思い浮かべ、悲しみに圧倒されてしまいます。救済とは、安易な言葉で説法するような軽いものではないのですね。

    この書には、中国の支配が非人間的な恐怖に満ちたものであることを告発しています。51年に人民解放軍が進駐して以来、チベットは軍の監視下に置かれましたが、激しい弾圧と執拗な暴力に屈せず戦い続ける仏教徒が多くいました。周恩来も鄧小平も、ダライ・ラマのアピールを無視しました。胡錦濤は、恐怖のチベット行政を自らの出世の道具にしただけです。その惨たらしい虐待は目を覆うばかりです。1987年、チベットでの騒乱を武力で鎮圧し、ラサに戒厳令を敷いた功績を持つ胡錦濤は、多くの僧侶や一般民衆を弾圧し死に追いやった。


    戦争が生命否定の暴力であるとすれば、人権が限りなく蹂躙されることだとも言える。平和を望むならば、それは同時に人権の擁護でなければならない。
    法華経は人権思想です。人間革命は人間の可能性を最大限に引き出すものであり、人間主義と言われる生命尊重の思想が根底です。また法華経は楽観主義でもなければ悲観主義でもありません。中道とはすべてを包括していく思想です。決して一方に偏ることもなければ、また認めるものでもありません。池田先生が楽観主義を強調するのは、行き詰まる現代社会への痛烈な批判であることを知らなければならないと思います。
    今更言うまでもなく、火宅の世界である現実を、釈尊は巧妙な譬喩を用いて説きました。救済と同時に、危機的状況を暴き指摘することは法を説くうえで極めて大切なことです。しかし、長者の子供たちが火事に気づかないように、危機的状況にまったく自覚がありません。人間が煩悩や苦しみに執著し、所有欲とエゴイズムに支配される姿は、仏教を貫く太い主題といってもよいでしょう。
    万人に仏性があり、その種子を植えるのが菩薩の役目であるのであれば、釈尊が五千上慢の退席は許したのは、何を意味しているのだろう。信仰がない者、真理に目を背けた者、謙虚に耳を傾けざる者、悟りを得るには程遠い者が悟りを得たと慢心する者、一闡提の増上慢には仏性がないのでしょうか?
    わたしたちは常に、会座に連なるか、退席するかという選択を迫られています。善であれ悪であれ、他者の成仏を信じることが、自己の尊厳に目覚めることでもあります。自他不二の思想は、魂の救済と平和実現という山頂への到達を促す根本思想でありましょう。
    釈尊は成道したのち、法を説くことを逡巡します。梵天の懇請により法を説き始めますが、自他ともに進むことが真の幸福への道であり、自己のなかに他者の復活を認めたからこそ、釈尊のなかに未来を照らす普遍的な光源としての「仏」が誕生したものと思います。
    『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』(御義口伝「随喜品二箇の大事」)


    欧米には、ダライ・ラマ・サポーターと言われる著名人が多くいる。キリスト教信者であっても深く共感を寄せるのは、彼が真に非暴力の継承者であり体現者であるからです。
    狂気の共産主義テロによって、「束縛と旧習からの解放」と「民主化」が進められ、チベット人のアイデンティティーである宗教、思考、観念、価値観、習慣が失われつつあります。チベット人600万人のうち120万人が犠牲になり、僧院、仏像、経典のほとんどが破壊、焼却され、装飾品や価値あるものは略奪されました。「大蔵経」は堆肥の原料にされ、人類的価値ある遺産が無造作に葬られました。
    仏説を根本から否定する思想は、1955年、ダライ・ラマが前年の第一回全国人民代表大会に出席し、チベットに帰国の際に最後の毛沢東との会見の言葉によく表れています。
    『毛の執務室へ行くと、彼は本当にわたしを待っていた。これが最後の会見になる。といい、帰国の前に、政府に対するいくつかの忠言をしたいといった。そして、会議をどのように組織し、人民の考えをどのように引き出し、重要な問題をどう決定するかなどについて語った。これは非常に素晴らしい知識であり、彼と一緒のときはいつもそうしていたが、毛の言葉を一生懸命ノートした。彼は、コミュニケーションは、物質的進歩のいかなる形態においても必須の要素であり、できるだけ多くチベット青年たちをこの分野で育てるよう努力すべきだといった。彼はまた、わたしに伝えたいことはなんであろうと、チベット人を通じてそうしたいとも語った。最後に、ぐっと身体を近づけ、「あなたの態度はとてもいい。だが、宗教は毒だ。第一に、人口を減少させる。なぜなら僧侶と尼僧は独身でいなくてはならないし、第二に、宗教は物質的進歩を無視するからだ」といった。これを聞いて、わたしは激しい嵐のような感情が顔に出るのを感じ、突然非常なおそれを抱いた。「そうなのですか。あなたは結局ダルマ(法)の破壊者なのですね」わたしは心のなかで怒りを込めて呟いた。
    日はとっぷりと暮れ、毛がこういう致命的な言葉を吐いている間、わたしは前屈みになり、なかば顔を隠し、彼の言葉を書き写すふりをしていた。わたしの抱いている戦慄を彼が気づかぬのを願うのみだった』

    ダライ・ラマは、マルキシズムはダルマ(法)の破壊を企てていることを知ることになる。
    それは、平安な世界と善良な人々の人生を破壊することです。革命という名の熱狂。

    ◇◇◇

    池田先生は、93年のハーバード大学での「21世紀文明と大乗仏教」の講演のなかで、「戦争と革命の世紀」の悲劇を乗り越える教訓と問題を指摘し、生命観の内なる変革こそ第一義とする視点を3点に要約し述べています。
    1.平和創出の源泉
    2.人間復権の機軸
    3.万物共生の大地
    『「民族」であれ「階級」であれ、克服されるべき悪、すなわち「一本の矢」は、外部というよりまず自分の内部にある。ゆえに、人間への差別意識、差異へのこだわりを克服することこそ、平和と普遍的人権の創出への第一義であり、開かれた対話を可能ならしむる黄金律なのであります。また、そうあってこそ、相手の性分や能力に応じて法を説く”対機説法”という自在な対話も可能なのであります』

    93年といえば、5月にラサで暴動が起き、6月には世界人権会議でダライ・ラマが講演。この会議では、ダライ・ラマに対しての中国の圧力に反対し、14名のノーベル平和賞受賞者がボイコットする抗議行動に発展しました。平和主義者は不正と暴力には遠慮しません。

    池田先生は具体的に、チベット問題にふれたことはないと思いますが、93年の講演では、開かれた対話を呼びかけています。対話は、他者を認めることにほかなりません。
    2011年のSGI提言では、より具体的に人権問題への取り組みを提案しています。
    『SGIの運動は、一人一人が内面の変革を通じて自他ともの“より善き生”の顕現を目指すものです。人権文化の文脈に照らしていえば、人権について学び、意識を磨くだけでなく、日々の生活の中で実践し、一人一人が“人権の体現者”として社会に波動を起こす存在となってこそ、人権教育の取り組みは初めて完結するとの信念の下、草の根の活動を続けてきたのです。
    仏法の真髄である法華経では、その範となる不軽菩薩の姿が描かれています。
    <中略>
    法華経ではほかにも、普賢菩薩、薬王菩薩、妙音菩薩、観世音菩薩など、さまざまな菩薩が自らの特性を生かして人々に尽くしていく姿が説かれています。
    私どもはその精神を現代社会に敷衍して、誰もが自分の特性を最大に生かしながら「人権」と「人道」の担い手になることができると訴え、ともに成長を期してきたのです。
    国連では本年、人権分野に関して、“差別をなくすために声をあげ、行動する新しい世代をいかに鼓舞するか”に焦点を当てています。まずは、このテーマを軸に、宗教界がどのような貢献をなしうるかについて討議を進めていってはどうでしょうか。
    かつて私はハーバード大学で行った講演(1993年9月、「21世紀文明と大乗仏教」)で、「はたして宗教をもつことが人間を強くするのか弱くするのか、善くするのか悪くするのか、賢くするのか愚かにするのか」が厳しく問われる時代に入っていると、自戒を込めての警鐘を鳴らしたことがあります。
    さまざまな宗教が人権文化の建設という共通の目標に立って対話を重ね、互いの原点と歴史を見つめながら、人権文化の建設のために行動する人々をいかに輩出していくかを良い意味で競い合う――牧口常三郎初代会長が提唱していた「人道的競争」に取り組むことを呼びかけたいのです』


    人道的競争は中国にこそ必要ですが、自戒しながら中国を名指しすることはありません。平和や人権を自分の創造物であるかのように、また口を開けば聖人の独占物のように繰り返しますが、チベットという特殊性を一般化して、平和や人権という聞きやすい言葉に落とし込み、問題の重大性を軽くしている罪は大きいと思う。個々の問題に、具体的に関心を示さなければならないのです。なぜ時代の顕著な核心を黙殺し続けるのでしょうか。
    2000年、中央民族大学から池田先生に名誉教授の称号が授与されました。少数民族のための重点大学である同大学は、中国の同化政策の象徴的大学と言ってもよく、各少数民族の伝統と習慣、文化を尊重するといいながら、人種的にも、経済的にも漢民族国家への帰属を推し進める大学です。チベット語の放棄は、チベット文化の放棄と同じことでしょう。
    先生は、会員の皆さまとともにいただいた栄誉と言われました。チベットをはじめ虐げられている少数民族の苦悩が染み付いている栄誉です。チベットの資源を搾取し、人命を犠牲にしながら、代替できないものを盗み取った収奪物から作った栄誉なのです。そのことを創価の会員は誰一人、考える責任と努力を放棄し、認識もしていません。名誉のために弱者を犠牲にし、その数を誇るなんて、中国と同じ熱狂への飢餓があるのでしょうか。対内的には人間主義であり、対外的には非人間主義という二重基準は、自ら涼しい顔で提言していらっしゃいますが、世界の良識から問われているのですよ。
    中国の巧妙なデマゴギーと欺瞞の罠に、はめられている。欺瞞は尊厳を裏返すと表れる、最も醜悪な人間の心です。欺瞞、虚偽、騙りといったら、妙法の裏街道を走って逃げる魔王の姿ではないでしょうか。
    いつか、この暴力と狂乱の独裁共産党国家が崩壊するとき、厳しくその責任を問われることになるでしょう。ぜひ未来は、チベットの民衆にとり、正義が実行される明るいものであってほしい。そしてそのとき、中国に加担した勢力の始末も、同時に精算されることを願ってやみません。因果とその報いが、きっちりと整理される公平で平等な世界であってほしい。

    中国では、信教の自由が憲法で保障されていますが、もちろん建前だけで自由は限定されています。最近宗教白書が発表され、共産党の宗教への取り組みが強化されました。一口に言うと、「宗教の中国化」という、以前からの取り締まりがさらに管理される方向に強化されるということ。「宗教の共産主義化」わたしには意味がよくわからない。宗教が宗教でなくなるという危機があるということでしょうか。宗教の無力化とは、道徳に反していても親の手足を縛り自由を奪うこと。そもそも儒教の国なのに、道徳が生きているのか疑問。
    簡単に言うと、戦前の日本と同じで、自由な信仰が取り締まり対象にされるということ。思想の統一をはかり、全体主義という社会主義は、支配への欲望を決して手放さない。中国の宗教事情はなかなかわかりづらいものがありますが、なぜそれほどまで神経質に宗教に過敏になるのか。仏教にかぎりません。キリスト教も弾圧を受けていると伝えられています。バチカンとの間でも、最近、司教任命権問題についての対立が露わになりました。過去の漢民族国家は、宗教絡みで滅んでいることを支配者はよく知っている。宗教一揆、宗教人の反乱が、国家滅亡の引き金になることを恐れている。


    Revival - Fearless Motivation




    ◇◇◇

    なお、「社会と宗教」(B・ウィルソン・池田大作:聖教文庫)の「共産主義と宗教」という項目で、ウィルソン教授が教科書的な模範解答を提示していますので引用します。対談が出版されたのは、85年ですが、ゴルバチョフの改革政策、ソビエト連邦崩壊へとつながるペレストロイカ、また東欧の民主化を支持した新思考外交が始まった時期と重なります。ここで述べる見解は概略的ですが、現在でも十分通用するものと思います。
    『共産主義について、社会学者たちは、しばしばそれ自体が宗教である、もしくは、少なくとも宗教の代用物である、という表現をしてきました。共産主義者は、その創始者を賛美し、一組の聖典を尊崇し、一つの史観とその最終目的について賛同し、細胞組織を形成し、伝道者的な熱意を示します。そして、その運動は、信奉者たちには親睦の機会を与え、集団に対しては社会的拘束を促進させるというように、宗教のもつ機能を果たしています。他のイデオロギーはすべて禁止され、あたかも中世キリスト教の不寛容の最も行き過ぎた点をそのまま借りたかのように、そうした、別のイデオロギーの信奉者たちが迫害されます。
    しかし、これらのすべてを持ってしても、共産主義が宗教のもつあらゆる機能を果たしきたといえないことは明白です。個々人がその生涯の過程のなかで心の痛手を受けたとき、共産主義がその支えになるということは、まずありません。人々が自ら死に直面したとき、または彼らの親族がそうした状態にあるときに、何らの慰めを与えることもないのです。また、たとえば誕生、成人、結婚などといった喜びの折に、感情生活を極点に達せしめたり高揚させる手段は、何ら提供しません。個人は、個人の人生の目的をまったく超越して、集団としての目標を支持するようにとの要求を、「党」から(ということは「国家」から)あまりにも露骨に突きつけられます。そこには、人々を説得し、動機づけ、納得させようとする、繊細なメカニズムといったものは存在しません。つまり、共産主義は、人々を社会に参加させる技巧に欠けているのです。
    (中略)
    民衆全体を説得して、他人のためや、共産主義が大いに自慢している集団的利益のために自己犠牲的な行動を取らせるには、共産主義は弱い力しかもっていません。だからこそ、そうした結果を生むために、強制や、他の手段に頼るわけです。あらゆる真の宗教的伝統に見られるような、英雄的といってよい自己否定、愛他主義、私心のない善意などが共産主義者を鼓舞したという例は、ほとんどありません。(中略)
    これらのすべてを考えあわせると、共産主義は、それに代わりうるずっと有効なイデオロギーというものを知らない大衆、しかも、そこにある伝統的宗教の残滓は型が古く、内容は非学問的で、その活動も非効率的であるような大衆にとってさえ、種々の点で不備であることが分かります』


    どんな立派なことや、苦労話や、信念を語っても、多くの人間を犠牲にし、その不幸のうえに自らの人生を華麗に築いても、また革命を成し遂げたなどと自慢しても、それがどれだけ悪を内在し容認しているかを、厳しく究明していかなければならないでしょう。共産党国家が樹立されて以来、中国では数千万人の国民が虐殺されたり犠牲になったと推測されておりますが、そのような国家と仲良くし賛辞を繰り返す創価は、日蓮の魂を継ぐ宗教団体なのでしょうか。共産主義者の言動は信用に値しない。
    朝鮮半島では南北首脳対話が進み、核放棄への楽観的な雰囲気に包まれているようです。またノーベル賞などといった不謹慎な話題もあるようですが、金正恩朝鮮労働党委員長はその絶大な権力で、冷酷に多くの人間を粛清してきたようですし、そのような大量殺人鬼の過去を問わないなんて、悪夢でしかありません。
    どうか世界の皆さまが冷静で、正義を実行する慈悲深い人々でありますように☆彡


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