尊厳への道

    沖縄県知事選挙開票結果(9月30日)
     玉城デニー 394,768(得票率55%)
     佐喜眞 淳 315,621(得票率44%)

    接戦と思われましたが意外と差がつきました。沖縄の有権者の民意を尊重しなければならないでしょう。負けた佐喜氏も44%の得票率があり、支持した方々への配慮も必要です。勝っても負けても、同じ国土に住んでいるのですから、互いを思いやる気持ちも忘れてはならないでしょう。まず隣人と仲良くしなければ、解決できる問題も解決できません。政府には、憲法改正を含めた防衛問題の議論を早急に進めていただきたいというのが国民の意志です。
    以前は、公明党は改革のエンジンというふれこみで、ハト派とタカ派の中間で真のコンサバティブであるかのような印象を与えていましたが、あれも単なるキャッチに過ぎなかったのでしょうか。人気取りとまでいかなくても、ただの思いつきのような時流に乗ったアピールの軽薄さは、支持者の姿と酷似しているようです。
    「民主主義の精髄には宗教的要素がある」として、保身第一の聖職者を非難したホイットマンは、さらに続けてこう言った。「多くの教会や宗派など、また私の知っている気味悪い亡霊たちが、宗教を侵害している」(「民主主義の展望」講談社)
    また、池田先生は教条主義の宗門を想定して、ホイットマンの言葉を紹介しています。
    「自覚した魂が、さまざまな教会から完全に離脱した時こそ、真に〈宗教〉と立ち向かうことができる」(「創立者の語らい」Ⅳ)
    かつて宗門問題で苦しんだことを忘れ、創価教条主義が亡霊のように闊歩している。沖縄創価を分裂状態にするような支援活動は、民主主義の厳粛な公平性を侵害しています。信仰とは自由であること。善良な会員をアゴで指図する姿は、魔性の醜さを表わしています。
    「オール沖縄」完全決着と扇動したビラが(10月21日に投票が行われる那覇市長選挙)配布されました。少しは反省したのか分かりませんが、1日の夕方、訂正する文書が配布され、沖縄の地元のみで対応する旨の徹底があり、F報告は行わないというお知らせがありました。思い通りに動かない会員がいることを学んだのでしょう。創価サポーターの佐藤優氏に言わせれば、そんな輩は提婆達多のような反逆分子だそうです。もしかしたら、わたしもその分子の一人なのかしら。
    宗教の奴隷になってはならない。受動的な姿勢、多数派に同調する依存の傾向性、そのような怠慢の命を克服する運動こそ、信仰活動のパートナーシップであり、創造的な人間主義ではないでしょうか。政治に動員することによって社会貢献している、あるいは社会改革しているという錯覚は、巧妙に計算され尽くし、反発する前にどこかの誰かの野心に操られて説得されているのですよ。

    武力の行使は、決して宗教と無縁ではありません。平和運動に大きな主眼をおいている創価の対外的な活動は、反戦平和と題目のように自然と口から出てきますが、その反戦平和の具体的なイメージや戦略的な配置の姿が思い浮かべられません。日蓮の激しかった布教過程のなかでは、防御のための刀剣の準備があったものと思います。現在に敷衍して言えば、抑止力ということになるでしょう。抑止力というかぎり、ある程度の兵力と武器の準備が必要です。
    『涅槃経に云く・天台云く・章安云く・妙楽云く法華経守護の為の弓箭兵杖は仏法の定れる法なり、例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し』(「行敏訴状御会通」)
    教団と護法のための武器の保持を認め、安全保障のための準備を容認していますが、これには当時の日蓮が置かれた立場も考慮しなければならないでしょう。
    『彼(良観)の邪義を隠さんが為に諸国の守護・地頭・雑人等を相語らいて言く日蓮並びに弟子等は阿弥陀仏を火に入れ水に流す汝等が大怨敵なりと云云、頚を切れ所領を追い出せ等と勧進するが故に日蓮の身に疵を被り弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり』(「同上」)
    このような死者数を数えた迫害を受ければ、自己防衛を真剣に考えなければなりません。抑止力とは無用な争いをできるだけ避けることなのです。仏教教団と兵力とは、意外と密接な関係があり、戦国時代にいたるまで僧兵が活躍しましたが、これも広い意味での自己防衛の形です。
    日本の防衛の中心である自衛隊は、憲法違反であるというのが定説です。自衛隊の存在を可能にしているのは、あくまでも政治的判断に委ねられているわけですので、いざというときの不安定さは常につきまといます。平和が武力によって担保されている時代は、不幸な時代と言わなければなりませんが、科学技術の進歩は、核という最終兵器を神のまえに捧げ、新たな信仰を作りあげました。世界はデンジャラスなシステムとして完成し、滅亡に怯えています。
    もしも、戦争になり、他国が核ミサイルで先制攻撃するとしたら、沖縄にまず照準をあわせるでしょう。なにしろ、島のあちこちに基地があるのですから、躊躇することはありません。返還前は、核も持ち込まれることもあったでしょう。防衛の要所として、沖縄への関心度は高まるばかりですが、そのぶんそこに住む人々にとっては、安全が犠牲になるということです。最近、横田基地周辺で、オスプレイ配備の危険性のニュースが注目されました。沖縄では毎日起きているトラブルです。本土では過去に、そのような基地問題を放置しておくことができずに、政治的に強制移転し、沖縄に押しつけました。沖縄の県民は、日本の国籍を持ち、公平にその恩恵を享受している国民なのでしょうか。
    1996年の第5回環太平洋シンポジウムメッセージのなかで、
    『いうまでもなく、科学技術の発展、なかんずく情報通信や交通網の拡充は、国家や共同体間の壁を急速に取り払いつつあります。
    しかしながら、その一方で、いわゆる「文明の衝突」の危機が増幅していることも、残念ながら事実であります。
    ますます相互依存を深める「地球隣人社会」を、いかにして、「摩擦」ではなく「触発」へ、「対立」ではなく「調和」へ、「破壊」ではなく「建設」の方向へ導きゆくか。
    ここに「生命の尊厳」を基調とした、新たな「地球市民」の倫理が要請される所以があります』

    対立と分断、それを生む創価と公明党の政治決戦なるものは、真に中道思想を反映しているのでしょうか。勝つことばかり強調し、まるでファイターのように傷つき、戦う相手のノックダウンを奪うまで、執念深く諦めることはない。池田思想の人間主義とは、理想から逸脱すると恐ろしく偏狭です。理念は生かされることなく対立を煽り、現場においては冷たい空論に過ぎない。「破壊」ではなく「建設」へと、そのような言葉は沖縄の人々にはどのように響くのだろうか。人間関係と信仰の理想を破壊している。対立し分断する原因を作っている創価の支援活動を、わたしは憂い嘆く者です。
    理想へのチャレンジは、思想の実現の過程で、注意深く慎重に行動しなければならないと思います。同じメッセージで「漸進性」を主張しているように、仏教の精神である調和の重要性を、地域社会に適合し、地域性を十分に生かしたうえで、対立に対抗する精神としてもう一度考えていただきたい。問題があっても、すぐには変わらないもどかしさはありますが、民主主義とは手間がかかる制度であり、緩やかにしか改革は進みません。漸進性こそ真の保守のものですが、その根底には懐疑主義的な人間観があります。だからこそ理性的不完全さを前提にし、信念を曲げないという宗教性が必要なのです。良識は経験知ですが、個別の意見に耳を傾けること。
    地域の複雑な事情を無視し、本部方針をおしつけるやり方からは、対立と分断が生まれるのは当たり前。苦しみに寄り添うことがない人間の本性が表れたと、わたしは理解しております。また、宗教的動機からの政治という現実改革は、純粋に不純を混ぜ合わせるようなものです。不純を濾過する力がない者が指揮すると、悲惨な結果に終わる。会員も不幸になります。

    ◇◇◇

    人権教育ウェブサイト
    が開設されました(9・21の聖教報道)
    また、「核兵器なき世界への連帯」展がモンゴル・ウランバートルと渋谷で開催されました。
    「7色に輝く女性展」は創価女性会館で開催され、先月で終了しました。ほとんど、先生のスピーチに登場する女性です。セクシャル・ハラスメントについての意識が低い創価内での問題は、そもそも創価の第一婦人として尊敬を集めている香峯子奥さまの古風な言動に起因していると思います。
    全国婦人部長のうえに位置しリスペクトを受けていると思われていながら、役職はなく、役職に付随している明確なインフルエンスもありません。また会合等のご指導やご意見が紹介されることはほとんどありません。夫にささやく力はあるのでしょうが、社会に開かれた視点を持ち、女性の立場から宗教へのアプローチや問題意識があるのでしょうか、尊敬に適う発言があるのも当然と思います。
    奥さまの本名は「カネ」と言いますが、香峯子と改名したのも、戸籍上の公式のものなのか分かりませんが、先生も改名しており、体面を飾る性格は、夫婦で似るものなのですね。その良妻賢母の美徳は、慎ましやかで従順で、自分から何かを提案し制度やしきたりや習慣を変えることはありません。
    現状肯定の行き着く先に、やがてレリジャス・ハラスメントへと発展し過大な負担と献身を強いられること。およそ人材の欠乏は、組織の人間関係や教義への共感性の欠落から生まれますが、リーダーの力不足が影響し、何でも宿命だと指導する宿命ハラスメントや、問題解決の唯一の方法は題目しかないという題目ハラスメントの定型的解答は新鮮さが失われています。つまり凡庸な仏法理解の手垢にまみれた表現を聞かなければならないときは、失望と悲観と落胆とため息があるだけ。

    このようなビデオ制作には、それ相当の資金を投入していると思われますが、財務の真心が活かされていることを祈るばかりです。人権という言葉も意味も学習することがない国や地域があることに、ただ驚きますが、もっと悲惨な境遇にある子どもや女性たちが、きっといるのでしょう。
    尊厳への道は、終わりがない果てしない物語です。奉仕し、従事している人々の忍耐強さには、深い敬意を覚えます。世界は不幸せに満ちています。

    A Path to Dignity: The Power of Human Rights Education
    (画面上の字幕のアイコンをクリックすると日本語訳が見れます)



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    「いくさやならんどー」 2

    わたしには、沖縄出身の友人も知人もおりません。また観光で沖縄を旅行し、自分の目で実際に美しい海や島を見たこともありません。9月16日の聖教に、粟国島で中学校教員をしている女性の体験が掲載されておりましたが、その記事に紹介されていた優しそうな婦人部員の背景に映る青い海を、わたしはしばらく見つめておりました。白い波と白い砂と透き通るような海の青さのなかで、笑顔の主人公はとても幸せそうに感じられました。
    グローバル・ウオッチの題名は、「ウチナーの心で育む 世界の"モデル地域"」
    何のモデル地域なのだろうと、読んでみると、「沖縄は世界で最初の広宣流布のモデル地域」という池田先生の言葉が紹介されておりました。「島チャビ(離島苦)」と言われる島特有の不便さのなかで、彼女はひたむきに頑張っているようです。このような純粋な一途さは、信仰者の特徴をよく表しているようです。
    「広宣流布のモデル地域」という言葉は本当なのだろうか。そのモデル地域で、なぜいつまでも解決できずに、基地問題があり、悩まし続けているのだろうか。

    毎日新聞社から出ている『大道を歩む~私の人生記録』シリーズ4巻は、Amazon で中古本が1円という安さです。誰も買う人がいないだろうと予想して投げ売りしているものでしょう。ゴミとして処分してもお金が掛かるし、まさか0円というわけにもいかず本屋さんを悩ます最悪の本。きっと、会員の本棚には、こんな本がどっと横たわっているのではないでしょうか。
    第3巻には、1992年の中東の旅が綴られており、エジプト・ムバラク大統領と親しく会見した様子が語られておりますので、おそらく、再版されることはないと思います。もともと売れそうもないのですから、無理ですね。
    この誰も読まないエッセーの第2巻のなかに、「世界のウチナーンチュ」と題して、沖縄のことが詳しく書かれておりました。1988年、沖縄訪問に際してのエッセーです。

    『太平洋戦争で唯一の地上戦の戦場となり、“鉄の暴風”が山河の形まで変えた地である。
    過酷な琉球支配の歴史も見逃せない。
    最も苦しんだところが最も幸せにならなければならない――。そのために、どんな努力でも払うのが、仏法指導者の役目と信じる。
    私は、いつもそんな思いで訪れるのだが、沖縄には悲惨や悲嘆を吹き払う明るさが、人にも自然にもあり、心が洗われる。

     沖縄には、文化的な懐の深さがある。
     すべてを包み込む、母の温かさがある。

    15世紀以来、琉球国・中山王は中国皇帝によって任命される形だった。これを冊封(さくほう/さつぽう)といい、首里王府が中国・明の使節である冊封使 (さくほうし/さつぽうし)を迎えて行なわれた。
    そのころの重要なキーワードは"迎恩(げいおん)"であるという。大事な使節を迎える際に、この言葉が使われた。"迎える恩"というところに、沖縄の心があるように思う。
    そして、武力を以てせず、歌舞音曲(かぶおんぎょく)という文化の力を以て、海を越えやって来た数百人にのぼる冊封使をもてなしたのである。
    復元された首里城の正殿に向かって左、北殿はかつて冊封使の接待に使われた建物である。
    王府の役人の床の間には、刀ならぬサンシンという沖縄独特の三味線が飾られていた。
    いわば、"文化立国"なのである。
    "迎恩"は、その後、広く庶民の間に、人々を迎える際の礼節として受け止められていった。こうした心豊かな伝統が沖縄文化を育み、沖縄精神の一つとなって今日まで受け継がれてきた。
    さすが"守礼の邦(くに)"である。沖縄を訪ねた人が感じる、なんともいえない温かさの所以が、ここにあろうか。
    沖縄の人々の心根の良さ、優しさは折り紙付きである。
    沖縄の人がよく口にする「チムグルサン」という言葉がある。
    チム=肝・心が、グルサン=苦しいという意味である。可哀想などといった一方的な、また高みから見た言葉ではない。
    憐憫の情ではなく、同じ目線に立ち、苦しみを共有する「同苦の心」である。思いやりにあふれた社会が、沖縄なのである』

    『ウチナーというのは「沖縄」のことで、ウチナーンチュとは「沖縄の人」。日本を「ヤマト」といい、ヤマトンチュといえば「日本の人」。
    もっともこの区別も、差別するためではなく、ウチナーンチュが広く人々のために働こうといった、自分たちを奮い立たせるニュアンスである。
    それは、牧口(常三郎・創価学会初代会長)先生が、日本の偏狭な精神風土として弾劾してやまなかった閉鎖的な島国根性ではない。沖縄は島国ではなく、まさしく海洋の国として、心を大きく外へと開いた地なのであろう。
    そんなウチナーンチュが海外の地に移住した時に見せる、環境への適応力、困難に対する強靭さや、助け合いの精神などは、沖縄社会のありようと無縁ではないようである。
    世界の各地で活躍する、沖縄から移住した人々、つまり"世界のウチナーンチュ"は、いろいろな文化の多様性を享受しながら、一方で沖縄文化の良さを失っ ていない。
    文化の差異がもたらす豊かさを知り、だからこそ自分たちの沖縄の文化を大事にして生きるのである。
    各地で歌い続けられ踊り継がれた島唄、そしてカチャーシーの踊り――。
    カチャーシーは、ブラジルのサンバのように、またたく間に、人と人を結ぶ。
    人生の四季折々に歌われ、国境・民族を超えて喜びの輪を広げている。
    南米をはじめ各地で、ウチナーンチュは同胞のみならず、その国の誰に対しても、困っているならば、ウチナーグチ(沖縄の言葉)で、サンシンをつまびきながら島唄を歌って励ました。手を取って立ち上がり、ともに歌った。
    言葉は通じなくても、真心が通じた。それは自国の文化の押しつけではなく、自国の文化による人類への貢献といえよう。
    自分の持っている文化的伝統を捨てることなく、しかも他者のためにつかう――。この「自他共の幸福」を願う特性が、ウチナーンチュには備わっている。
    それが出自を忘れることなく、しかも世界各地に溶け込むことを可能にしたと見たい。

    先の大戦では、実に県民の4分の1が犠牲になった。戦後の瓦礫の中から沖縄の陶磁器のかけらや、焼け焦げた紅型(びんがた:沖縄で発達した模様染め)の切れ端を拾い集め、バラックの粗末な小屋に展示した。連日、押すな押すなの盛況だった。
    人々は生き抜くために、自身の依って立つ文化的アイデンティティー(自己同一性)を必死に求めた。それは同時に、世界への貢献の心を求めたのであった。

    沖縄の料理といえば、有名なチャンプルーがある。
    いろんな身近な素材を一緒に炒める。ベースが素麺であったり、豆腐であったり、ゴーヤというニガウリであったりする。
    しかも家庭の、母の味だ。いろんな素材を混ぜ合わせ、それぞれの味を生かしながら一つの料理にする。
    沖縄の文化のチャンプルーには、ヤマトもあり、中国もある。韓・朝鮮半島もある。アメリカもラテンアメリカも、ヨーロッパもある。
    それらがウチナーと渾然一体のハーモニーを奏でる。
    "チャンプルーの心"の根底には、他者を持て成してやまない、他者の喜びを我が喜びとし、他者の苦しみに同苦するウチナーの心があろう。それは 若夏(うりずん)の太陽のようにまぶしい』


    そして、南米で活躍する会員の姿を紹介し、海外移住の逞しい沖縄人の先駆者でもある、"県移民の父"と尊敬される当山久三氏の功績を描いて、世界に通用する沖縄の文化的国際性を強調する。

    『沖縄の先人たちは、サバニという小さな舟で海に勇敢に漕ぎ出して、黒潮に乗って、ジャワ、スマトラまで、縦横に駆け、いち早く交易圏をつくり出してきた人々である。
    15世紀末の大航海時代に進出したポルトガルやスペインによって、この大交易時代は終わるが、ウチナーンチュにとって、海はゆく手を阻む"壁"ではなく、未知の世界を開いてくれる"道"であり続けた。
    ニライ・カナイ――。幸せは海の向こうからやってくるとする思考も、外を恐れない心を育んだのであろう。
    歴史的に見て、沖縄の海外移住は"県移民の父"といわれる当山久三(とうやま・きゅうぞう)にさかのぼる。
    明治政府は、沖縄において江戸時代の旧慣を温存した。
    琉球王府と薩摩藩の支配にあえぐ人々の暮らしは、形こそ変われ、そのまま残った。世界に類例を見ない悪法とされた"人頭税"もそのまま残った。
    地租改正がなされたのは、本土に遅れること36年。衆議院議員選挙も長く行なわれなかった。
    沖縄の人々は、意見を言う機会さえ奪われ続けたのである。
    不況の波は 容赦なく襲い、米はもちろん、食べるイモさえなく、人々は、慎重に調理しなければ命にかかわるソテツで飢えをしのいだ。世に言う"ソテツ地獄"である。
    当山は、自由民権運動に挫折した後、沖縄の窮状を救う現実的な方途として、移住に情熱を燃やし、今から百年前の1899年に、自身の出身地である金武 (きん)村をはじめとする26人を、最初の移住団としてハワイへ向かわせている。
    自らも4年後には、第2回の移住者を率いてハワイへ渡航。現状を視察している。
    彼はその心意気を、こう詠んでいる。
     「いざ行かん 我らの家は 五大州(=5大陸)
      誠(まこと)一つの 金武世界石(きんせかいいし)」
    なんと気宇壮大な歌であろうか。
    事実、沖縄からの移住者は、五大州を家として誠一つで働きに働いた。
    今日の世界での活躍の礎石は、百年前につくられたのである。
    第2回の移住で、金武村からハワイへ渡航した人を祖父に持つ沖縄の友によると、サトウキビを刈り取り肩に掛けて運ぶ重労働で、祖父の右耳は真下へ完全に折れ曲がっていたという。それほど懸命に働いた。
    沖縄には、古来"ユイマール"という助け合いの形態がある。ユイ=結び、マール=回る、である。つまりサトウキビの収穫時や田植え時などの農繁期に、地縁・血縁でグループをつくり、順番に農家を回って共同作業をした。
    こうした労働交換の伝統が、世界各地へ移住した後も、県人会を通して受け継がれていった。海外の灼熱の大地に鍬をふるいながら助け合い、苦しみを共有す ることで乗り越えていったのである。
    もちろん単なる形式ではなく、助け合いの精神の大切さを、沖縄の人々は体で知っていた。
    台風がよく来た。自然の猛威の前に、ひとたまりもなく畑はやられる。嵐が去ると、牙を剥いていた海は やがて凪となり、静かな豊饒(かりゆし)の海が眼前に広がり、海の幸をもたらしてくれる。
    じっと耐え、助け合っていけば、いつか乗り越えていける――。この楽観主義に立たなければ、明日を迎えられなかった。決して絶望しない強さ。それが沖縄の人にはあった。
    今や移住百年で、ウチナーンチュはブラジルで日系人の約1割を占める8万人――。ペルーでは日系人の半数をはるかに超える4万5千人。アルゼンチンでは約3万の日系人の7割が、沖縄出身である。

    移住先で過酷な試練をはねのけたウチナーンチュの"一人立つ強さ"は、絶望的とも見える困難を乗り越え、各地で勤勉と努力の実証の華を咲かせていった。 ウチナーンチュには、何よりも"人間としての強さ"がある。
    特別な後ろ盾や地位がなくとも、一人ひとりが、原体験から平和の尊さを妥協なく叫び続ける。
    戦前、沖縄の小学校では沖縄の方言を使うことを禁じられ、もし使うのを見つけられると、罰として首に「方言札」を掛けられた。
    自らを蔑視させられた忌まわしい過去――。この経験から、人権の擁護には己を賭して立ち上がる。誰を頼るのでもない。いわれなき差別を本然的に許さない……。
    この地で仏法流布が着実なのは、一人ひとりの自立の基盤をより強め、一人立つ心を涵養する仏法の精神が、強き"ウチナーの心"と響き合うからであろうか。
    一時的な流行や権威・権力の介入を嫌い、草の根の動きを見定め、良いものは良いと認める、沖縄人の平等で鋭い眼力からであろう。
    もちろん、その陰に、我が沖縄の同志たちの尊き献身があることは言うまでもない。
    ――5年ぶりの沖縄訪問で、私は語りに語った。
    法華経には、三変土田の原理が説かれる。
    国土の宿命は、人によって転換される。
    まさしく立正安国論に仰せのごとく「国は法に依つて 昌(さか)え法は人に依つて貴し」である。
    また、「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候」である。
    郷土の発展は、そこに住む一人ひとりの向上と活躍による。社会と国土の繁栄の根本道である妙法で自身を磨き、日本一、世界一の理想郷を築いてほしい ――と。

    海外貿易が盛んなりし頃、首里城正殿(せいでん)に掛けられた巨鐘(きょしょう)には「万国の津梁(しんりょう)となし、異産(いさん)至宝 十方刹(せつ)に充満せり」と刻まれている。
    国際交流がもたらした至宝は、文化の差異を認め合い、多様性の中に豊かさを見い出して"世界市民"として生きる"沖縄の心"に他ならない。
    沖縄こそ万国の津梁・懸け橋となり、世界へ優れた文化・英和意識を"発信"しゆく大いなる使命を持っている。
    ウチナーンチュが、いよいよ真価を発揮する舞台こそ、21世紀である』


    池田先生の沖縄の知識は相当のものですが、内部アンチと悪口や陰口を言われているわたしが言えば、アンチの方々から、代作なんだからなどと批判されてしまうのでしょうか。「小説・人間革命」には、自己プロバガンダの部分が多いと感じますが、師弟不二を強調するわりには、弟子の心配りや思いやりに不満を感じていらっしゃるのかもしれません。ともかく、エッセーは優れております。

    大河ドラマの「西郷どん(SEGODON)」の前半のハイライトでは、愛加那との出会いや別れの他、風俗や文化、サトウキビ産業や薩摩藩との従属的関係に、大変興味が刺激されました。実際は、奄美大島を統治する琉球王につながる家系らしく、貧しい農家という印象ではないらしい。西郷隆盛が生きていれば、琉球も違う歴史をたどっていたかもしれない。
    人頭税は過酷な支配の象徴のような税制で、20世紀初頭まで残っていたと言われております。
    沖縄の一部に独立を主張する根強い勢力がおられますが、沖縄の歴史を知れば無理もないと思えてきます。強圧的な迫害を受けて、生きる場所を求めることで移民も盛んに行われたのでしょう。
    悲惨な歴史の頂点を極めたのは、第二次大戦のアメリカ軍上陸の戦場となった沖縄であったことを、わたしたちはよく理解する必要があるでしょう。科学的で合理的な技術で制御された、物量を投じて発展した大量生産の時代は、大量殺戮の時代でもあるのです。それ以上に、生命尊重の思想が風化し、その脈々としたエネルギーを失う時代でもあるのですね。
    戦後の沖縄において、政治が果たした役割は、きわめて悲観的で限定的な制約がありました。防衛という大義の影で、犠牲を強いられてきた沖縄県民の姿に同情しない日本人がいるのでしょうか。漸進的な変革を望む宗教指導者は、理念を語り、提案ばかりして会員を誘導し、結局は政治的権力で強行する無責任さです。世俗的な駆け引きの手先となっても、会員のナイーブさは盲目という無垢のなかにあります。なぜ大きく目を見開いて、自分を縛っている目の前の問題を見ないのでしょうか。

    公明支持者のなかで、基地問題への対応で、意見が割れ対立しているということをお聞きしました。そもそも宗教組織であって、政治組織ではないのですから、意見が割れても不思議ではありません。むしろ、いろんな意見があって健全です。信仰組織にまで対立が持ち込まれることに、創価は不寛容な組織に変容しつつあることが窺うことができるでしょう。政党など、どこを支持してもよいと思いますが、過去に、戸田、池田先生がそうご指導されてきたのではないでしょうか。
    「核も基地もない平和で豊かな沖縄」
    そう書いたのは「人間革命」ですが、沖縄の人々の願望を適切に表しているでしょう。池田先生は、御本尊についても会員を欺きましたが、基地問題についても、沖縄の人々にも顔向けできないような都合のよいことを言い続けてきたのではないでしょうか。公明党を使って、さらなる苦痛を与えようとしています。悲しいことですが、創価を滅ぼす因を作っているように思われる。今では会員の前から姿を消して大文豪気どりでいるのに、ノーベルメダルは贈られましたが、ノーベル賞はとれなくて残念でしたね。
    「新・人間革命」について、2001年の12巻終了時点で、次のように思いを語っております。
    『大デュマの大著で知られる「モンテ・クリスト伯」は、もとは新聞の連載小説で、たまたま一日でも休むと、パリ市民はもちろん、フランス全土が陰鬱な気分に陥ったという。作家冥利に尽きるというものである。
    「戦争と平和」のトルストイは、大作の完成に五年をかけた。
    「レ・ミゼラブル」のユゴーは、初稿を執筆後、十二年の中断があったが、再び執筆を開始して、二年で出版している。これら大作家は、八十歳を超えても、なお生き生きとしてペンを執った。ゲーテしかりである』
    (大道を歩む・第三巻:平和への叙事詩「新・人間革命」)
    文字通り、大作家と大作品をならべて、おだやかに対照しているところが、誇大妄想的な自己顕示があるでしょう。こういった文章は「人間革命」のなかでも随所にみられますが、不自然さがないばかりか、繰り返されると説得力があります。
    別の個所では、真実を書き綴りゆくとして、次のように語っております。
    『「新・人間革命」には、いかなる名誉も求めず、いかなる報酬も望まず、ただただ仏法広宣に、力強く気高く生き抜いた地涌の群像が描かれていく。後世の人々が、この民衆の軌跡のなかから、未来の指標を引き出していかれんことを願いつつ、私は筆を執り始めた』
    『第二次世界大戦の悲劇に塗炭の苦しみを味わいながら、冷戦が激化し、いっこうに戦火が止むことがない世界には、人間の業火が燃えさかっていた。出口を見いだせない人類の苦悶を真っ正面から見つめ、一つの回答を示そうとしたのが、この主題であった』

    会員の皆さまは、名誉も報酬も求めていませんが、リーダーはどうなのでしょうか。階級が上がるたびに欲深くなるようです。中国共産党と同じです。昨今は終活が流行しているようですので、あの世に持っていかれない余計なものは整理したほうがよいかもしれませんね。死に勝る主題はありませんし、生の総括としての人間主義も正念場を迎えます。【生と死の永遠の激闘】壮大な構想と壮大な着想と壮大な物語に圧倒されます。

    ◇◇◇

    この記事の目的である『いくさやならんどー』のなかから、一人の体験を紹介します。どれほどの真実が表現されているのか、血の涙という言葉がありますが、苦しみの極限に衝撃を受け、その数奇な運命に絶望感だけがあふれます。
    「平和への願いをこめて」という全20巻シリーズのなかの一冊・『いくさやならんどー』は、婦人部の総力が結集された反戦出版です。84年の出版ですが、婦人部平和委員会が編纂した貴重な証言集であり、その後の反戦・反核展や国連軍縮キャンペーン、平和講演会へと発展していくアクティビティーの自信と信用となり、社会参加へのベースとなりました。

    okinawa-02.jpg『「母の遺言」:T・O(47歳)
    沖縄戦終焉の地・島尻で、私は両親を失いました。姉と私と弟は、不思議にもあの激戦の最中、バタバタ死んでいく人達の中から生きのびることが出来たのです。
    飛行機の爆音と共に「助けてくれ!」と叫んだ母の声。避難先の東風村(こちんだむら)の壕の前で無惨にも母は両足を付根からもぎ取られていました。母に泣きすがる私達。父も瀕死の母を前に、なす術もありませんでした。
    「父ちゃんがいるからなんにも心配はないよ、三人で力を合わせて生きて行きなさい。母ちゃんがこれからいうことをよく聞きなさい。意地チリヨー(勇気を持て)、誠(マクトウ)シヨー(誠実であれ)、人(チユ)ヌ手(テイ)ヤカインナヨー(他人に依頼心を持つな)」
    母はそういい終わると息を引き取りました。父も間もなく艦砲射撃で脇腹をえぐり取られ死去しました。
    終戦後、収容所から住みなれた地へ返された私達は、両親が残してくれた僅かばかりの畑を耕して野菜などを作りました。午前五時に起き、学校へ行く前に十二キロ離れた市場へ売りに行きます。毎日の生活は厳しく世間の冷たさもいやというほど味わいましたが、多くの方の親切に支えられたことは生涯忘れません。「意地チリヨー、誠シヨー、人ヌ手ヤカインナヨー」苦しかった日々に私達姉弟を勇気づけ励ましてくれたのは、母のあの言葉です』


    長大な小説を描く人よりも、意識も遠のくなかでの必死の言葉の真実と、愛情、慈悲深さに心が動かされます。現在の沖縄の諸々の問題を見透かしているかのように励ます姿は、子を思う親の心情というだけでなく、人間の生き方の指針を、命と引き換えに伝えているようです。沖縄にあふれるヒューマニティーは、例えようのない苦しみから生まれるのでしょうか。
    ウチナーンチュには、その子どもたちも孫たちも、悲しい歴史を刻んだ島も、かつて真紅に染まった海も、灼熱の砲弾の炎におおわれた空も視界も、唯一のものを失い続ける世界の中心で、どこよりも誰よりも、平和で争いがなく、今まで以上に幸せでありますように、それがわたしの願いです。

    Rebirth - Two Steps From Hell


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    「いくさやならんどー」 1

    『内戦の中、ある母に――
    「おまえはどの党を支持しているんだ?」
    「知りません」
    「おまえは共和党か、王党か? どっちについているんだ?」
    「わたしは子どもたちについています」』

    (ヴィクトル・ユゴー作「九十三年」から)

    「君が世界を変えていく」(池田大作・朝日出版社)にまとめられたエッセーは、聖教に掲載されたものです。ユゴーの貧しい者への慈しみを紹介した一節は、革命とヒューマニズムという小説の主題を感じさせます。ユゴー自身、過酷な環境におかれても、不屈の魂で自らの人生を総括しました。
    「もう殺戮はたくさんだ!」と題されたエッセーのなかで、悲惨なエルサルバドルの内戦を語りながら、次のような戸田先生の言葉を引用しております。

    『私は「感傷的な話」をしているのではない。母と子を救えと叫ぶのは、感傷ではない。「国際政治の現実を知らない、きれいごと」でもない。反対に、これほど現実的な話はないと信じている。この現実を救うために、あらゆる知恵をしぼるのが、真の政治だと信じている。
    創価学会の戸田第二代会長は、私の師匠である。師の会長就任は、五十年前の一九五一年。朝鮮戦争(韓国動乱)のさなかであった。就任に先立つ臨時総会で、先生は言われた。
    「朝鮮戦争の勝敗、政策、思想を、今ここで私は論ずるものではありませんが、この戦争によって、夫を失い、妻を亡くし、子を求め、親をさがす民衆が、どれほど多くなっているか、それを嘆くものであります」と。
    「昨日までの財産を失って、路頭に迷い、悲しみ苦しんで死んでいった人もいるでありましょう。なんのために死ななければならないのかと憤りつつ、死んでいった若者もいるにちがいありません。私はなにも悪いことはしなかったと叫んで殺されていく老婆もいるでありましょう。また、親とか兄弟とかが、この世にいることを不思議がる子どもの群れも、あるいはできているかもしれません……」
    「彼らのほとんどは、共産思想とはなにか、国連軍がなぜやってきたのか、何も知らないにちがいない。お前はどっちの味方だと聞かれて、びっくりしながら、ごはんが味方で、家のあるほうへつきますと、平気な顔で答える情景もあるにちがいないと思うのであります……」と。
    恩師の心は、常に、最も弱き立場の人の上にあった。
    この一点から発想しなければ、大地から足が、ふわふわと離れた机上の議論だと思っておられた。
    そういう、民衆を忘れた議論は、冷たい観念の刃で、民衆を切り捨て、切り裂いていくことを見抜いておられた』
    (「もう殺戮はたくさんだ!」)

    「小説・人間革命」の連載が終了しましたが、特に感慨はありません。基本的にフィクションであり、また先生の決意小説であり、菩薩像の一つの姿であり、励ましの小説でもあります。また、良い意味でも悪い意味でも、宗教教団の歴史の捏造という、決してやってはならないことをやりながら、真実をアピールするやり方は、会員のみに受け入れられる書き方でしょう。9月の本幹で「真実」と「事実」は違うと語っておられました。アーカイブからランダムに選ぶわけではないでしょうから、この放送はきっと、事実と違うという言い訳の理由付けが目的なのでしょう。池田先生のご指示があったのでしょうか。事実を意識的に歪めている時点で真実は失われると思う。「小説・人間革命」を象徴的に言い表しているようです。それに比べれば、上記のエッセーは、中、高校生から幅広い青年層を対象にしたものと思いますが、良質の出版であることは疑いありません。
    ものの見方について、次のような優れた表現もありました。
    『だれもが自分に問うてみる必要がある。
    自分は、与えられたイメージを「うのみ」にしているのではないか?
    不確実な情報を吟味もしないで、そのまま受け入れているのではないか?
    しらずしらずのうちに、偏見に染まっているのではないか?
    そもそも自分は、どれだけ事実を知っているのか?
    自分で確認したか?
    現場に行ったか?
    本人に会ったか?
    その言い分を聞いてみたか?
    悪意の「うわさ」に踊らされているのではないか?
    こんな「自分との対話」が大事ではないだろうか。
    「自分は、自分で気づかない偏見を、いっぱい持っているにちがいない」と自覚している人のほうが、「自分には偏見など少しもない」と思いこんでいる人よりも、異文化との対話もスムーズに進むだろう。
    自分を見つめず、自分と対話しなくなった人は、独善的になる。一方通行の道路のようになる。話を聞かない。対話もできない。
    平和のための「対話」。その出発点は、謙虚な、「自分との対話」なのである』


    偏見や先入観を持たないこと。仏教の優れた「内面を観ずる」方法は、行動を公平に評価するために有効ですが、実際に活用するトレーニングを行わなければならないと思います。信仰は最良の自己再生の心理過程をたどりますが、言いかえれば内面への深いアプローチが信仰ということ。「自己との対話」は真摯でなければできません。少なくとも、言い訳して自分さえ欺き、他に目をそらさせようとする信仰者は、妙法の正直捨方便の姿ではありません。偏見や先入観は方便に含まれるでしょう。
    仏教の平和思想のバックグラウンドに、「一切衆生悉有仏性」という言葉があります。生命の尊厳を説く仏性論と、仏国土論の理想社会の実現は、創価の平和思想の根本です。現実への果敢なアプローチは、やや疲労気味に意識が混迷していますが、それは中心をなす御本尊や三大秘法の教義に普遍性が感じられなくなったからでしょうか。柱がなくなれば家も傾きます。
    日蓮の「立正安国」は正法に帰依することを前提にしているのか、していないのか、議論の余地がありますが、現在の平和運動の基本は、悲惨の二字をなくすと宣言した、戸田先生の理念にあることは言うまでもないことです。「小説・人間革命」が沖縄で執筆開始されたことはよく知られておりますが、たぶん、池田先生は沖縄の風土にそうしなければならない理由を感じられたからでしょう。
    沖縄は、第二次世界大戦の唯一の地上戦が行われた舞台です。その国土の宿業ともいえる貧困や戦火の繰り返しは、地政学上の要所としての重要性もあり、悲惨な歴史から逃れることができない必然的な悲しみがありました。大海にある島は、紛争や戦争の舞台になりやすいことは、少し考えればわかります。戦略上の拠点を築きやすいこともありますが、島であるがゆえに征服されやすいという欠点もあります。東シナ海と太平洋を分ける線上に位置し、尖閣諸島問題をはじめ多くの領土問題を抱えていることは周知の事実です。このような複雑さは地理的な利点が国家利益に直結するからです。
    沖縄はその複雑さのなかで、いつも揺れ動いてきました。そしてそのたびに争いが起き、島民に犠牲が強いられたのです。平和を願うなら、まず沖縄からと考えるのも、その歴史を知れば、沖縄の民の人の良さとおおらかさに日本人の原風景を見ると同時に、平和を強く望むのも当然のことなのです。

    創価では、反戦平和の具体的活動を粘り強く推進してきましたが、その多くは池田先生の平和提言や著名な平和活動家などとの対話から、その範囲を広げてきたものです。核兵器廃絶への国連をはじめ国際的なロビー活動は民間組織として顕著ですが、一朝一夕に信頼が高まったものではありません。
    その反戦平和の中心となって活動している主体は青年部ですが、現在では小じんまりとした縮小傾向にあり、その原因として、なにより人材不足が響いています。婦人部は、創価の草創から弘教の主力を努めてきました。平和運動も草の根の地道な活動を土台にしながら、活動の幅を広げてきました。女性の視点から平和運動を論じ行動する必要性は、女性の社会参加の観点からも大切なことですが、創価婦人部は着実にその困難な足跡を積み上げてきました。わたしが各年代の婦人部に接してきた感覚では、20~30年前に最前線に立っていた婦人部が、ずっと問題意識があったように思う。現在の婦人部の主力はまるで、意志不在の選挙要員に成り下がっているように思えて、どうしてそのようなレベル低下を招いたのか、信仰そのものに問題があるように思えて仕方ありません。
    そのなかで特筆すべき活動に、反戦出版を通して、戦争体験を歴史の証言としてまとめたことです。第三文明社からの出版は、絶版になっているようですので、非常に残念です。貴重な証言集は二度と編むことができない無二のものと認識しておりますが、多くの市民に読まれ、その価値を認められてこそ、創価の平和運動も社会の底辺に定着するものと思います。
    創価も教義上の問題を抱えておりますが、明快さが不足したその曖昧さは致命的な欠陥になる可能性があります。世界宗教と広言し、その賛同者を求めていく創価の平和運動は、他宗教の共存と共有、仏教がキリスト教やイスラム教と共存できるのかという難しい問題があります。そのためには対話が欠かせませんが、対話力に秀でたリーダーがいるのだろうか、悲観的な情勢だけが頭をよぎります。

    「小説・人間革命」の終了で、一つの区切りがつきました。現代の御書とか、教科書というわりには、会員の原動力になっていない気もしますが、学習意欲にも末法的な減衰感に似たものがあるのかもしれません。感じ方はいろいろなのですから、読んで生命力が弱くなる悪循環もないとはいえません。唱題して疲れる場合もあるし、深く集中しなければ血液も浄化されません。わたしの場合はスピリチュアルな感度が磨かれません。題目の数を自慢する人がおりますが、自慢しただけ、生命は負の方向に傾いていくでしょう。自己顕示欲と「慢」という意味をよく知らなければなりません。
    現代の御書などという形容を聞くと愚かさより感じませんが、先生の側近からそのような発言があることに、信仰では冷静さは実現しにくいものという感慨を抱いてしまいます。自己啓発は、客観的な自己診断が必要です。過剰な形容は間違いの元。
    「人間革命・13巻」に返還前の沖縄が描かれております。
    『沖縄の問題は、山本伸一が最も胸を痛めてきたことの一つであった。
    彼は、佐藤・ジョンソン会談の三ヵ月前にあたる、六七年(昭和42年)八月の第十回学生部総会で、沖縄問題について、次のように言及していった。
    「日本の一部である沖縄が、戦後二十二年間もアメリカの統治下に置かれてきたことは、沖縄の百万島民はもちろんのこと、日本人全体にとっても、忍びえないことでありました。
    したがって、名実ともに、沖縄のすべてを日本に復帰させることは、現地住民の悲願であるだけでなく、日本国民全体の願いであります。
    現在、沖縄は、米軍の施政下にあり、現地の人びとは、日本人として平等の人権が尊重されず、普遍的な国民福祉の享有が、できない現状であります。のみならず、沖縄に軍事基地が置かれている事実は、日本の運命、世界の平和にとって、大きな脅威であり、核兵器の持ち込みは、日米間の友好関係を促進するうえに、大きな障害となっております。
    私は、この沖縄の現状を改善していくために、次のように主張したいのであります」
    そして、「施政権の即時全面返還」「核基地の撤去」「通常基地の段階的全面撤去」を訴えたのである。また、産業振興対策を強力に推し進めていくために、「沖縄経済総合開発調査会」「沖縄総合開発銀行」の設立等も提案していった。
    彼の提案は、これまで沖縄に何度も足を運び、その現状を見て、さまざまな人びとと対話を重ねるなかで、練り上げてきたものであった。
    核も、基地もない、平和で豊かな沖縄になつてこそ本土復帰である――それが、沖縄の人びとの思いであり、また、伸一の信念であった。
    「本土復帰」という住民の悲願の実現を盾に、核兵器や基地を沖縄に背負わせるとするならば、かつて沖縄を本土決戦の"捨て石"にしたことと同様の裏切りを、政府は重ねることになる』


    聖教に連載されたのは2002年のことですので、16年前の「人間革命」ですが、山本伸一がいかに沖縄を考えているかというパフォーマンスに満ちております。「核も基地もない平和で豊かな沖縄」どこかで耳にしそうなフレーズが、どれだけ沖縄の人々を裏切ってきたのか。政治家と違い公約でありませんので好き勝手なことを言えるわけです。あたかも、沖縄の救世主のような振る舞いですが、どこまでも自分で自分を誉める自己評価のレベルを出ていません。
    裁判まで発展した普天間基地移設問題は、2016年12月、最高裁で判決があり県の上告を棄却しました。国の勝訴が確定はしたものの、この裁判を提訴した国交大臣が、皮肉にも公明党・石井啓一大臣です。そして、与党としての公明党を強力に支援しているのが創価なのです。その創価の理念の体現者が先生であり、「核も、基地もない」と適当なことをいって沖縄の人々を喜ばせ、新たな基地を造ることに賛成しているのが公明党の支持者なのです。
    民主党政権のとき、後先を考えず「最低でも県外」と無責任な発言をした鳩山元首相と、立場は異なりますが、責任を取らないことでは同じです。また、中国のたびたびの領海侵犯を危惧し、防衛上の必要悪として基地容認する本土の会員をよく見かけますが、沖縄の人々に言わせれば、本土都合の上から目線というところかしら。日米地位協定はもちろん日米安保条約そのものの見直しが必要です。池田先生も「人間革命」で提案しておりますが、「基地の段階的全面撤去」という具体的な進展はあったのでしょうか。そもそもその具体的な案を持っているのでしょうか。言うだけ言って後は政治の仕事だと、いつものように逃げるのでしょうか。沖縄の人々を悩ませている日米地位協定について、公明党の発言や提案は何かありましたか?
    創価と公明党、現在はほとんどダブルスタンダードで動いています。創立の理念は失われておりますが、どういうわけか、会員の公明支援の縛りは強くなっているように感じられます。その矛盾をなんとも思わない会員は、政策については何も考えていません。基地があることによって、今までの数々の悲劇に苦しむ沖縄の人々に寄り添い、平和な島にしていくという具体的な解決の進展もなく、却って政治的対立の真正面に立って争う公明党を、一体会員はどのように考えているのだろうか。沖縄の宿命転換は成就されるのでしょうか。
    大御本尊の不受持を決定し会則変更したときも、執行部は、池田先生の考えを忠実に実行したと思われます。一方で肯定し、他方で否定する。そのような行為は半狂人であると牧口先生が言われておりましたが、とどのつまり、その矛盾を放置するいい加減さは、魔の所為にあたるのではないでしょうか。あるいは、沖縄の解答不能な問題を都合よく活用し、会員の正義心を煽って選挙運動に動員し、政権内に勢力を拡大しようとする意図も、今となっては分別があるのかどうかさえもわからない先生を、巧妙に利用しているということなのでしょうか。それも、それらも妙法の正しいメソッドなのですか?

    わたしの非政治的頭脳で考えて提案すると、
    一つには米軍基地の整理統合、縮小。
    二つ目には防衛問題全体を議論し、憲法改正を含んだ自衛隊の整備、米軍撤廃を実現し、自衛隊に段階的に肩代わりさせる。
    自分の国は自分で守るという大前提に立ち、その上でアメリカとの安保条約を見直し、安全保障を考えていく。アメリカに全面的に頼り、またはその核の傘に入り、抑止力を拡大する現在の考え方は、遅かれ早かれ放棄しなければならないでしょう。

    知事選が13日に公示されました。「オール沖縄」が支持する候補は、ある意味、複雑な沖縄の歴史を背負った人かもしれませんが、自由党出身であり、金権政治の洗礼を受けた小沢一郎代表の影響が心配です。わたしの杞憂であればよいのですが、政治家の原点、清潔で質素なプライベートであっていただきたいと考えます。沖縄にこそ、そのような政治家が必要です。
    また、一部の革新系の勢力は、身体に染みついた反日イデオロギーは簡単に払拭できません。沖縄の独立中立の選択は、どこまでも理想論であり、現実的でありません。却って貪欲なナショナリズムの餌食になり、再び紛争に巻き込まれる事態になるでしょう。そのような脅威が決して幻想でないことは、沖縄のそもそもの不幸であり、宿命とも言えるものです。

    前知事・翁長氏は知事になる前は、沖縄の自民党の中心にあり、とても保守的な政治姿勢の持ち主だったと思います。わたしの個人的感想を言えば、知事選に出馬するとき、それまでの人生を180度転換させる決断があったのではないかと思います。真の保守は歴史から学び、歴史の修正をはかっていくところですが、これはときには、イデオロギーの堕落と批判を受けることがあります。主要な論点である基地問題を、今まで通り国政の言うがままに受け入れることができないという結論は、歴史修正主義の一つの教訓から導きだされたものと理解します。沖縄を思う心情に溢れていますが、本土の人々には理解されなかったという寂しさがありました。安倍首相には、敵と味方を峻別する独特の勘があります。この政治家の性格が悪く働く方向に、森友問題や加計問題があります。辺野古に新基地は造らせないという翁長知事の強硬な態度は、沖縄関係予算の減額という報復で応えました。
    人生には、他人の理解が得られなかったとしても、潔く方向転換する瞬間があるのではないでしょうか。変節したのではありません。理想のために、来た道とまるで風景が違う、これから行こうとする道を選択したのです。苦渋の選択と表現したければそれでもよいでしょう。沖縄のために勇気を持って踏み出そうとしたのだと、わたしは考えます。
    そんな翁長氏を、売国奴とか、左翼とか、中国のスパイなどと軽薄な批判を繰り返してきた自称愛国者のなかに、会員が入っていないことを願うばかりです。
    コンサバを自認しているわたしですが、真の保守政治家に出会うことは稀なことと考えております。日本の安全保障を理解したうえで、沖縄のあるべき姿を苦悩し模索した政治家は、時間が経過すればするほど歴史のなかで輝き続けることでしょう。

    沖縄の経済は、主要な産業が観光に偏っているために公的支援が欠かせません。離婚率の高さの原因に経済的問題があると考えるのですが、児童の貧困率も高く、子育て・教育インフラの整備、社会全体の活性化が早急のテーマです。
    選挙を左右するのは浮動票の動向であることは、どの地域でも変わりありません。その浮動票のなかに、多くの女性票があると思います。防衛問題や基地問題は、女性にこそ考えていただきたいというのが、率直なわたしの意見です。また、基地問題にバイアスがなく、固定観念もなく、イノセントでフェアネスな若者世代にこそ、ピュアな発言と意思表示を期待します。
    現実的に基地が存在し、今すぐ撤去できないなら、その他の生活に直結する諸問題に目を向け、そのサービスを堂々と政治家に要求していただきたい。政治は、あなたやあなたの隣人やあなたが所属するグループや会社のためにあるのですから。主義や思想も大事ですが、それ以上に、毎日の生活が安心であり、安全であることを、誰しも望むのではないでしょうか。

    Okinawa war 1945 4 沖縄戦カラー映像(注意:残虐な場面があります)


    沖縄戦のフィルムが多く公開されておりますが、わたしには正視に耐えません。
    アメリカ軍が上陸した沖縄本島西南部・嘉手納湾一帯は米軍艦船で海が見えなかったとも言われています。1600余隻の艦艇とともに、制空権、制海権も奪われ、日本軍にすれば絶望的な戦況だったということです。また攻めるアメリカ軍も、第二次大戦のなかで、最も激しく過酷な戦場だったとも言われ、精神的な異常に陥る兵士も多くいたということです。そしてなにより、無力な沖縄県民を巻き込んだ戦闘が繰り広げられたこと。
    沖縄返還後も、占領状態は実質的に続いていると認識してもよいでしょう。アメリカ軍基地の70%が沖縄に集中している現実は、快く肯定するような正常範囲であるはずがありません。
    沖縄の人々の悲しみは、とても深く、つらいものであることを、戦争を体験していないわたしたちのような世代は、機会があるごとに考えなければならないでしょう。さらに戦争被害者であると同時に、加害者でもあることを忘れてはならないでしょう。暴力否定の十分な認識と学習と行動が、創価の新たな世代に必要です。安易な政治支援をしている場合ではありません。


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    法華経弘通の偉大さ

    『創価学会と日蓮仏法と活動』というブログに、「嘱累品」についての記事が掲載され興味がわきました。コメントしようと考えて、書き始めたところ、長くなり過ぎ、投稿するためには不適切と思われましたので、自分のブログに掲載することにしました。できれば、事前に当該記事を読んでいただければよく理解できると思います。

    ◇◇◇


    管理人さま、法華経に関して、誰もが思う疑問を記事にしていただきありがとうございます。

    植木訳の「法華経」は、大学時代に学生の身分にしては高価だったのですが、出版されてすぐ買い求めました。その後普及版も出版されたようですので、機会があったら注文したいと思っております。
    それ以来わたしは、法華経はもっぱら植木訳を基準としております。このような優れた研究が、創価内でも採用されることを願うばかりです。偏向なく公平に、優秀なものは採用し向上の糧にしていただきたいというのが、賢明な会員が考えることではないでしょうか。
    管理人さまの思考過程は当然のものと思います。よく熟読されており、疑問をおろそかにしない姿勢に学ばせていただきました。日蓮の御言葉を引用するまでもなく、「学」こそ信仰者の実践の芯になり動機になるものと常日頃感じておりますが、会員の間では、その意欲も減退しているように感じられ、会則変更や教義の深化に対する問題意識や情熱も劣っているように思います。
    普及版が出版されたとき、ほとんど同時に、対談「ほんとうの法華経」(ちくま新書)も出版されました。読まれましたでしょうか?
    この本は、法華経訳本とセットになっていると考えたほうがよいと思います。この対談の相手である橋爪大三郎氏は知られているように著名な社会学者であり、宗教にも強い関心を持ち、対談相手として申し分がないように思います。法華経に関して、新しい知見を展開している植木氏に、質問したいことを質問しているというふうな初心者的趣きもあって、植木氏から納得する回答を引き出しているところにおもしろさがあります。いくら訳本でも原典を理解するのは難しく、卓越した熟達者の解説が必要です。また、法華経は最良の信仰者のためのラーニング経典とも言えるでしょう。
    嘱累品第二十二」で本来は終わっているはずの法華経も、その後の六品を加えることによって法華経全体の主題と論点に曖昧さが逆に追加されたようにも思います。管理人さまが指摘されるような疑問が起きるのは当然ですが、法華経の内容の重要な意味も明らかになるような気もします。法華経に一切の無駄はないということと、考えれば考えるほど深い意味があるということです。
    法華経は、弘教する法と弘教する人間が揃わなければ、結局は弘教できません。弘教する人間がどのような人間なのか、法を付属する意味はそこにあると思いますが、別付属と総付属の二通りの違いがなぜ必要だったのか、その相違を知ることによって、釈尊滅後の法華経弘通の偉大さと困難さが明らかになります。

    わたしが説明するよりも、「ほんとうの法華経」から引用します。
    植木:神力品では、お釈迦さまが久遠以来教化してきた地涌の菩薩に限って付属されました。しかし、地涌の菩薩以外の菩薩たちが取り残されています。そこで、彼らに嘱累品の冒頭で付属がなされます。中国では、前者が本門の教えによって化導され、後者が迹門の教えによって化導されてきた菩薩という意味で、それぞれ本化の菩薩と迹化の菩薩と言われます。また、前者が特定の菩薩に限定して付属され、後者が総体的に付属されていることから、それぞれ別付属と総付属と呼ばれました。
    橋爪:でも、その解釈の根拠は、経典のどこにも書いてないじゃないですか。
    植木:そういう言葉はありませんが、話の内容から分類したということでしょう。
    橋爪:具体的には、釈尊が右手を取っていますよね。《それらのすべての菩薩たちを一まとまりに集合させ、神通の顕現によって完成された右の掌で、それらの菩薩たちの右手をとって、その時、次のようにおっしゃられた》とあります。「それらのすべての菩薩たち」というのは誰ですか。ここには地涌の菩薩は入らないんですか。
    植木:地涌の菩薩の付属はすでに終わっていますから、入る必要はないと思います。
    橋爪:では、地涌の菩薩以外のすべての菩薩、ということですか』


    何を付属したのか。
    橋爪嘱累品って短いですよね。四頁しかない。ここでは、何を付属したんですか。(中略)ここは、法華経を弘めることを付属していませんよ。釈尊はここで、阿耨多羅三藐三菩提を弘めることを付属していますが、法華経以外の経典にも、阿耨多羅三藐三菩提は出てきます。ここでは、何を付属したのかわからない。上行菩薩に付属した内容と、善男子に付属した内容は違うんですか。
    植木:法華経の弘通ということでは同じだと思います。その内容は、別付属では、(中略)すべてのブッダが獲得した究極を要約した法門、すなわちエッセンスを弘通することを付属しています。それに対して、この総付属では、「この上ない正しく完全な覚り(阿耨多羅三藐三菩提)」の弘通を付属している。抽象的な表現で、その具体的内容がわかりにくいのですが、次に《この如来の知見と卓越した巧みなる方便に達して、この如来の知見と卓越した巧みなる方便を求めてやってきた》人びとにこの法門聞かせるべきだとあることからすると、巧みなる方便によって弘通することを付属しているように思える。
    橋爪:ということは、別付属と総付属では、内容に違いがあるということですね』


    菩薩が弘める法華経の違いはどのようなものか。
    橋爪:同じ法華経でも不惜身命で頑張って弘めなさいというのと、相手の能力を考慮して巧みなる方便を用いて弘めなさいというのでは、違うじゃないですか。地涌の菩薩のほうが、ハードルの高いことを付属されているんですか。
    植木:そうなりますね。地涌の菩薩の場合は、一番困難なことを付属されています。これまで、滅後の弘教を名のり出た人たちを整理すると、①自ら「サハー世界(娑婆世界)以外で」と条件を付けた人たち、②国土を指定せずに弘教を誓った人たち、③サハー世界で弘めると言ったけども、釈尊に退けられた人たち、④菩薩たちを退けた後で呼び出された地涌の菩薩たち――といった四段階にまとめられます。後になるほど、困難な条件を担うことになります。
    橋爪:地涌の菩薩が法華経を弘めるのは、娑婆世界ですか。
    植木:はい。①の菩薩は、「ただサハー世界以外で」と自分で条件を付けていたから、サハー世界以外ででしょうね。③は他の世界からやってきた菩薩ですが、サハー世界で弘めると言って退けられました。もとの自分たちの世界に戻るしかないでしょう。
    橋爪:じゃあ、地涌の菩薩と、その他の菩薩では弘める場所が違う。後者のほうが、軽めの任務なんですね。
    植木:そうなりますね。中国では、地涌の菩薩と、他の菩薩を区別するのに、弘教を担当する時代にも違いをつけました。それは、正しい教えが存続している正法時代、正しい教えが形骸化した像法時代、正しい教えが失われてしまった末法時代の三つです。後のなるほど悪条件になります。時代と世界の違いを合わせると、サハー世界の末法時代がもっと厳しく、次にサハー世界の正法・像法時代、次はサハー世界以外という順になるかと思います。従って、地涌の菩薩は、末法におけるサハー世界を担当するということになります。
    橋爪:でも、ちょっと苦しまぎれな感じがしますね。法華経の本文を読む限り、そう考えなきゃいけないというわけでもない』


    時代を経過すると宗教哲学も細分化をまぬがれず体系化していきます。滅後の時代区分はその典型ですが、地涌の菩薩の使命を強調するために、困難さのレベルを最高度に設定します。不幸なことは、そのような時代区分の根拠が宗教特有のものであっても、不思議と時代相を反映していることです。たとえば、武器や暴力といった生命否定の道具や手段が、精緻を極めて高度に発達。最終殺人兵器・核兵器の恐怖に喘いでいる現実は、仏教の時代区分とリンクしているでしょう。他者への慈しみと、他者との平和的関係が失われる時代なのです。
    また、本化と迹化の菩薩も、娑婆世界に共存共生していると考えることも可能です。妙法を中心軸にして、より近いところに地涌の菩薩のポジション、その外周をその他の菩薩のとりまく世界を想像できます。他宗教や無信仰の人々でも、菩薩的生き方をしていらっしゃる方は多くいると思われます。「自解仏乗」と説かれるように、高度な知性と献身的な行動にあふれた尊敬できる人々は、案外身近に存在するかもしれません。全体と部分という見方を敷衍すれば、たとえ部分観であっても妙法を活かす方法であるなら、社会変革の十分な動機になりえる力になるということです。迹化から本化へ、本化から迹化へ自由に行き来し、方便が秘妙方便と開かれるように、本と迹の共同行動が、真の平和を創造できるパラダイム転換になるかもしれません。他宗教の者であっても偏見や固定概念で判断しては、可能性の芽を摘むことになります。
    引用した文章の最後に、橋爪氏が述べているように、法華経には柔軟性があると思います。読む人によって、感じ方に相違が出てきて、答えが決してひとつではないというところに、人間とその行動を信じた肯定的な信頼感が醸成されます。万人性と謳われる所以です。そして、一時的に拒否しても、やがて法華経の万人を受け入れる包括性に、次第に魅かれていくことでしょう。日蓮仏法も法華経があればこそですが、解釈の多様性は、日蓮に固定的に依拠するものではないように感じております。また、学術的アプローチだけでなく、信仰者としての実践的チャレンジによって個人の生活上、あるいは社会への貢献を通じて、法華経の深いアダプタビリティ(適応性)と受容力がクローズアップされる時代が来るかもしれません。

    右手を取るのは、インドの習慣も影響しているかもしれませんが、詳しいことは推測する以外にありません。でも、誰かを励ますとき、手を取り、瞳を見つめ、相手を揺さぶるように、励ますのではないでしょうか。仏が全菩薩に法を付属し、「頑張るんだよ」と励ましている様子を思い浮かべることができます。手を取り合うことは、とても人間的行為であり、連帯を感じることでもあり、相手を気遣うことでもあり、決意を伝えることでもあるのです。うれしいことがあれば、手を取り合って祝意を伝えるのではないでしょうか。また承諾の握手でもあります。少なくとも、前向きの親愛の情感を伝える行為ではないでしょうか。
    頭に手を乗せる行為も、親が子どもを養育するような優しさがあります。菩薩の優秀さは釈尊の自慢なのです。親が子どもを自慢するような慈愛があります。法華経はとても人間的な経典なのですね。
    また、法華経には直接的な表現を避けている場合もあり、なぜそのような表現になったのかを推測する必要もあると思います。社会的背景や法華経を説くことの制限もあり、抽象的、あるいは思わせ振りな表現も必要だった背景を考えなければならないと、植木氏は述べております。このような言葉の制限は、第二次大戦時の牧口先生が、個人的な手紙をはじめ講演や指導、行動の意味をストレートに伝えることができない制約があったことを思い出させます。
    混乱と統制の時代に、法を弘める困難さを考えなければなりません。平和な時代にあって、命も危ぶまれる社会の脅威を想像することは知識としてはあっても、痛みをともなう実体験としての感覚を想像することは難しいように思います。法華経の流布は、傑出し忍耐強い菩薩でなければ、社会に広く安定して説くことはできないということを示しているように思えます。創価は強い使命感が薄らいでいるように感じておりますが、リーダーの不在はやがて、法を説く喜びと感動の不活性化、イベントの慣習化へと転落し、儀式化することでしょう。


    以前、大乗非仏説の記事も読みました。大乗非仏説か、非大乗非仏説かという二者択一のような問題設定の仕方は、ほぼ一般的な問題設定でもありますが、わたしは、法華経は釈尊と菩薩の師弟の共作のように思えて仕方ありません。その根幹となる思想は、万人に仏性を認める仏のものですが、しかし実際に経典の一字一句を書き表していったのは、実践に裏付けられた弟子たちの努力があったのではないでしょうか。事理の観点から見れば事の法華経は弟子が担うということ。植木氏も、法華経を説く一団は、非主流派であり、迫害を受けたと書いております。不軽菩薩は誰でもない、実際に法華経を説き苦難に襲われた弟子たちのことなのだと考えるようになりました。そしてきっと、乗り越えたのでしょうが、そのような苦労があっても、長い間に腐敗し衰退をまぬがれませんでした。純粋さに不純が混ざり、許容できないところまで変容していくプロセスは、時代や地域に関係なく方程式のようなものです。法が普遍的でも、安定し永続的に続いていく集団や組織は皆無なのです。


    長文になっても書く意味が十分にあると勝手に思いました。
    信仰の真実と喜びを開拓できれば、人間としても成長できるのではないかと、求道者の姿勢をいつも考えます。煩悩の大地を割って登場する地涌の菩薩は既成概念を打ち破る力強さがあり、罵倒と誹謗と暴力が嵐のように襲いかかろうとも不退転の不軽菩薩には、人間への肯定的な、どこまでも無限の信認があります。苦難であろうとも、新しい世界を創造するそのような挑戦の姿こそ、法華経が伝えたかったことなのかもしれません。
    創価のなかでも友好的で有意義な対話ができることを、お祈りしております。



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    創価の教育的善導

    わたしはいずれ、会員としての履歴を抹消削除されるかもしれません。信仰は一人ではできないと考えている人は多いと思いますが、十分に可能です。強い意志とそれなりの知性があれば、無教会主義のように自分の信念を貫くことができます。一人で生きていくことはできませんが、一人で決断はできます。そして一人で行動もできます。少しも恐れはありませんし、葛藤もありません。自由を感じて、なにか重い束縛から解放される気分になるでしょう。
    心ある会員の方にお願いです。大御本尊を受持の対象にしないという、池田先生のご指導があるのでしょうか。わたしが不勉強で知らないだけなのかもしれませんので、知っている方は、わたしに教えてください。大御本尊の本質は少しも変わりありません。ただ大御本尊を取り巻く状況が変化しているだけなのです。本質を求め抜くのが求道信仰者ではないでしょうか。
    御本尊は信仰の根幹ですが、その根幹に、永遠の指導者などと仏法者らしからぬ名称で尊称され、すべての会員の指針になっている師のコメントやメッセージがないことに疑念を抱いています。真面目な会員に対し不誠実です。毎日、多量の原稿を執筆されているにもかかわらず、なぜ肝心なことには無言なのでしょうか。御本尊への懐疑と誤謬は信仰そのものの崩壊です。不実で虚偽の人生の始まりです。とても重要なことです。

    近くのスーパーでお買い物していたら、偶然にばったりと、婦人部幹部と顔を合わせてしまったのですが、知らん振りに通り過ぎていったのには驚きました。わたし一人を納得させることができない幹部なのに、自然な、あるいは、幹部必携ハンドブック的な愛想もかけないなんて人間失格ですよ。こういう偏見に凝り固まった、マナーもない余裕もない人間とおつきあいすること自体お断りですが、わたしも「依法不依人」という言葉を噛みしめなければなりませんね。法は素晴らしくても、それを説くのは人間。人間の完成度が法のレベルを高下させる。ないものをあると言ったり、あるものをないと言ったり、受持仏法において、受持はしないけれど否定はしないといった自分都合の新解釈は、師匠譲りなのでしょうか。「受持即観心」の意味もわかっていない。「観心本尊抄」に
    『此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し』
    その本尊は創価の本尊だと主張して、厳粛に大御本尊を範として書写した事実を忘れている。本尊の形ばかりでなく、模範として、あるいは理想としての信仰も書写されたことを安易に否定している。そして本尊は認定するものだなんて、御本仏が聞かれたら驚愕して腰を抜かすでしょうよ。増上慢の極みです。そのおかしさを自覚できないところに信仰進路の誤りがあります。
    人法が一体ということの難しさをいつも思います。拒絶しない人格を菩薩というのではないかと思いますが、きっと意見の相違から排除することに重きを置いているのでしょう。自他不二の信仰だなんて、真面目な顔で解説するあほらしさ。自己と他者は対立するものではありません。
    正しいことをすれば反発がある、それも生き方と信仰の一つの定義ですが、まさか反面教師的に創価に当てはまるとは思いませんでした。人の振る舞いが出世の本懐のはずなのに、偽りの空証文を発効しても平気なのよ、創価のバリ活菩薩さまは...
    異質の他者を受け入れることは苦しいことであり、デリケートな心の問題ですが、グローバル時代の信仰基準は、生き方の根本を問うことであり、価値観が違う他者の、共生か排除かという判断を迫られる喫緊性があると思う。同じ民族で、同じ言語を使用していても理解し難い問題が多くあるのに、これが生活習慣や国土、環境が違えば、わかりあえないのも当然。世界宗教というイノベーション、信仰基準の世界化は、簡単にはいかないでしょう。

    信仰教育について、「社会と宗教」から、池田先生の質問。
    『宗教教団は、新しく入ってきた人々に教義や精神を教え、その人々が信仰の喜びを感じ、自ら布教しゆくよう育てなければなりません。そこには、教える人と学ぶ人との関係が生じ、組織が形成されていきます。
    そこで、教団内に布教という使命感が生き生きとしており、教える人と同等、あるいはそれ以上に力ある人に育てようという目的観がある間は、組織はその宗教の発展に貢献できるでしょう。ところが、組織の維持だけが目的となり、外に向かっていく使命感が失われると、教える側は自らの権威を守ることにのみ汲々とし、学ぶ人々との間に常に落差を保っていこうとします。(中略)
    そこで大切なことは、組織を自らの権力欲や権威保持の手段にしないことであり、組織上の立場を目的としないことです。しかし、そうした欲望は人間の本性的なものとしてあり、組織は、その存在自体が、そういった欲望を掻き立てる働きをするといえましょう。
    したがって、もちろん、人間をこれらの醜い欲望に囚われないよう導くことが宗教本来の役目ですから、そうした教育や精神の徹底がなされなければなりませんが、同時に、常に、布教運動の展開という、外へ向けての活動目標を設定していかなければならないでしょう。この問題は、私自身、苦慮してきたことでもありますが、教授のご意見をうかがえれば幸いです』


    池田先生は、改革者としての宿命を背負いながら、長年にわたり、運動としての弘教と信仰者教育のバランスをずっと苦慮してきたこと、組織把握と目標設定等に関して常に新鮮さを感じられるように会員に提示してきたこと、能動的で自律的な能力を引き出し、インセンティヴな励ましなどの指導者の苦しみに思い当りますが、どうして最後に大きな間違いを犯すのでしょうか。まるで、生涯をかけて築き上げてきた財産をムダに投げ出しているようです。それまで持続してきた強い意志が感じられません。そして自らの責任ある言葉で語ろうとしません。老いも死も眼前にあるのですから、その永遠の未解決の宗教的問題を一番に語るべきです。

    教授の応答は明快です。信仰は教育的側面が菩薩の慈悲と重なります。
    『宗教的献身をどう維持するかということは、あらゆる信仰に常につきまとう問題です。これは特に、ある種の人々、そういってよければ信心慣れしている人々の間に生じる、独善的な態度にはっきりと見られます。私は何年か前、あるインタビューで、自力で成功したある実業家の話を聞いたのを思い出します。
    その実業家は「あなたは信仰心が篤いですか」と尋ねられて「ええ、もちろんですとも」と、答えました。「では、よく教会に行くのですね」とラジオのインタビュアーが尋ねました。すると「いや、とんでもない。私にはその必要がないんです。だって、私はもう信仰心が篤いんですから」と答えていました』


    わたしは信仰心が篤いと漠然と無自覚に考えている会員が、なんと多いことでしょうか。信仰に技術なんて必要ないのに、まるで熟練の技術者のように信仰マニュアルを語る愚かさ。そんなわけ知りの事情通の婦人部のもっともな顔つきは、わたしは盲信の鑑ですと告白しているようなものですよ。いくらお化粧でシワをかくすことができても、心はメイクでデコレーションできないんですよ。
    ウィルソン教授のリプライは、よく考えてみなければなりません。教える側と教えられる側の関係がサンガと言われる伝統的な組織ですが、教育が反復性の連続であることを考えると信仰目的への強い思いが必要です。組織が抱える常住的問題であることに間違いありません。惰性に陥りやすいのは信仰も同じであり、誰でも生活のなかで生気を失うことが必ずあるように、分別を見失うときが必ずあるのも人間の特性です。つまり揺るがない哲学や堅固な動機を持っていても、常に危機にさらされているのが信仰者でもあり、信仰の深さを試されているのです。不軽菩薩は堅牢な意志を堅持していましたが、迫害のなかで常にモチベーションの維持の危機にさらされていました。そういうふうに考えることがずっと人間的ですし、身近に考えることができる魅力もあるでしょう。悩むからこそ価値が生まれるのです。悩むからこそかけがえがない人生を歩むことができるのです。信仰者とはポジティブな実践者であると同時に、悩みや苦しみが尽きない人々でもあるのです。「苦即楽」とは、菩薩のためにある言葉なのです。




    最近、大きな事件やニュースがありすぎて、感覚が麻痺するようです。大坂地震の被災者にお見舞いを申し上げ、犠牲になられた方々にお悔やみ申し上げます。日本は地震大国であることを、あらためて思いました。深く同情いたしますが、いつ自分が被災者になってもおかしくないほどの頻度で災害があり、他人事とは思えません。サバイバルに生き残るスキルも、また他者への優しさとホスピタリティーも、人間的な暖かさを感じられるように、人格を磨かなければなりません。こういうことは、よく考え意識しなければ難しいものです。
    東北大震災でも多くの会員がお亡くなりになりましたが、自然災害の前では妙法も非力です。かけがえのない人を失い、どうして別れなければならないのか、その理由を明確に説明できません。宗教は人間が考えだした法則であり、普遍妥当性を問われながら十分にその証明に至っておりません。正しい人生を祈り、正しい行いを積み重ねても、結果はいつも途中経過であり、過程のなかでの不確定な自分と対峙し、その原因と結果を想像しなければなりません。わたしは人智を超えた不可解なことをすぐ宿業論で片付けてしまうことに反対です。悲しみは心のなかの奥深いところにあり、その悲しみは、冷たく言い放つ宿業論で解決できないことを知るべきです。即身成仏、其罪畢已の文証を虚言にする影響力を自然災害は持っています。仏性がなぜ、思いがけなく訪れる悲惨な死と苦痛を要求するのか、わたしには理解できません。しかも、慈悲深い真面目な会員に。
    いつの時代も過渡期であり、荒涼として荒れ果てており、人間性否定のトラブルも絶えません。立派に見える指導者も心のなかはわかりません。わたしは、わたしだけでも自分に正直に、自分を誤魔化すことなく、正しいと思う道を思いめぐらし省みて、つつましく歩んでいきたいと考えるだけ。

    中国の宗教事情に注目しておりますが、最近も、ニューズウイークに掲載された新疆ウイグルの記事(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/post-10388.php)が伝える弾圧の悲惨さは目を覆うばかりです。中国の古い友人・池田先生は、この新疆ウイグル自治区から数えただけで4つの名誉称号を受けている。新疆大学からも名誉博士を受賞していますが、ウイグル族と漢民族の経済格差は広がるばかりで、大学を卒業してもホテルのドアボーイより就業機会がないという不平等な扱いがあり、社会に対する不満と憤りがふくらむばかりです。よくそんな大学から名誉を受けたものですね。名誉の返還も普通なら視野に入るでしょうが、名誉の数が大事ですので間違ってもそんなことはありません。いつものことながら、会員の皆さまも深く考えることなく子供のように喜んで、人間主義を標榜していながら人道に対する常識的な感覚を持ち合わせているのか、大いに疑問です。SGI提言で人権問題を提案しているわりには、このように静かに進行している人権弾圧には無関心で、なにか行動を起こすなど論外。個々の問題に関心を寄せ、解決してこそ、全体の人権状況が改善していくのではないでしょうか。人権団体を主張する創価の永遠の指導者も、地域限定し、日本だけに通用する永遠らしい。口先だけの人道主義は、師弟不二という現世的な誓願で、強固な虚偽でカモフラージュされています。師弟原理主義ともいうべき創価のドグマは、中国一党独裁と同じく寛容心に欠ける。
    中国指導部にお世辞をつかい、ご機嫌取りをする、周辺をとりまく政治指導者も同じ。問題を見て見ぬふりをして、最悪の弾圧を容認している。善良で敬虔なイスラム教徒をISのせいにしてテロリストときめつけ、取り締まりと言いながら弾圧している。残酷な刑罰と拷問で民族浄化という恐ろしい人間否定のシナリオを実行している。

    先生は、94年の深圳大学記念講演では、中国的人間主義を論じて、逆に欧米を批判しております。
    『この世紀末を覆う暗雲のよってきたる根源は、どこにあるのか、というマクロ(巨視)的視点も、おろそかにしてはならないでありましょう。(中略)
    世界とりわけ欧米先進諸国に顕著な、未来展望への海図も羅針盤もなく右往左往する人々の、まことの荒涼たる心象風景ではないでしょうか』

    20年以上前の講演ですので、何かを指摘してもムダなことですが、マックス・ウェーバーを引用してのその続きの文章は、とても正確な未来展望とは思えません。中国に媚びているだけです。
    『かつて、マックス・ウェーバーは、資本主義の興隆をもたらした宗教的原因を分析した有名な書物の末尾で、ほかならぬその資本主義の爛熟した社会に、驕り高ぶった「精神のない専門人」(「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」梶山力・大塚久雄訳、岩波文庫)や「心情のない享楽人」の登場を予感しつつ、事実そうなるかどうかは「誰にもわからない」と慎重に留保しました。しかし、不幸にも、彼の心配は、杞憂に終わらなかったようであります』
    確かに杞憂に終わらなかったようですが、それは欧米に対してではなく、腐敗国家・中国の正体が、やっと明るみに出てきたというということです。宗教性という人間尊厳の精神性がなく、はてしない欲望に囚われた世紀末の人間を代表しているような享楽人は、世界の資源を食いつくす勢いです。さらに、社会主義市場経済を賛嘆し、人間のための経済、人間主義的発想の経済と褒めあげ、「倫理的モデル」とまで論じる性急さは、どこから導き出される結論なのでしょうか。トインビー博士もきっと悔やんでいるでしょうね。
    『トインビー博士が「中国こそ、世界の半分はおろか世界全体に、政治統合と平和をもたらす運命を担っている」と言うとき、貴国の歴史が蓄えてきた人間主義的モラルの力を、はっきりと予想していたのであります。
    今、中国の経済発展の最先端をいく深圳の地で、「自ら立ち」「自ら律し」「自ら強め」ながら、二十一世紀へと鳳のごとく飛翔しゆく皆さま方の目指すものは、必ずやニーダム博士(中国学の権威、香港大学名誉博士)やトインビー博士の思い描いていたそれとピタリと符合する、「人間主義」の限りなき地平であろうことを私は信じてやみません』

    91年に行われたマカオ大学記念講演も同じ論調ですが、「民族意識の混沌から人類意識の新秩序」と題されているように中国賛嘆は冷静さを欠いています。自己と他者のかかわりあいのなかで、極端な個人主義は排除され、人間と社会に対しての、中国伝統の優れた感覚と同定する人格主義に論及。中国文明から生まれた道徳の現代的意味を論じています。現在、このような時代性が希薄な論文を読む人が、はたしているのでしょうか。
    このような中国依存の問題の根本に、あるいは、犯罪者を時代の改革者であるかのように媚び、正しい歴史認識に至らずに賞賛を繰り返すのは、創価自身の歴史に問題があるからだと思う。平和団体と自慢しながら、純粋に戦争反対を主張するとき、何とも言えない後ろめたさがあるのはそのせいです。実際、安保法制が国会議論の対象になったとき、創価内ではほとんど議論らしい議論がありませんでした。公明党に丸投げしているとよく批判されますが、そのとおりなのです。
    牧口初代会長の殉教を、反戦のためと単純な評価を持つのも自由ですが、もう少し問題意識があるなら、その時代の複雑さとともに、牧口先生やその他の会員の行動を、できるだけ詳細に学習しなければならないでしょう。
    以前、佐藤優氏と松岡幹夫氏の対談を読んでいて違和感を感じたのは、言論問題を自分勝手に見直し、一般的評価である加害者という認識が被害者に転じていることでした。(言論出版妨害事件)
    詭弁とはこういう事例をいうのでしょうか。被害者であるかのように同情を誘い、読者を説得することを主眼にした論理展開ですが、折伏も自己正当化しながら激しい言論の暴力を振るってきた過去を忘れているようです。人権意識が希薄な時代とはいえ、モラルハラスメントと見なされてもおかしくない強引さがありました。意識はしなくても正義の名のもとでの立派な加害者であり、他者への配慮を欠いた姿勢の延長線上に、言論問題の原因と本質があるのではないでしょうか。妙法の教義から影響される独一的な万能感、全能感による傲慢さも無視できません。つまりイデオロギー組織ではよくある、手段の正当化ですが、忘れたころに、思い出したように強引に訂正する汚さがあります。歴史改変の常套手口です。もちろん否定していますが、事件を指図したのは池田先生と思われます。人間はどんなに立派になっても、知らず知らずのうちに表裏のようなダブルスタンダードで、自らを肯定せずにはいられないのですね。
    また池田先生が、昭和32年選挙違反で逮捕されたときも、少なくない会員が実際、選挙違反を行っていたのであり、その責任者として、疑いが持たれることもありえることでした。会員の選挙支援の意識は低俗で、会員指導に問題があったことが伺えますが、創価内では事件を正確に伝えることをしないで、冤罪であることを主張し宗教的な受難に例えて、その意義を強調することです。
    選挙を法戦、選挙受難を法難、言葉にかぎって言えば、仏法も週刊誌なみに低俗化した模様ですが、そういう選挙違反事件と同じように、言論的抑圧は解釈の仕方で大きく変わりますが、プレッシャーをかける際の常套手段であることも理解しなければなりません。言論の自由を守ることは、細心の注意が必要ということです。
    なお、牧口先生の反戦活動を会員のための教育的善導、教育的反戦活動と論じて、矛盾している牧口先生の言動を一挙に解決を図ろうとする論文を、松岡氏は東洋哲学研究所で書いておりますが、黒を白と言い含める手法は、対談でも生きているようです。創価的解釈と言えばよいのか、創価内だけに通用するような言論には賛同は得られないでしょう。キーワードである「教育的」は、仏教の伝統的価値観のなかで常に用いられてきた言葉ですが、漸進的である体制内改革を目指すために、反戦、あるいは戦争抑止の力強い手段になれませんでした。結果として戦争容認の道に進まなければならなくなったのです。仏教の優しい改革主義も体制を拒否したとき、当然激しいものにならざるえないでしょう。牧口先生は獄中に捕われたとき、はじめて戦争の悲惨さを実感したのではないか。教育的反戦も急激に変化し、反戦への断固とした態度へと発展していったのではないか。苦しみのなかで御本仏の慈悲を感じられたのではないでしょうか。暴力や武力を競うような反平和主義、侵略主義は、仏教の基本・不殺生戒に重きを置くなら、毅然と拒否すべきなのです。そして、過度に、不正確に、牧口先生の反戦を理想化すべきではありません。いつもそのような手法で神格化が図られるのですから。
    創価的解釈は、気弱なわたしには、中国指導部が善良なウイグル族までテロリストと決めつけるテクニックに似ていて、ビビってしまうのですけど...わたしもかわいい女子部のとき、執拗なアンチから創価の紅衛兵と揶揄されたこともあるので、創価内テロリストと決めつけられないように、慎重に行動しなければならないですね☆彡


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    (feat. Felicia Farerre & Uyanga Bold)
    Two Steps From Hell


      



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