牧口先生の反戦 2

    牧口先生の反戦活動は、多くの問題を含んでいます。
    戦前戦中の大善生活座談会では、戦勝、国威発揚の発言が叫ばれています。
    創価では、このような事実を積極的に公表しませんが、すでによく知られた事実です。創価は平和団体であるとアピールするのであれば、歴史的事実を十分に会員に説明する責任を負うものと思います。

    以前、わたしは座談会でこのような歴史的事実から、創価教育学会は反戦を訴える団体ではなかったと結論しましたが、慌てたように顔色を変えた壮年の担当幹部からは、白い目で見られるだけでした。不勉強な人間にはカンフル剤が必要と考えただけ!
    青年部を応援する前に、他人に立派な指導をする前に、自分の信仰を証明してくださいと思う。反論して、わたしに注意の一つもしてみなさいと思う。法の絶対性と、創価に欠けていると思われる使徒的使命の歴史的考察を把握してくださいと思う。少なくとも幹部と言われる人には必須でしょうに。青年部を応援するというのなら、明確に答えるべきです。ただ和気藹々と仲良くする前に、自らの信仰がいかに強固であるかを、その人格とともに証明すべきです。わたしたちは、明日をも知れぬ命なのですから。今、つつがなく正義を叫んでいても、明日は堕地獄かもしれません。口汚く罵る退転者になるかもしれません。なにも保証はありません。わたしは曖昧な姿勢を許したくない。
    創価ではよく「魂の独立」と言います。魂とは何だろう。大聖人から譲り受けた正しい信仰の継承ということでしょうか。わたしは同時に思想の自由、権威を否定した精神の独自性を意味するものと考えています。座談会では、意地悪くこのことについても質問しました。数が至上の功利主義、低級な功徳論を得意気に主張したことに腹がたったのです。まるで餌をちらつかせた見え透いた仏法論です。仏法は勝負だと言う。そういう切り文のみを用いて話しするのは、経済的裕福さに価値を置き、利益が功徳と考える、魂の独立とは全く関係がない低俗さだと思います。


    戦争当時、良心的兵役拒否、反戦で獄中につながれた人は数多くいましたが、これらの人々と一緒に、反戦の括りで論ずることは不可能と思います。牧口先生のご心中は、大変複雑だったと推察します。日々刻々急を告げる戦況と並行して、日々刻々、先生の思想も進化したと思います。特に獄中にあって、平和への思いが強く意識されるようになったのではないか。

    松岡幹夫氏は、東洋学術研究のなかで反論(牧口常三郎の戦争観とその実践的展開)を試みていますが、いかにも苦しいというのが偽わざる感想です。視点としては新鮮であり、妥当であっても、「牧口先生が弾圧されたのは、宗教的理由からであり、反戦運動からではない」という学術的常識的見解を覆すまでには至っていないと感じました。
    しかし、松岡論文は大変示唆に富むものです。牧口先生は、獄中で亡くなられるまで教育者でいらっしゃいました。当たり前と言えば当たり前ですが、わたしが言う意味は、かつて小学校に奉仕したように、会員を、しいては万人を、教育的に導く慈悲深き教師であったということです。これは、仏教全体、別して言えば法華経の精神に適うものです。理想に生きながらも、一夜にして体制が変化するような極端な変革を望まず、漸進的、現実的な方法を模索する生き方です。一歩間違えば、体制側に利用されやすいという危険はありますが、「人生地理学」で説かれた人道的競争という社会進化論へのアプローチは、遠い未来を展望したものであることも考え併せると、牧口先生は、どこにでもいる、家族のことを、誰よりも心配し、思いやるような優しいおじいさんだったのではないでしょうか。急進的改革を望まない一市民の感覚を持った穏やかなおじいさん。争いは好まなかったけれど、非情な時代だったからこそ、主張を曲げることができなかった。どこまでも諭すように、教育的に会員に接しようとしていました。そのような慈愛を、威厳に満ちた顔写真を見ながら、わたしは思ったのです。創価の創立者として、これ以上の人はおりません。仏智と必然的歴史を証明するかのように、創価が誕生したのです。壊滅的な暴力を受けても、その内面には妙法で説く蘇生力、レジリエンス、悪に対する反抗心が秘められておりました。

    デカルトが「方法序説」の冒頭で明らかにした理性への信頼は、精神の自由を獲得する革命的原理の最初の宣言でもありました。仏には世雄という異名があります。古い思想を壊し、革新的思想を社会に流布する英雄の登場を待ちわびる時代は、不幸な時代に相違ありません。牧口先生の苦闘を知れば、よく理解できます。神の啓示への服従を否定できなかった「方法序説」に、懼れずに付け加えると、妙法信仰者にとって、理性は妙法への祈りという行動によって、真価を発揮するのですね。牧口先生の平和への祈りは、その後の創価の発展につながり、絶対的反戦を含む多彩なアプローチとして展開されつつあります。なにより現実を再構築する勇気が必要ですが、政治的スタンスに顕著に表れているように、保守的であって、革新的ではありません。
    また思想(魂)の独立と権威の否定はセットです。創価には絶対的権威など存在しないし、もしも安易に絶対性を強調するのであれば、思想の独立性を否定するものと考えます。はっきり言えば、組織においては「絶対」の言葉の使用ほど慎重にならなければならないのです。また組織において「絶対」はないことも銘記すべきです。わたしたちが求めている魂の独立と解放があるとすれば、個人的生活の場での一人一人の祈りと努力による結果です。
    牧口先生は絶対的非戦論者だったのか、なかったのか。またほとんどの会員が、軍部の圧力を恐れて退転した事実をよく検証しなければならないでしょう。これは創価のためというより、自分自身のためにです。松岡氏ははからずも、牧口、戸田先生だけが、なぜ宿命に屈しなかったのかを、「絶対的法に殉ずる使徒的意識」と述べています。

    思想は自分自身のより大きな可能性に気づかせてくれます。妙法の真の力用は、他者との関係性のなかにあります。この発想はごく単純であるがゆえに堅固であり、人間は人間のなかでしか生きられないとする、わたしたちが日常で感じている当たり前の感覚からくるものです。
    「人生は無常である」という問題提起自体が、すでにイデオロギーです。さらに自己と他者の関係性を説くこと自体、イデオロギーです。人間は政治的動物なのです。今までどれほど力関係に左右されて、正義を失ってきたことだろう。賢明さと言われるものは、ごく少数の人間の徳でしかありません。仏教徒だからというだけで、どうして賢明だと言うことができるでしょうか。
    その他大勢の幹部など気にするな。
    独立自由を愛して暗闇を一人歩め。
    犀の角のように。
    生きるって大変だよね、思い通りにならないし☆Che!


    ♡わたしがまだ2才のころ、父と母、姉とわたしの4人組のチームは、鳥海山に登山しました。わたしは父の背中に縛りつけられるように固定され、ほっぺたを赤くしていました。2才にしては平均より大きかったと聞いていたから、父も大変だっただろうなと思われ、また家族がそれぞれ勝手なポーズをとるスナップ写真を見ると、思わず笑みがこぼれます。
    八合目付近に残る雪渓と噴火湖、手を入れれば切れそうなぐらい冷たかった水は、家族の話を聞いてうらやましく感じました。わたしには、全く記憶がないんですもの。当たり前のことですけど。

    母は今よりずっとスマートだったし、美しく輝いて見えるのはどうしてかしら。きっと若さのせいかもしれませんね。姉は小さいときから、飛び跳ねるように元気が良かった。だから、わたしはいつも振り回されていたけれど、わたしと違って、食は細いし、好き嫌いも激しいし、運動量のわりにはカロリー摂らないから、あんまり大きくなれなかったのね。平均身長っていうところだから、不満はないと思うんだけど。でも、姉の度胸には敵わないとしても、心臓の大きさは、わたしの方が大きいと思う。大きさと強さは関係ないかもしれないけど、大きいと持久力はあるでしょう。姉は、鮭とイクラが大好物。鮭さえあれば、あとは何もいらないっていう鮭っ子みたいな人。
    恐いもの知らずの姉の厳しい鑑定結果を申し上げますと、広布一筋のチョ~強信。感情の起伏激しく、感激屋。うれしくっても悲しくってもすぐ涙を流すから、涙には慣れっこになりました。正義心も鉄のように固い。トレンディ―・セレクションとセレブリティーに憧れていながら、自分だけの倹約委員会を作り、節約に励み、預金のすべてを広布基金と財務にする猛女。創価とお友だちでいるのは大変なことよ。こういうタイプ、ハガネの女というカテゴリーに入れておきますね。おかげさまで、結婚するとき、貯えは0、0、0。
    「どうしてきれいさっぱり、0なんだろう?」と、頓珍漢なことを言っていたけれど、みんなお友だちにあげたでしょう? そういうところは、大らかでこだわりがないというか、きっと貧乏という意味なんて知らない人生になるんじゃないかしら。なんとかなるもんですね。わたしには真似できませんけど。真似しようとも思いませんけど。

    故郷の三面川(みおもてがわ)河口には、義経伝説が残されています。兄に追われて、平泉に逃れた道筋に、ゆかりの神社があるのです。伝説の多くは、人々の願望が反映されています。歴史は川の流れのように悠久に続き、その時代に生きた人々の悲喜交々の感情も、霞のなかにかすんで見えるだけですが、今思いを馳せて涙するのも、現在をより良く生きる人間のために、与えられた特権ではないでしょうか。歴史を作り動かすのは人間自身なのであり、歴史は歴史家のためにあるのではなく、学ぶためにあるのですから。

    豊かな水量を誇る三面川のほとりに立てば、その源流の清浄さに触れてみたいという感情が、自然と湧き上がってきます。河口の水も源流の水も、水に変わりはありません。
    同じように、鏡を合わせたように、大御本尊さまの命を写し取った個々のご本尊さまにご祈念していても、源流である大御本尊さまに思いを寄せるのは、普通の感情ではないでしょうか。わたしは今まで、ご本尊さまから流れる無尽の水脈を、一度も疑ったことはありません。その水脈の途中に、人為的な堰や障害がいくつもあることに、不信を抱いているのです。

    人間は、厳格な教義だけで生きられるものではありません。厳格さだけを求めたら、人間性も失いかねません。また正しいというだけで、すべてに耐えられるものでもありません。矛盾しているようですが、そもそも割り切れないぐらい複雑な心の襞を持っている人間は、正義を求めながら、悪を容認し、愛を求めながら、憎しみに心震わせる、避けがたい宿業があることに気づいています。
    母のように優しい顔をした第六天の魔王は、何のために存在するのでしょう? 存在には必ず理由と動機があり、さらに無価値なものはありません。
    究極の悪は、正義と善を証明するためと解説しても、何らおかしくありません。正義と悪は、うりふたつなのです。コインのように表と裏の違いだけなのです。悪は克服しなければならない。しかし、悪が永遠に消滅することを意味しているわけではないのです。

    この地球上で、利己的、排他的、暴力的生物といったら、人間以外におりません。その最悪の生物が地球を支配しているという甚だしい生物自身の思い上りは、やがて、森や海や山といった偉大な自然の力によって、裁かれるでしょう。人間を主に、自然との関係性を鋭く追求した「人生地理学」は、未来のための書です。20代で、このような書に取り組まれ、完成された哲人教育者を、天才と言わずして、どのように顕彰したらよいのでしょう。
    身近な郷土から世界への関係性を謳い、世界からの恩恵を郷土のなかに見る。郷土とは世界のことであり、世界は郷土の繁栄なくしてありえません。個が全体を表し、全体は個に収斂する。牧口先生は、妙法に出会う前から、仏教的求道者であられました。一身のなかに、宇宙の法則が遍満すると説く妙法と、「人生地理学」で説かれる真理への洞察過程は、酷似しています。具体例の提示は、この書を読む対象が学者ではなく、現場教育者を想定したからだと思います。発表当時、アカデミズムな学会から無視されたことでもわかります。凡知は凡人の称賛を受け、英知は理解されずに葬られようとします。
    先生が、普遍的命題に思い当たったのは、きっと学問的啓示をうけたからに相違ありません。そこに見られる経験と理論と実証は、はからずも仏法が説く三証〈文理現〉の巧みな援用と言ってもよいのではないでしょうか。

    親交があった柳田國男は、民俗学の祖とも敬称されていますが、柳田は過去を溯り、牧口先生は未来を志向しました。体制がまず弾圧するのは、未来志向の人間であることは、よく考えてみればわかることです。さらに、暴力的人間の目的は、郷土と郷土に生きる人間の絆を破壊することです。牧口先生の人道的競争は、未来予言でもありました。不思議にも中道的英知でもあることに、先生の思索の深さを偲ばずにはいられません。平和実現の本質は、郷土に平和を実現することです。したがってそこから、わたしたち創価のあるべき平和運動も見えてくるのではないでしょうか。

    波乱の人生であられた先生は、人間の最低の品性である暴力と戦われました。他を傷つける暴力は、自己の命をも傷つけ、無残にも回復できないダメージを与えます。どんな小さな暴力も認めてはならないし、法律や人間が作った規則や制約はごまかすことができても、生命の法の因果律は決して許しはしない。
    聖者はただ道を説くだけでなく、社会のなかで教育的に導く使命を担っています。わたしは、獄中におられた先生が自らの思想を深化させ、大聖人の懐に入り、国家への間違った奉仕から国家を超えた反戦へ、深く決意されたものと考えています。


    義経伝説が残る神社は、漁師の無事故と海への畏敬から祀られているのでしょう。この神社に行く細い道の入り口には、小さな公園があり、釣りに来た人たちの駐車スペースになっています。春になれば桜が咲き、川の水面に風にのって花びらが散る。やがてこの花びらは、荒々しい日本海へ流れ、儚い夢をみる間もなく、海底に消えていく。
    わたしは、桜花が好きです。日本人であることに誇りを持ちたいと思えば、桜のイメージが重なります。
    牧口先生をはじめ、明治人は、桜花のような気品を色濃く感じさせます。
    新渡戸稲造の「武士道」に、桜について書いた美しい一節がありました。

    『武士道は、その生みの親である武士階級からさまざまな経路をたどって流れだし、大衆の間で酵母として発酵し、日本人全体に道徳律の基準を提供したのだ。もともとはエリートである武士階級の栄光として登場したものであったが、やがて国民全体の憧れとなり、その精神となったのである。もちろん大衆はサムライの道徳的高みまでは到達できなかったが、武士道精神を表す「大和魂」という言葉は、ついにこの島国の民族精神(エートス)を象徴する言葉となったのだった』
    『私たちの愛する桜花は、その美しい装いの陰に、トゲや毒を隠し持ってはいない。自然のなすがままいつでもその生命を捨てる覚悟がある。その色はけっして派手さを誇らず、その淡い匂いは人を飽きさせない。草花の色彩や形は外観だけのもので固定的な性質である。だが、あたりに漂う芳香には揮発性があり、あたかも生命の息吹のように、はかなく天に昇る。それゆえにあらゆる宗教的な儀式において、乳香と没薬は重要な役割を演じるのである。香りはどこか霊的な働きがある。(中略)
    ならば、これほど美しく、かつはかなく、風の吹くままに舞い散り、ほんの一瞬、香を放ち、永久に消え去っていくこの花が「大和魂」の典型なのか。日本人の魂はこのようにもろく、滅びやすいものなのだろうか』
    <訳:岬龍一郎・PHP文庫>

    牧口先生の高潔な精神は、信仰者の備えるべき品性と思います。また、現在の日本人が失った最も尊い魅力なのではないでしょうか。潔き師に仕え、潔き生を全うする桜花のような品格こそ、師弟の美しさだと思います。
    自己犠牲の精神を、過去の遺物として否定するのは、まるで花枝を折るように簡単なことです。しかし、菩薩の救済行為は、自己への限りない信頼に立った自己犠牲なのではないでしょうか。不軽は多くの犠牲をはらい、救済の道を歩んだのではないでしょうか。牧口先生も妙法という宝珠のために、自己犠牲の潔さで命を全うしました。
    わたしは、歴史からの贈り物を粗末に扱うことに、ためらいをおぼえます。創価は自身の過去を、正しく認識する必要があります。
    美徳と言われ、品格と言われるものは、自律心を敬い、養う、自己完結の潔さだと思う。と、わけわかんないことを言う、わたし自身の品格のなさ。失礼しました。

    『同じ一樹に陰を求め、同じ一河の流れを汲む』
    女に生まれ、女であることに喜びを見出し、運命を拓きゆく優しき賢者になるための心得と戒めています。一途さは男女の区別なく、人間としての最も高貴な徳性と、赤くなった木々の葉が散る、移りゆく季節のはざまで、ふっと感じた。
    何事も変転するなかで、変わらないものこそ尊い。


    Heroine's Journey - Dwayne Ford





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    「創価教育学会の回想」

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    牧口先生の反戦 1

    11月18日は 牧口先生のことを、いつも思います。
    殉教について、深く考えます。

    歴史はいつも勝者の歴史です。勝者の都合がよいように書き換えられるのが、わたしたちが学ぶ歴史であることは常識です。創価にあっても、都合の悪い歴史を隠蔽することなく、客観的視点に立った歴史認識が、創価の普遍性を高めるものだと思います。一般会員にすれば過去のことなど、たいして気にかけていません。少し虫に食われていたり穴があいていても、おおよそ、道理で編まれた大きな風呂敷に包まれた平和団体であれば、それで十分なのです。しかし創価大学を中心とする歴史研究者の皆さんは、そういうわけにはいかないでしょう。文献からすでに多くの事実を知り、明らかにしていると思いますが、なぜ大胆に論文を公表しないのか不思議です。
    歴史は積木と同じでなないでしょうか。毎日、わたしたちは一個一個の積木を積んでいるのです。その一個の積木が、他と調和することなく不安定であれば、いつかは崩壊します。たった一個のパーツによって、すべてに影響を及ぼしかねません。創価の未来は青年のもの。青年らしくどこまでも率直で清くいたいという願いを、裏切ることがないようにしていただきたいと思います。

    「人間革命・第7巻」で戸田先生のご生涯を展望し、次のように書かれています。

    『戸田城聖の全生涯を、つぶさに展望するとき、彼の原点ともいうべきものを、一体、どこに求めたらよいのかとなると、にわかに判定は下しがたい。
    彼は、教育者でもあったが、いわゆる世間並みな教育者ではなかった。事業家でもあったが、いわゆる事業家ではなかった。宗教家でもあったが、通例の宗教家からは、遠いところにいた。また、民衆指導者でもあったが、それは破格な民衆指導者であった。
    彼の存在は、これらの世間並みな範疇を破ったところに、その独創性を深く持していたのである。こうした独創性が、どこから生まれたかとなると、人は天与の才能や、性格に帰したがるが・・・その天賦の資質を思う存分に発揮させたものは、いったい何であったかに思いをいたすとき、戸田城聖という一個の人間における原点に近づくことができるように私には思える。
    独創性とは、人真似を許さぬところのものである。そして、未聞のあるものを生むところの力である。特徴などという安易な解釈が、色を失うところにあるものだ。特徴のある人間は、なるほど無数にいるが、真に独創的な人間は、まことに稀である。また、その独創的な人間が、一事を成し遂げるかどうかとなると、更に稀であるといってよい。
    戸田城聖は、人真似の及ばない完璧な独創性をもっていた。この独創性が、いつ、どこで、力となって確立されたか、それを果てまで追究していくと、どうしても、あの獄中の、崇高にして峻厳な一瞬を見のがすことはできない』


    戸田先生は、分かりやすくダイナミック、人間的魅力に満ちた傑出した指導者だった。民衆を包みこむ大きな人格は、過酷な獄中を生き延びた体験に支えられたものだと思います。創価は、三代の独創的指導者によって、現在があります。次世代のリーダーもまた、破格な行動哲学を持ち、民衆を愛し、創造的言葉を発する人間でなければなりません。
    戸田先生は、牧口先生を述懐し、次のように言われています。

    images11.jpg『私が先生のことを申し上げると、話が尽きなくなります。なぜなら、そのころ叱られていた連中の大将だったからであります。私と先生の仲は、親子といおうか、師弟といおうか、いい尽くせないものがある。私は、先生の本当のものを知っていた。<中略>
    私は、先生とはまったく違う。先生は、理論の面から御本尊を信じ切っていました。私は、実証の面、功徳の面で信じている。
    先生は謹厳実直だったが、私はルーズだ。先生は目白に、私は目黒に住んでいた。先生は非常に勉強家なのに、私はさっぱり勉強せぬ。また先生は酒は飲まないが、私は大酒飲みだ。
    これだけ、まったく正反対の性格でありながら、先生と私の境地は、ぴったり一致していた。私の思想内容は、先生からたくさんいただいている』

    創立者としての牧口常三郎は、明治人の気骨を漂わせた風格ある先生でした。激しい改革への情熱を持つ厳父でありながら、ことのほか優しい市井の宗教教育者でもありました。その清廉な魅力と業績は、創価の父としていつまでも光り輝き、語り継がれていくでしょう。創価がこれから、どんな困難な時代を迎えようと、原点として忘れてはなりませんね。

    高校生のとき、創立記念日特集の聖教記事のなかで、わたしは始めて、戦中戦後の学会史を知りました。聖教は、毎日でなくても読んではいたし、そういうことを知る機会はそれ以前にもあったと思うのですが、関心があまりなかったというか、わたしも学会3世の平均的な姿勢を外れるものではなかったように思います。
    そのとき読んだ牧口先生と宗門のやりとりのなかで、疑問に思った文章がありました。

    『昭和18年6月に学会の幹部は登山を命ぜられ、「神札」を一応は受けるように会員に命ずるようにしてはどうかと、二上人の立ち合いのうえ渡辺慈海師より申しわたされた。
    御開山上人の御遺文にいわく、
    「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」
    この精神においてか、牧口会長は、神札は絶対に受けませんと申しあげて、下山したのであった。しこうして、その途中、私に述懐して言わるるには、
    「一宗が滅びることではない、一国が滅びることを、嘆くのである。宗祖聖人のお悲しみを、おそれるのである。いまこそ、国家諫暁のときではないか。なにを恐れているのか知らん」と。
    まことに大聖人のご金言は恐るべく、権力は恐るべきものではない。牧口会長の烈々たるこの気迫ありといえども、狂人の軍部は、ついに罪なくして罪人として、ただ天照大神をまつらぬという“とが”で、学会の幹部21名が投獄されたのである。このとき、信者一同のおどろき、あわてかた、御本山一統のあわてぶり、あとで聞くもおかしく、みるも恥ずかしきしだいであった。牧口、戸田の一門は登山を禁ぜられ、世をあげて国賊の家とののしられたのは、時とはいえ、こっけいなものである』
    (創価学会の歴史と確信)


    『一宗が滅びることではない、一国が滅びることを、嘆くのである』という言葉が納得できませんでした。わたしは、この初歩的な創価の歴史の一歩を、何も疑問に思わず通過していくまわりの人を、うらやましいと思いました。なぜ、わたしはつまずいているのだろう、なぜ疑問に思わなければならないのだろう、と自分の信仰さえ疑いたくなるような思いに駆られました。 一宗とはつまり、日蓮正宗のことであり、しいては日蓮仏法のことと解します。宗教は、国家という小さな枠を越えた普遍性を持っているのではないでしょうか。その日蓮仏法が滅びても、国家が滅びるのを嘆くとはどういうことなのでしょうか?
    信仰は滅びても、日本国は滅びてはならない、という意味にしか考えられかったからです。「一国が滅びることではない。一宗が滅びることを嘆くのだ」と言えば、納得できたかもしれない。父に恐る恐る聞いたら、よくそういう疑問に行き着いたねと褒めてくれた。こういう質問をする相手は、母にするより父にするにかぎるよね。母は深く考えることをしないから、つまり戦争反対ということよと結論だけを言って、説明がないまま終わってしまう。
    わたしはそれ以来、しっくりいかないものを胸に納めて、考え続けてきたといってもよいのですが、こういう疑問を言う人は、今まで出会わなかったので、わたしだけだろうかと思ったりする。でも、疑問を持ってよかったと思う。当時の異常な集団ヒステリーのような独特の天皇観、愛国思想について、知ることができたからです。
    「小説・人間革命」で、山本伸一は、戸田先生と始めて出逢ったとき、愛国者と天皇観について質問しています。当時の青年にすれば、国家と国民のあるべき関係について、多くの問題意識があったと思いますが、軍国主義から民主主義へ、天地がひっくり返るような社会変化のあとで、明確な答えを出す人間がいなかったのではないでしょうか。

    第二次世界大戦は、明治維新の尊皇攘夷が、形を変えて昭和に復活したとも言えなくもありませんが、元々、天皇を中心とした政治体制は、日本人にとって親しみやすいものでした。儒教的忠義心と国家神道の国体精神は、民族を形作るルーツのようなものです。柔軟な進取の国民性が活発だったのも、民族のアイデンティティーが、しっかりあったからとも考えられます。島国根性と蔑まれることが多いのですが、民族の独自性こそ誇りにすべきです。戦後教育は、戦争の反省から、この民族の独自性をかぎりなく薄めるものだったのではないかと思います。それがよかったのかどうか、わたしにはわからないけれど、世界市民としての自覚とのバランスが大切なのではないでしょうか。
    言葉が通じない他民族の侵略と国家の興亡は、陸続きの大陸では頻繁にありました。日本が侵略しにくい島国であったことも、大聖人の世界観に影響を与えていると思います。同じ日本人に迫害を受けたことは、強い主張と教団を作る上で好都合だったようにも思えてきます。仏法流布が国土を選ぶことは仏の基本的信念、つまり仏の生命に内在する法則のようなものです。
    明治の信仰者には、宗派は相違していても、ある意味心情のどこかに通底した志向があったように思います。それは、天皇を中心とした日本の歴史と国柄への尊敬です。明治維新は日本的な革命ですが、その革命を経験した社会の絶対的理念ともいうべき存在が天皇でありました。それは人と法が一体の宗教的概念にも等しい存在で、おかすべからざるものでありました。普通の宗教はほとんど人法体一で、宗祖あるいは指導者はその教義を体現しています。それと同じく、天皇は日本国そのものであり、国家の根本的精神を具体的に表出していました。

    父親の答え。
    「一宗が滅びることを言っているわけではない。一宗と一国、どちらが大事かというような考えでは間違った解釈。なにより、国が滅び、民衆が苦しむのを嘆いているのだ。妙法の目で見れば、国が滅ぶのがわかっているからだ。大聖人の仏法は決して滅びない」
    強い信仰のある者が、創価の期待を背負って答えている。

    わたしは今は、父親とは違う考えを持っています。
    一宗は滅びても、日本国は滅びてはならない。牧口先生の言葉を、素直に、そのままの意味に解釈しています。
    世界大戦時代、英米に日本は決して負けてはならない。靖国に参拝し勝利を祈りました。天皇に忠誠を誓いました。
    戦争に勝利するためにはどうすればよいか?
    日蓮が説くように、天照大神に祈念しても、日本は救われない。妙法を忘れて諸天善神に祈念しても、却って国難に遭うばかり。
    そのような固い信念と信仰のなかで、妙法に殉じたのは当然のことかもしれませんが、決して不戦を訴え、平和を指導し求めて軍国主義と対立したわけではありません。牧口先生のご子息は軍に徴収されて戦死しました。真に平和を求めるのなら兵役拒否という選択もあったと考えるのですが、選択で苦悩した形跡も 抵抗した様子もありません。
    先生の逮捕前に盛んに行われていた大善生活実証座談会では、戦意高揚を図るとともに、戦争勝利を訴えています。こういう資料の分析や研究は、創価が進んでやらなければなりませんが、聖教やその他の出版物を見る限りたいへん消極的です。歴史の凝視を避けているとしか思えません。創価は、平和団体という評価の定着が、覆ることを恐れているのかもしれません。甚だ都合が悪い事実を隠すという行為は、創価に限らずよく見られますが、その点、キリスト教の各宗派は真摯に自省しています。歴史を侮るものは、歴史から反省を迫られる日が必ず来るでしょう。仏教者自身が信じているように、因果応報の理からは逃れることはできません。善の宿業、悪の宿業、負の宿業も同じです。


    。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*


    大善生活実証座談会の記録が残っています。
     大善生活実証録(第五回総会報告)
     http://www.butujoji.jp/hashaku/antiwar01.htm

    第五回総会記録

     創価教育学会第五回総会は、昭和十七年十一月二十二日東京市神田区一ツ橋教育会館に於て開催された。出席会員は約六百名、午前十時宮城遥拝、黙祷の国民儀礼の後、稲葉理事による学会綱領の高唱があり、ついで左記順序によって議事を進めた。別室の広間には創価教育指導法を指導原理として得られた児童の成績品と、華道部員の手になる生華の作品が陳列され、正午の休憩時間には同広間は観衆で満たされた。午後は先ず役員並びに委員の紹介に始まり、再び会員の体験発表あり、之が終るや牧口会長の講演に移り、最後に戸田理事長座長となって全員座談会を開き、真剣なる質疑応答があった。ついで生活革新クラブ員全員登壇して、クラブの歌を斉唱し、吉田理事の指導にて遠く戦野にある牧口会長令息洋三君をしのぶ軍歌を高唱し、厳粛な会場に一抹の和気を送り、最後に西川理事の閉会の挨拶あり、次いで牧口会長の発声にて、聖壽の萬歳を三唱し奉って午後五時過ぎにめでたく散会した。
     本総会は前総会と比較して第一に出席者数に於て二百名近くを凌駕し、講堂の二階までを使用するの盛況であった。前回より開催時期が遅く些か秋冷を覚えたが、会員は終始熱心に傾聴し登壇者の発表内容も飛躍的に充実し、音声また低きに瓦る者殆んど皆無といふ状態で、他の会合に見ざる模範的のものであった。亦別室に於ける教育研究部の成績品発表や、華道部の作品展覧も世上一般のそれと趣を異にして、正直捨方便の実証といふことが出来た。即ち、成績品は巧拙共に少しも手を加へぬまゝの発表で、しかも指導法の要領を観衆に会得せしめるための説明を附したる等、回を追って著しい進歩を遂げ、価値創造の精神を実験証明して余すところがなかった。
     これを要するに本総会は実業家の営業成績の報告、国民学校教育実験成績品の陳列、創美華道部の速成的生華の展覧と共に、即身成仏の例証としての人格を提示した上、それ等の由来した根本原因の体験談の交換をなすのを目的とし毎回飛躍的な向上進歩を実証する集会ゆゑ、利、善、美に亘る価値創造の実験証明総合展覧会と謂ふことが出来よう。



    開会の辞

     本日は誠に御多忙の際に、かくも多数の御出席を得た事は、主催者側として欣びに堪へない次第である。本総会の目的は吾等の法華経の実験証明の集録と大善生活法の研究である。
     大東亜戦争も一週年の垂んとして、
     陛下の御稜威の下、我が陸海軍将兵が緒戦以来、赫々たる戦果を挙げてゐる事は、吾等の衷心より感激に堪えない次第であるが、然し一方世界の様相は層一層混乱の一路を辿るのみで、修羅地獄とはかう云ふ事を云ふものとの実感を与える。
     我国としても、もう寸毫の妥協も許されず、勝つか負けるかの一事のみ、否、断じて勝つの一手あるのみである。この渦中にある日本の大国難に際し、殉国の大精神にして世界の指導理念は何であらう。法華経である。法華経精神である。否、法華経の実践、即ち我が学会の提唱する大善生活のみである。
     我が創価教育学会に於ても、会長牧口先生には、この一大憂国運動に、挺身されてゐるは、又宜べなるかなと肯づかれる。御高齢にも拘らず、日夜の御苦労は全く超人的で、却て身近にある幹事の私等が案じ申上ぐる次第である。此処にも大法に生きる強い姿をはっきりと教へられる。
     この先生の御指導下に、戸田理事長以下、四千の我等学会員が、この半歳にどんな生活証明をなしたであらうか。どれだけ御国に尽し得たであらうか。
     この実験証明の披露と検討を、本日は午前午後に亘りゆっくり諸君と致さうではないか。
     救国の大理想の本に我等が職域奉公の生活法を究めようではないか。一言以て開会の辞とする。
     本日のすべてに就いて、批評なり又意見なりありましたなら、備付の用紙に御認めの上、忌憚なき御投書をお願ひする。



    会員体験発表第一部

    大悪人が大善人となる

     私は世界一の大善人であり、世界一の大善生活を行ってゐるものである。
     私が、こんなことをいふと、この一老人を見て、あの男は何をいふか。気でも狂ったのではないか、と云はるるであらう。
     しかし、私の考えは、絶対に間違ってゐないと思ふのである。これは牧口先生の言はれたことを、そのまま云ってゐるにすぎないのである。牧口先生に教へられたことを、その通りに信じて、云ってゐるのであるから、牧口先生の申されたことが、間違ってゐなければ、私の云ってゐることも、絶対に間違って居らないのである。従って私は少しも気なんか狂ってゐないのである。その私を気が狂ってゐると見る人があれば、その人の方が気が狂ってゐるのである。
     大悪思想とは何か、聞くも恐ろしい共産主義思想である。私は、英、米の自由主義、個人主義思想にかぶれてそれに負けて、共産思想にかぶれた、おそろしい悪魔の生活に入ってゐたのである。それを懺悔して、今、大善生活人になってゐる。そしてこの世界の大悪思想を撲滅して、世界の人を大善人にしてやることを、自分の仕事としてゐるのである。ですから、私は大善人で、この私の生活は、大善生活であるのであります。
     私が、この大自覚に入ったのは、今もいふ如く、牧口先生の教へを受けるやうになってからのことである。(以下、省略。)

     私の願ひは、一身一家ではない。この世界の大動乱の中にあって、この世界に皇道を宣布し、世界中の大悪思想を撲滅し、世界中の人を大善人とし、大善生活に入らしめなければならぬと思ってゐる。
     英、米の自由主義、個人主義、利己主義の思想はもとより、世界のすみずみまで、蝕んでいる共産主義思想を撲滅することが、吾々のつとめである。この大悪思想は、大東亜戦下、御稜威によって、次第にそのかげをひそめつつあるとはいへ、これは、武力だけでは、撲滅しつくすことはできない。
     殊に共産思想は、われわれ大善生活の真向の敵で、これを根本的に掃蕩しないかぎり、大善生活は、その真の価値―――利、善、美の極地を発揮することは出来ないと思ふのである。(以下、省略。)



    全員座談会

     戸田理事長座長となって司会し、次ぎの議題について研究する。
     一、退転防止の現状並に対策
     二、国家観念の問題

    (中略)この時、牧口先生も関係者の一人として神社問題について次ぎの通り説明される。

    【牧口先生】 この問題は将来も起ることと思ふから、此際明確にして置きたい。吾々は日本国民として無条件で敬神崇祖をしてゐる。しかし解釈が異るのである。神社は感謝の対象であって、祈願の対象ではない。吾々が靖国神社へ参拝するのは「よくぞ国家の為に働いて下さった、有難うございます」といふお礼、感謝の心を現はすのであって、御利益をお与え下さいといふ祈願ではない。もし、「あゝして下さい、こうして下さい」と靖国神社へ祈願する人があれば、それは恩を受けた人に金を借りに行くやうなもので、こんな間違った話はない。天照大神に対し奉っても同様で、心から感謝し奉るのである。獨り天照大神ばかりにあらせられず、神武以来御代々の天皇様にも、感謝し奉ってゐるのである。萬世一系の御皇室は一元的であって、今上陛下こそ現人神であらせられる。即ち、天照大神を初め奉り、御代々の御稜威は現人神であらせられる今上陛下に凝集されてゐるのである。されば吾々は神聖にして犯すべからずとある「天皇」を最上と思念し奉るものであって、昭和の時代には、天皇に帰一奉るのが国民の至誠だと信ずる。「義は君臣、情は父子」と仰せられてゐるやうに、吾々国民は常に天皇の御稜威の中にあるのである。恐れ多いことであるが、十善の徳をお積み遊ばされて、天皇の御位におつき遊ばされると、陛下も憲法に従い遊ばすのである。即ち人法一致によって現人神とならせられるのであって、吾々国民は国法に従って天皇に帰一奉るのが、純忠だと信ずる。天照大神のお札をお祭りするとかの問題は萬世一系の天皇を二元的に考え奉る結果であって、吾々は現人神であらせられる天皇に帰一奉ることによって、ほんとうに敬神崇祖することが出来ると確信するのである。またこれが最も本質的な正しい国民の道だと信ずる次第である云々。

     これにて座談会を閉ぢ、岩崎氏の緊急動議で出征中の牧口洋三氏のため「生活革新同盟の歌」を合唱、次いで吉田春蔵氏の軍歌独唱があって閉会の辞に移る。


    。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*


    上記の牧口先生の座談会での指導や会員の発言は、現在の会員には受け入れがたい内容です。こういった記録が、どれほど残っているのか、おおいに興味があるところですが、戦中の弱小一教団の書物や記録は紛失している可能性が高く、創価の軌跡をたどり、証明するのは困難かもしれません。だからといって、不確かのまま、疑わしいままにしておくことはできません。歴史認識こそ、発展の基礎であることを銘記すべきです。過去を見つめることができない人間は、未来に本当の自分自身の姿を想像することはできないでしょう。

    なお近年、多くの資料が発刊されていますが、貴重な本もあり、個人として購入するには難しいところあり、図書館等を利用すれば閲覧できると思います。ともかく、信仰者の最も必要な徳目に正直さがあると考えますが、歴史の真実をそのまま受け入れる正直さが、信頼を得る確かな信仰のあり方と考えます。


    Changing Heart - Audiomachine





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    創価教育学会本部関係者の治安維持去違反事件

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    半狂人格と説明責任

    詩人は革命を好み、革命に捧げることを詩人の生きざまと心得ていますが、わたしにはそこまでの覚悟はありませんので、本当の詩人にはなれません。また才能もありません。
    批判は詩人の特権です。なにしろ、生来の直観が鋭くて、悪を見抜く能力を持ち合わせているからです。
    わたしは高校生のとき、御本尊さまの前で不可思議な体験をしました。それ以来わたしは自分の使命を強く自覚しています。
    わたしは少なくとも、仏教徒であり、菩薩になる資格があり、他者に共感する感性が人一倍旺盛であることを、いつも心の奥に秘めていて、わたし自身、その激しさに手を焼いています。制御できないほど昂り、わたし自身を支配するからです。でも、慈悲とは言いかえれば、共感力ではないでしょうか。同苦同悲の感情は理性に優り、人を活性化させ、励まし慰めるための行為ですが、同時に、自分自身に力を与える情感です。その発露としての言葉は、自他ともに思い慈しむがゆえに、仏の言葉です。そうであれば、仏は詩人というべきでしょうか?

    ネットというテキストの世界とはいえ、文字には投稿者の品性が宿り、人格までもが込められます。あなたの悪口も批判も、あなたにとっては他者尊重の精神のあらわれなのでしょうか。悪口も論理的でなければなりませんが、感情のおもむくままの悪口であれば、動物の叫びと同じです。優れた悪口というものもあり、それは人の心に強い印象を残します。その悪口は陽光に照らされた慈悲心の陰りかもしれません。
    他者非尊重は自己非尊重であり、あなた否定はわたし否定です。でも、アンビバレンスな感情こそ、人間である証明。悲しみのなかに喜びがあり、喜びのなかに悲しみがあり、愛のなかに憎しみがあり、否定の怒りのなかに肯定の慈悲があり、自己の内面で矛盾なく調和しています。肯定的な進化、変革を信じた楽観主義は、自己実現のためのメソッドでもあると思います。「変革を信じた楽観主義」とは、創価が好む標語のようなものですが、つまりは純粋な内面を育成する賢明な信仰ということです。
    妙法は、自己の制御と解放という「自己の信仰」に収斂しますが、新しいヒューマニズムとして、この「自己の信仰」に立脚したのが、先生の人間主義です。エゴイズムの牢獄から自由になり、自他共生の理想の実現のために、戦う寛容主義者でありたいと思いますが、わたしからすれば、リーダーの説明責任を放棄し、会員を欺いている先生に、不信を感じているのです。あからさまな自語相違です。「自語相違の宗教者」は、最低の宗教者という烙印を押されても仕方ありません。リーダーが疎かにできない説明責任こそ、信頼の要であり、団結の中心的要素です。
    最近の選挙でも、森友・加計学園の首相の説明責任が問題になりました。国会での議会は、結局、あらゆる問題の国民への説明責任を果たす場といっても言い過ぎではないでしょう。

    我が国の政治家の一貫性の無さは目を覆うばかりですが、それはまた、国民の、政治を監視する努力の不足も意味しているように思います。あなたは政治を監視していますか?
    「困難に遭遇してもそれを解決していく才能」とは、常々、先生の指導のなかにみられるフレーズです。会員であれば日々心掛けている指針ともいうべき指導の一つでもあります。人生は予期しない出来事の連続。同じように国家の在りようも厳しい選択と決断の苦しみからは逃れられず、直面する政治家の資質と人間性も危機にさらされる運命ですが、常に困難を乗り越える才知の堅固さとモチベーションが、歴史を動かす要因であると言っても過言ではありません。公明党のかつてのトップだった竹入や矢野は、この危機を恐れ、退いた臆病者でしょう。
    戦略は100年、200年先を見据えた深謀と遠慮から生まれるものです。それはリーダーのあるべき姿の第一要件と考えます。
    問題の始まりと終結のプロセスを見通す英知は、言い換えるならば、問題意識の深度と比例します。いろいろな素因の分解と総合的な判断は、創造力の如何によるものと考えます。
    いつもの公明支援の結果分析は、一般会員の全く予想もできない精緻さで行われているものと考えますが、今までの定型的な技術から脱して数値を定量的に知るだけではなく、十分に会員の心を推量したものでなければなりません。あたりまえのことですね。数値に表れない努力や悩みや喜びのなかにこそ、次の段階へ進むヒントが隠されているのであって、票の数に落胆したり、おろそかにも冷静さを欠いた論理的思考から逸脱すべきではありません。心無い幹部の怖さは、自分の力が劣るがために出た結果と認識せず、同時に責任の所在を明確にしないことです。表層的な問題の捉え方は、何も生み出さないばかりか大きな誤りの原因となり、善良な会員に希望を与えないことを知るべきです。
    組織にはいつも反省がありません。したがって、いつも変わりばえしない支援に疑問を感じない鈍感さが創価を追い詰めていても、会員には認識はありません。公明党の体質は創価の体質の写し絵なのです。

    社会正義、弱者救済、環境、平和というようなグローバルで普遍的価値は、人間の幸福につながる重要な要素です。元々、仏教に限らず、多くの宗教が公共性を重んじ、歴史上でも民衆の支持があればこそ、発展流布してきたものと思います。戦後の近代化のなかで、宗教が世俗化し、無制限な欲望をコントロールする必要に迫られたと思うのですが、神聖な信仰規範としての宗教の役割について試みがなされ強調されてきました。個人と社会の関わりあいのなかで、宗教が果たすべき役割は、先生のご指導を引用するまでもなく、人権や平和、自由や平等、倫理道徳といった基本的な仕組みの公的領域に寄与するものと考えます。

    人格は多くの矛盾を孕んでいても統一性を保持しています。矛盾のまま統一がダイナミックであればあるほど、その人格は人を引きつけ、魅力的に光を放つ。人間の教育組織ともいえる創価のなかでの最良の教師は、厳しさと優しさを併わせ持ち、同苦し、道を示して、寛大に成長を願う人々でしょう。現在の執行部でないことは明白です。
    会員はいつも師の無謬性に悩まされてきましたが、これは師だけの責任ではありません。冷静さを忘れてしまう会員が、妙法の無謬性の延長線上に間違いだらけの「人」をまつりあげるからです。日興上人以来の「御書根本」も、血脈尊重も、法に依るものです。その法に、実体と形を与えたのが大御本尊です。法のみあり、実体がなければ、それは理に過ぎません。実体とは、大聖人そのものの御命のことです。創価では総別の二義を全く疎かにしていますが、『又是には総別の二義あり総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず』との御文を深く思慮すべきです。


    Unstoppable
    E.S Posthumus






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    半狂人格と説明責任

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    詩人と音楽

    前にも言ったことがあるのですが、プレイヤーは最良のリスナーであるべきだと思います。自分にとって必要な音楽的な思想、アプローチの仕方など、過去のミュージシャンから学ぶべきものは多く、特に、ロック・ビギニングとも言うべき60年代の創造性に溢れたシーンには、ドキドキするほどのダイナミズムと瑞々しい感性に魅力されます。

    大学時代、図書館で<ボブ・ディラン全詩集>という本を見つけ、ラッキー!とVサインをしたい気分でしたが、あまりの分厚さに戦意喪失。結局読まずに終りました。稀有な詩人の歩みに、今でも畏怖の念を持っていますが、昨年、ノーベル賞を受賞したときは、十分過ぎるほど資格があると考えていたわたしにとっては、遅すぎるくらいでした。
    初期の傑作<追憶のハイウェイ61>は、ディランにとって、大きな転換期となったと同時に、ロック・ミュージックの流れを変えた60年代の最重要アルバムと考えます。プロテストソングという政治的メッセージ性の強いフォークから、ロック・ポピュリズムへ、エレクトリックの力で切り開いたディランの才能は天才に値する。フォークはアコスティックでなければならないという偏見を打破し、エレキギターを持ったときは、激しいパッシングを受けました。音楽的必然でエレキの可能性を体現していたのに、保守派や現状維持派は、古いものに価値を見出し、改革することに抵抗を示すのです。自由なポピュラーソングの世界ですら、ある程度の時間が経つと、定型の音楽パターンを越えるものは嫌われてしまう。
    まだ読み終えてませんが<ボブ・ディラン自伝>はかなり面白い。
    特にデビューまでの描写はさすが詩人、ニューヨークのショービジネス、エンターテインメントの世界を生き生きと描いております。<クラプトン自伝>は淡々と、まるで他人事のようなストーリーを読んでいる印象でした。クラプトンの性格を表していると思いました。
    <クラプトン自伝>もおもしろかったのですが、<ボブ・ディラン自伝>の方が読み応えがあります。印象的なのは大物プロデューサー、ジョン・ハモンド。新人スカウトにかけては並ぶことがない有能な人物で、未来の音楽シーンを先取りするような見方、考え方は凄い。プロデューサーは時代を作る、シーンを演出するのが仕事なのだとあらためて感心しました。
    ディランの若者らしい率直さと悩み、野心、音楽を愛して止まない心情に共感できます。わたしも音楽を愛して止まないと、ディランに伝えたい衝動にかられました。彼もまた、頭から水を浴びたように、音楽の魔法にどっぷりと浸かってしまった、優しい使徒なのです。今まで雲がかかってはっきり分からなかったディランの等身大の人物像が、鮮明に浮かんでくるようです。ますますディランが好きになりそうです。

    アメリカンフォークの源流には、一人のシンガーがいます。伝説の国民的シンガーですが、開拓者というキーワードで、アメリカの詩人・ホイットマン(1819~1892)と共通する精神が感じられます。ウッディ・ガスリー(1912~1967)、貧しいけれど歌わずにいられなかった強い衝動は、矛盾や悲しみを乗り越えて訴えかけてきます。
    ボブ・ディランもアメリカンフォークの系譜のうえに在り、ウッディ・ガスリーの影響を受けている。正しく言えば、アメリカ生まれのシンガー&ソングライターで影響を受けていない人間はいない。「ガスリーズ・チルドレン」と呼ばれる人々です。

    『ガスリーの考える音楽とは、揺らぐことのない原則を追及する手段でなくてはならず、そのための必然的なかたちをとっていなくてはならなかった。そして彼の場合、その原則はきわめてわかりやすく、オプティミスティックで、明快なものだった。歌を作り、それを歌うものは、人々に語りかけるべき確たるメッセージをもたなくてはならない。・・・
     ウディ・ガスリーは(彼の考える)正しき音楽にとって必要な「精神的支柱の立ち上げ」を、ほとんど独立でおこなったのである』
    (村上春樹「意味がなければスイングはない」)


    Woody Guthrie - This Land Is Your Land





    草の葉『今このときからぼくはきっぱりと宣言する、ぼくは空想上の境界線や限界からは自由になって、
    行きたいところへ足を向け、ぼく自身をぼくの絶対無二の主人となし、
    他人の言葉にも耳を傾け、彼らの言いぶんをじっくり考え、
    立ちどまり、探しまわり、受けとり、考えこみ、
    ぼくを縛ろうとする制約を、穏やかに、しかし断固たる意志の力で脱ぎ棄ててみせる』

    (草の葉「岩波文庫」酒本 雅之訳 以下引用は同じ)
    断固たる意志があったかどうかは分かりませんが、放浪癖があったのは事実です。旅をしている間は、境界線や束縛はなかったろうし、自由であったかもしれないが、それは見方によっては、生活破綻者の現実からの逃亡だったのかもしれません。

    『大地はけっして飽きがこない、
    大地は最初は粗野で、無口で、理解しがたく、「自然」も最初は粗野で理解しがたい、
    挫けてはならぬ、怯んではならぬ、みごとなものが内側にしっかり包みこまれている、
    誓ってもいい、言葉では語れぬような美しくみごとなものがきっとある』

    美しく見事なものとは何だろうか?
    自然のなかに隠れている神?
    自然のように規則性がないようであるリベラルな生きかた?
    自然を愛するデモクラシーのこと?

    『右に左に大地は広がる、
    風景は生気を帯び、あらゆる部分が精いっぱいに光り輝き、
    楽音は待ち望まれている場所に降りそそぎ、望まれぬ場所では鳴りをひそめる、
    万人の道の晴れやかな声、陽気でみずみずしいその情感』
    『魂の流露がすなわち幸福、これぞまさに幸福というもの、
    たぶん幸福は戸外の空気にくまなく漲り、いつも機会を待っている、
    今こそ時は熟して幸福はぼくらめざして流れ寄り、ぼくらはその流れにしっかりと満たされる』

    なぜ家族を顧みず、放浪の日々に明け暮れたのか?
    その理解しがたい衝動は、単純に責任放棄とか逃避とかという言葉で語られるものではないように思われる。実際、彼は大地に伸びる道をひたすら歩みながら、名も無き民の悲しみと苦しみに立ち会うことになる。アメリカという大地、夢が叶えられる光り輝く大地、理想が実る民衆の国には矛盾が満ち溢れていました。
    彼自身、まるで別人のような矛盾を内面に抱え込んでいました。家族的な親密さを望みながら、妻子を養うこと、家族の一員であることの責任を放棄したように見えます。労働者の味方を心底から演じながら、自分は生産的な労働を続けることができなかった。
    不思議なのは彼の意識のなかには、そのような正反対の行動と対立するような感情が違和感なく、在るべきものとして何の疑がいもなく受け入れられていたこと。彼は詩人としての才能に恵まれていました。詩を作り歌うことが労働であり、社会に対する責任のとり方でもありました。
    言葉は音楽です。言葉と音楽は表裏一体です。詩を音楽とともに伝えることができれば、言葉は更に情感がこもった表現になるでしょう。心に響くのです。ギターとハーモニカの素朴なフォークソングは詩の内容を伝える手段としてベーシックな最良の構成ということが言えると考えます。
    それにしてもギターという楽器は、簡単に持ち運びができて、しかも色々なコード進行が可能なのですから、音楽学習とセンスを身につける優れた楽器と言わなければなりません。
    彼の詩と音楽は民衆の声を代弁し、帰納的な結論を導く役割をはからずも担っていました。

    『分かってくれ、偉大な宗教の胚種を大地に蒔く、ただそのことだけを願って、
    ぼくは今からかずかずの歌を歌っていく、その一つ一つに実在の姿を刻みながら』
    『彼らに進路が見つかるようにぼくは情熱の歌を作ろう、
    それから法に見放された犯罪者諸君、君たちの歌もだ、肉親のまなざしで君たちをつぶさに眺めて、ほかの誰とも区別しないでぼくの道づれに加えてあげよう』
    『ぼくは部分にかかわる詩は作らずに、
    総合にかかわる詩、歌、思想を作ろう、
    それから一日のことは歌わずに、すべての日々のことを歌おう、
    それから魂と無縁な詩は一遍たりとも、いやほんのひとことだって作るまい、
    宇宙の物象を見終わった今、ぼくには魂と無縁なものは何一つ、ただの一片だって存在しないことが分かっている』

    彼は悩みながら悟っていたのかもしれない。逃亡しながら前進していたのかもしれない。荒々しい大地に父性を感じ、克服しようとしたのかもしれない。涙のように清浄で豊かなトラディショナルの世界に、肉親の情と大地に蒔く種を感じていたのかもしれない。彼はときにはバカにされながら、犬のように棒で追われながら、ただ歌を歌っていただけなのに、アメリカを愛していたのに、体制から嫌われ牢獄に繋がれもした。大地を吹き渡る風のように歌い継がれてきたブルースを、母が子守唄のように歌ってくれた伝承歌を、まるで麦を束ねて黄金の馬車に積むように、麗しいフォークソングの収穫を、我々に届けてくれたのです。オリジナルの、もっと的確な言葉で言えば、ポピュラーソングの土台を理想的な形で耕し、トラディショナルを一つに収拾し、まとめ上げてくれたのです。
    ウッディ・ガスリーの分かりやすいオプティミズムは、悲惨な内容を詞に歌いながら、何かしら心温まる励ましが感じられます。これらのメッセージソングはナチュラルに、素朴なギターの音楽的詩人の明確な意志を感じさせます。アメリカの大地に根ざしたリアリズムと普遍的な価値を内包しています。


    『ぼくは「からだ」の詩人、そして「魂」の詩人、
    天国の愉楽はぼくとともにあり、地獄の業苦もぼくとともにあり、
    前者をぼくはぼく自身に接木して増殖し、後者を新しい言語に翻訳する』

    ホイットマンに接木されたガスリー。そのガスリーから新しい言語を得たその後の詩人たち。アメリカの大地は詩に溢れている。


    Bob Dylan - Knockin' on Heaven's Door "Original"

    若いときから、悲しみと苦悩が同居した詩人の顔をしている





    Bruce Springsteen - This Land Is Your Land




    【ブルース・スプリングスティーン】
    真理に行きつく道は決まって真っ直ぐではない。稜線にたどりつくためには、霧がかかった谷に下らなければならない。海峡を渡るためには、荒い波頭を越えていかねばならない。不動のものと揺らぐもの。スプリングスティーンはデビューからロックそのものでした。彼は迷いから普遍的な真理に行き当たります。それはわたしのような経験浅い者が知ったかぶりで口にすることではないかもしれませんが、ごく当たり前のことでもありました。感動を与え、献身的に尽くし、心から共感を示し、共生して行くという、他人がどうのこうのではなく、そういう自分の姿勢が人生の喜びなのだという賢者の思考です。「実に自己こそが自己の主。自己こそが自己の依りどころ」とする自己肯定を思い起こさせる選択です。
    流れている川はいつも新鮮です。古いフォークが新しい精神を生み出します。ウッディー・ガスリーという偉大なシンガーが受け継がれていることが、それを示しています。スプリングスティーンが知的なのは、考え抜く力を人一倍持っているからだと思うのですが、それはエネルギッシュな、タフで創造的な、ナチュラルでストレートなライヴを見ればわかります。
    スプリングスティーンのなかには青年の逞しさと壮年の賢さが同居しています。これから先、人気が落ちていくようなことがあっても、彼にとってはさして重要なことではないでしょう。普通に、平凡に生きていくことの重要性を知っているのですから。シンプルに生き、死んでいくことの難しさを知っているのですから。悟った人はシンプルです。
    飾り気のない人柄は、飾る必要がないからだとも言えます。内容がない人ほど外面を飾り立てるものだと考えるからです。



    ~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~


    旅人よ!
    たゆまず真理を求め
    山を越え河をさかのぼり
    諸州を旅する者よ

    流浪の民に
    道に迷いし愚か者のために
    北斗七星の輝きのように
    荒野に立つ風雪に耐えた一本の老木のように
    動じない巨岩のように
    故郷を思い出させる大河ミシシッピのように
    父のように寛容で
    母のように豊かに
    希望の言葉を分け与える人よ

    旅人よ!
    孤高の人よ
    切り立ったロッキーの峰々を支配し
    天を栖とする大鷲のように
    風に乗って舞い上がり
    眼光鋭く
    地上のすべての動きを知り尽くし
    生と死の瞬間を見定め
    時を超越した者よ

    臆病者の俺の話を聞いてくれ
    旅してきた証を聴いてくれ
    このしわがれた声で歌うから
    長い旅を続けて 巡り巡って
    また懐かしい故郷に帰ってきた
    もう老いぼれになっちまったが
    優しい娘が一人助けてくれる
    昔の仲間が出迎えてくれた
    俺はここでまた畑を耕して暮らす
    太陽と山と風といっしょに

    旅人よ!
    斧を振りおろすように
    運命を断罪する勇気ある者よ
    俺の話を聞いてくれ!
    そしてもう少し天国の
    俺の住処に行くのを待ってくれ

    神もわたしも旅人
    人間は誰もが旅人
    たとえ帰る家があってもそこは今世の仮住い

    by Anna



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