御本尊についての討論

    御本尊についての討論は、わたしの経験上、終わりがありません。正直なところ疲れるだけです。違う見解に出会っても、以前のように決着をつけようなどと決闘者の気持ちにはなりません。好きなように考え、好きなように行動すればいいんじゃないのと太っ腹の寛容心に満たされます。わたしも少しは成長したんですね。

    ゴミ虫・毒虫・便所コオロギ・詐欺師・ペテン師・道化師・危険分子・痴呆・白痴・ごきぶり・女郎・べんじょ虫・毒殺魔王……。
    これらの汚い言葉は、どこに掲載された言葉でしょうか。聖なる教えと題した新聞の活字となった言葉です。聖なる教えとはジョーク的反語? 青年部は、このような言葉を信仰の対話語として、宗門や反逆者を恨み、憎み、蔑んできました。
    創価が仕組んだヘイト教育は、人権問題を扱い提言するような、人間や組織がすることではありません。このようなプロパガンダを、平気で利用する創価の体質を、わたしは決して許すことができません。
    世界平和を言う前に、足許の宗門との戦争を解決したらどうなのでしょう。先生と法主の代理戦争の犠牲になりたい人は、池田神話の信奉者であることに誇りを持っているのでしょうか。神話的にエピソードを作りあげる――カリスマ性とはまわりの人間が作りあげる虚構です。

    不当な権力への抵抗者とのイメージは、正義とカリスマ性確立の絶対条件であり、古今の偉人の共通性格です。先生は十分偉大な指導者なのに、必要がない誇大宣伝が行われている。そう考えるわたしが間違っているのでしょうか。それを尊敬する先輩に話したら、あなたは弟子ではないと叱られました。
    弟子でなかったら信仰者としても不適格なのかしら。弟子とか師弟不二などと、人間性の可能性を限定するレッテルを、自分で剥がすのはとても大変!
    レッテルは、執着と訳したり☆彡

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