母であることの喜びと悲しみ

    Enguerrand Quarton
    The Villeneuve-les-Avignon Pieta
    g_01111.jpg「ピエタ」とは「哀悼」とか「慈悲」を意味するという。息絶えた我が子キリストを、聖母マリアが膝の上で抱き、嘆き悲しむ姿です。右にマグダラのマリア、左に聖ヨハネ、左端に描かれた寄進者の姿。15世紀フランス・ゴシック様式の最高傑作とされるこの作品は、1801年に、アヴィニオン近郊のヴィルヌ-ブの教会で見つかりました。アンゲラン・カルトンの名作と言われています。膝の上にキリストを抱く聖母のテーマは、中世絵画の普遍的な題材ですが、静謐ななかに深い悲しみが描かれ、キリストとマリアを、より人間的な身近な存在に感じることができます。このような人間の悲しみの姿は、キリストの死後も多くの人が経験してきましたが、暴力と無知の野蛮な行為は、地上から決して無くなることはありません。


    ******************


    『布団の上に寝かされた多喜二の遺体はひどいもんだった。首や手首には、ロープで思いっきり縛りつけた跡がある。ズボンを誰かが脱がせた時は、みんな一斉に悲鳴を上げて、ものも言えんかった。下っ腹から両膝まで、墨と赤インクでもまぜて塗ったかと思うほどの恐ろしいほどの色で、いつもの多喜二の足の二倍にもふくらんでいた。誰かが、
    「釘か針かを刺したな」
    と言っていた。
    ……ああ、いやだ、いやだ、あの可哀相な姿は思い出したくもない。思い出したからって、どうしてやりようもない。
    よくまあわだしは、気絶もしなかったもんだ。それどころかその時わだしはこう言ったんだと。
    「ほれっ! 多喜二! もう一度立って見せねか! みんなのために、もう一度立って見せねか!」
    ってね。多喜二のほっぺたに、わだしのほっぺたばくっつけていたと。わだしは多喜二が死んだと思いたくなかったのね。ほんとに生き返って欲しかったのね。
    けど、多喜二は死んだ。指はぶらんとするほど折られても、足はぶすぶす千枚通しで刺されても、多喜二は、守らねばならない秘密は守ったんだと。そう言って、党の人たち、みんなほめてくれたの。でもほめられんでいい。生きていてほしかった』

    小林多喜二は、「蟹工船」等の小説で、官僚と警察権力を背景にした資本家の、社会的不正と戦うプロレタリア文学作品を発表しましたが、昭和8年逮捕され、その日のうちに拷問により虐殺された。享年30才。昭和8年と言えば、日本が国際連盟を脱退し、天皇神格化、思想統制、軍国主義の波が押し寄せ、戦争の泥沼へ突き進む時代でありました。
    多喜二の母を描いた三浦綾子の「母」を読みました。権力の不正と戦い献身的に民衆に尽くし、共産主義に殉じた多喜二の人間性と、母親セキの愛情と悲しみを描く。

    『「多喜二、苦しかったべなあ」
    「多喜二、せめて死ぬ時だけでも、手を握っていてやりたかった」
    「多喜二、わだしはお前を生んで、悪いことしたんだべか」
    とか、
    「多喜二、お前、死んでどこさ行っているんだ」
    とか、独り言言っているの。
    多喜二が死んでから、わだしはいつのまにか、
    (神も仏もあるもんか)
    という気持ちになっていた。ほんとに神さまがいるもんなら、多喜二みたいな親思いの、きょうだい思いの、貧乏人思いの男が、あんなむごい死に方をするべか。たとえ警察で誰かが多喜二を殴ろうとしても、首ば締めようとしても、錐(きり)で足ば刺そうとしても、神さまがいるならば、その手ば動かんようにして、がっちりとめてくれたんでないべか。それを見殺しにするような神さまだば、いないよりまだ悪い。わだしは腹の底からそう思ったもんね』


    小作農に生まれ、13才で嫁ぎ、6人の子供を育て、貧困のなかでも明るさを失わなかった母は、素朴な愛情を持ち、平和的な人間でありました。多喜二の行動を理解するために、共産党にも入党した。晩年キリスト教を信仰し、キリストの処刑の絵を見て、多喜二の姿と重ねる。

    『それからね、死んだあと、むごったらしい傷だらけのイエスさまば…イエスさまば…お母さんのマリアさんが、悲しい顔で抱き上げている絵があったの。手と足に穴があいて、脇腹に穴があいて、血が出て、むごったらしい絵なの。
    わだしはね、多喜二が警察から戻って来た日の姿が、本当に何とも言えん思いで思い出された。多喜二は人間だども、イエスさまは神の子だったのね。神さまは、自分のたった一人の子供でさえ、十字架にかけられた。神さまだって、どんなにつらかったべな。
    だけど、人間を救う道は、こうした道しか神さまにはなかったのね。このことは、いきなりすっとはわからんかったども、イエスさまが、
    「この人たちをおゆるし下さい。この人たちは何をしてるか、わからんのですから」
    って、十字架の上で言われた言葉が腹にこたえた。わだしだって、多喜二だって、
    「どうかこの人たちをおゆるし下さい」
    なんて、とっても言えん。
    「神さま、白黒つけてくれ」
    ってばっかり思ってた。近藤先生(牧師)は、
    「神さまは、正しい方だから、この世の最後の裁判の時には、白黒つけて下さる。お母さん、安心していていいんですよ」
    って、わだしの手を取ってくれた。そん時わだしは、なんかわからんが、神さまってかたが、わかったような気がしたの』


    マリアから始まる母の苦しみは、信仰を抜きにしても、母としての共通の悲しみ、慈愛のあらわれでしょう。母のために平和を、母のために争いを無くし悲劇を根絶しようとする人間主義こそ正しい。どんな死でも意味があり、死の姿に生きた人生が凝縮される。
    母・セキは多喜二の死に関与した人々を許し、生命の尊さと母であることの喜びと悲しみを積極的に甘受したのだと思う。
    生きることは、悪を許し、無知なる人々を許すことなのだと、キリストから教わりました。
    小説を読みながら、多喜二の唯一の尊い命の重さと苦しみ、母の優しさ、悲しみがわたしの肌を刺すように感じられ、ぽたぽたと止めどなく涙が落ちた。暴力は決してなくならない。人間はどうして同じ過ちを繰り返すのだろうか? その悲しい宿命を思うと、どこまでも続く深い闇を見ているようで、救いがたい気分になってきます。
    暴力は許すことができない。でも、暴力をふるう人間も、暴力によって自らの心を激しく傷つけていることを思うと、無知という暴力の犠牲者なのではないかと思えてくる。無知とは無明の一変異です。


    開目抄に『既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人なんど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし』
    如説修行抄に『竜口の頚の座・頭の疵(きず)等其の外悪口せられ弟子等を流罪せられ籠に入れられ檀那の所領を取られ御内を出だされし』
    聖人御難事に『同文永八年辛未(みずのえひつじ)九月十二日佐渡の国へ配流、又頭(くび)の座に望む。其の外に弟子を殺され、切られ、追出、くゎれう(過料)等かずをしらず。仏の大難には及ぶか勝れたるか其は知らず。竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし』
    上野殿御返事(梵帝御計事)に『日蓮が弟子にせう(少輔)房と申し・のと(能登)房といゐ・なごえ(名越)の尼なんど申せし物どもは・よく(欲)ふかく・心をくびやうに・愚癡にして・而も智者となのりし・やつばら(奴原)なりしかば・事のを(起)こりし時・たよ(便)りをえて・おほ(多)くの人を・おと(落)せしなり』
    兄弟抄に『始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつる人人かずをしらず、其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり、在世にも善星比丘等は始は信じてありしかども後にすつるのみならず返つて仏をはうじ奉りしゆへに仏も叶い給はず無間地獄にをちにき』
    辧殿尼御前御返事に『弟子等・檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり』
    新尼御前御返事に『かまくら(鎌倉)にも御勘気の時・千が九百九十九人は堕ちて候人人も・いまは世間やわ(和)らぎ候かのゆへに・くゆる人人も候と申すげに候』

    これらの御書からうかがい知れることは、大聖人への激しい弾圧は弟子檀那にまでおよび、なかには所領を追われ、牢に入れられ、殺された者もいるということです。また、退転した者のなかには、信仰を捨てるだけでなく、多くの人を道連れにして退転していった。1000人のうち999人も退転した。99.9%の信者が信仰を捨てたことを、誇大に伝えていると考えがちですが、きっと正確な表現なのでしょう。つまり、ほとんどすべての信者が退転したということです。封建時代のこと、拷問といった暴力的な過酷な取り調べが当然のようにあったことでしょう。
    創価教育学会が壊滅的な組織破壊を受けたことが思い起こされます。権力による思想統制の過程で、多喜二の身のうえに起きた拷問、というより権力による公然な殺人といった過激な取り調べが、普通にあったということ。そのような環境で、信念を貫き通すことがいかに難しいことであったか。自身の死だけでなく、家族にまで類は確実におよび、家族に対して責任を負わなければならないということが、どれほど辛いことであったか。
    もしも、わたしが同じ環境に置かれたら、きっと耐えられないと思う。大聖人の御言葉はとても厳しく胸に迫ってきます。
    多喜二の母は、キリストとその母・マリアと同じ悲しみを共有していると思う。母として耐えられない、子どもの惨たらしい死を経験し、生涯をかけてその呪縛からの解放を望み、恨むことから人間愛に深く到達した。
    このような心の遍歴は、信仰者でなければ不可能。クリスチャンであっても、苦しみを乗り越えた母は、清らかな聖人の心を持っています。澄んだ心境の清純な信仰は、仏教徒であっても難しい。耐えることと許すことは表裏のように一体なのですね。


    思想あるいは哲学と行動は、一致していなければなりません。しかし、日蓮信徒になったからといって、すぐに日蓮仏法の真実の法を体現できるとは思えません。経験と研鑚の積み重ねのなかで、真理に近づいていくものと考えます。「即」論を強調する妙法であっても、病気が即治癒し、貧乏が即解決し、菩薩として即誓願の立場を自覚できるものではありません。
    日蓮の非暴力については、煩雑になるので避けます。大聖人のご一生が平和思想と行動に貫かれていたことは言うまでもありません。それを詳しく論証することも、研究者ではないわたしたち一般会員にも十分可能でしょう。
    概して、孤高の反体制者といった日蓮のイメージが定着しているものと思いますが、そうすれば日蓮仏法者の平和運動も反権力闘争でなければならないように思えてきます。
    わたしは、牧口先生も戸田先生も信仰の深化とともに、主張も変化していったものと考えます。戸田先生の獄中での悟達は、そういう意味でも捉えられると思います。
    信仰者の反戦活動は、殉教的な兵役拒否、体制批判に限られるものではありません。それぞれの立場で個人が判断することだと考えます。日本に懲役制はありませんが、軍隊が武力を行使していくことを前提にし、単に自衛のための大義があったとしても簡単に覆るものと思います。自衛戦争が自衛外戦争に拡大していった例を何度も経験してきました。戦争の危機は現在も、世界のあらゆるところに存在しますが、平和な日本もいつまでも平和とは限りません。
    真の不戦の思想的原動力としての日蓮仏法は、法の力で生命の奥底を変えていき、コントロールが難しい人間の感情を制御し、仏教が説く「不殺生戒」の現代的意義に十分応えるものと思います。

    会員の皆さまは、疑うことを知らない純真さです。
    師の命と同等のものである創価の組織と同化している会員は、宗教の一般的使命である奉仕精神を体現しています。常に他者のために尽くすことを最良の徳性と考え、信じているのです。
    不疑と疑の相克ともいえる現代にあって、善を願い、断念することない辛抱強い意志の継続は、貴重な精神運動として正当に評価されるべきです。
    ただ、わたしは、教義とともに信仰への確信を左右する情緒的純粋さにおいて「永遠の少年・少女」のような、成人らしからぬ未成熟さを、その行動と判断パターンに見てしまうのです。創価にも問題があるのです。それを知ろうとしない子どものような無邪気さは、大人に守られた子どもの幸福感と同じようなものです。
    師弟不二は、師という精神の母胎で安心することではありません。師の思想から飛び出して、世間の荒波を越えることです。さらに衰えた師を導くことです。わたしにとって、信仰の自立と自我の確立は同じ意味を表します。客観的視点を失わず、深い自覚が必要です。


    Ave Maria
    Olga Szyrowa





    母よ あなたの思想と聡明(かしこさ)で
    春を願う 地球の上に
    平安の楽譜(しらべ)を 奏でてほしい
    その時あなたは 人間世紀の母として 生きる
    その時あなたは 人間世紀の母として 生きる
    Mother, with your ideas and wisdom,
    I hope you will perform a melody of peace on the earth,
    Where people look forward to the arrival of spring.
    Thus, you will become the mother of the Century of Humanity.

    作詞・山本伸一の「母」の曲は、母の強さと精神の健康さを謳います。誰もが共感できる美しい言葉は、聡明であることの素晴らしさと大地のような豊かさを感ぜずにはいられません。父に対する思いと母に対する思いは当然違うものかもしれませんが、母に対する賞讃は、「母」の曲のように、普遍的なものとして会員の間では定着しているでしょう。わたしはそのことに異議をはさむつもりは毛頭ありません。人間関係が希薄になりつつある現代に、傷ついた自己を省みて、魂の蘇生する場所を求めるとしたら、それは母という還るべき優しきふるさとなのかもしれない。
    しかし、否応なく母子関係にも変化をもたらしている現代の精神の荒廃は、会員といえど、母に不信と不敬の気持ちを持つ人も少なからずいるのではないかと考えるのです。母である前に、一人の人間として尊敬できる人でなければならないと、わたしは言いたいのですが、それは父もまた同じです。

    トインビー対談で、池田先生は次のように言われています。
    『そうした女性本来の、生命の尊厳を守り、育み、大事にしていくという特質は、それ自体、人類にとり、人間社会にとってきわめて普遍的な重要性をもっているといえます。女性が狭い個人的愛から、そうした、世界へ開かれた普遍的な愛に根ざして進んでいけば、私は、それが、地道ながらもきわめて大きな、反戦平和への潮流になっていくに違いないと思います。そして、女性がこの本来的な自らの使命に生きるところに、真実の女性解放があると信ずるのです』

    父母を憎み、和解できない会員もいるでしょう。そういう人にとって、この「母」の曲はどう響くのだろうかとときどき考えます。どんな素晴らしい曲であっても、万人が共感することは不可能です。そしてそういう傷ついた人に、聖人君子のような「母を尊敬しなさい」などと、心の声に耳を傾けないで、通り一遍のリプライや上から目線の指導をすることほど、愚かなことはないでしょう。そういう人は、妙法を猥雑なアンモラルなものにしていても気づかない。また、宿命などと冷酷な宣言をして、何も感じない人間だけにはなりたくありません。


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