絶対的権力は絶対に腐敗する

    3月20日は、衝撃的な地下鉄サリン事件が起きた日。裁判が終結し、最近、死刑因が全国の死刑執行設備のある拘置所に移送されました。
    事件が起きた1995年(平成7年)の前年6月には松本サリン事件。さらにその前年11~12月、池田大作サリン襲撃事件(暗殺未遂事件)がありました。この前代未聞の凶悪な事件を起こしたテロ組織はオウム真理教。教祖は麻原彰晃。グル、尊師、神聖法皇など、人間軽蔑の不遜な名前で呼ばれていた狂人。心が異常に荒廃した病的宗教家。
    地下鉄サリン事件が起きるまで、松本事件で犯人扱いされていた河野義行氏に対する報道被害は常軌を逸したものでした。この冤罪未遂に発展したメディアの対応は、その後、大手新聞社から地方の新聞社まで、各テレビ局、週刊誌にいたるまで謝罪に追い込まれます。
    ウィキぺディアには、冤罪報道の実例の詳細が掲載されています。そのなかで「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」と題した記事で河野家の家系図を掲載した「週刊新潮」だけ、謝罪がないということです。メディアの傲慢にはあきれます。
    池田大作サリン襲撃未遂事件は裁判では立件されていません。数回にわたり計画実行されましたが、サリン散布器具の不具合などで未遂に終わりました。実行犯の一人・新実智光(死刑確定)は、逆に自分がサリンを吸って一時重体に陥った。数名の牙城会員が、視力減退や倦怠感などのサリン特有の症状を訴えましたが、後遺症は確認されなかったので、学会本部は警察への通報はしなかったという。このような判断が適切だったのか問われますが、その後も襲撃が計画され、サリンは大量に製造準備され、そのサリンは松本事件に使われたということです。もしも実行されていれば、多数の会員が犠牲になることが予想されますので、正しい判断をしたとはいえない。善悪以前に、宗教が宗教を攻撃するという擬似的宗教戦争を公にしたくなかったのかもしれない。生命尊厳を主張しながら、万全の対策を怠り会員の生命を疎かにしている。セキュリティーに対するリスクは、常にあることを自覚すべきです。
    この事件を機に、創価では池田先生の警備を強化。永遠の指導者も自分だけ安全なら、会員はどうでもよいのでしょう。命が狙われる野蛮な時代を生きていくことは大変ですが、仏法的には敵対者の出現は、特にめずらしいものではありません。理解不能な言いがかりを正当化する邪教の論理は、過激な集団に見られる特徴です。
    もっと大掛かりな狂気に近い過激な時代は戦前にありました。その精神的支柱となったのは、国家神道と日蓮主義です。つまり、神と仏です。悪しく敬えば国が滅ぶ、その証明にしては多大な犠牲を払ったものです。日蓮主義は国家救済思想、革命主義の概念が強い。牧口先生は、天照大神を祖先とし現人神であられる天皇の法華経への帰依を奉り、最強の国体と、世界統一実現の夢を描いていました。太平洋戦争は五濁悪世を解決し世界統一する聖戦だったのです。実験証明座談会では、戦意高揚の講演、体験指導を繰り返していたものと思います。全体主義的傾向は日蓮主義の最も悪しき側面です。世界と人間の理想、菩薩の救済を強くインプットされ、団結と行動を起こすことを強迫的に迫られるからです。
    地湧の菩薩には、ユダヤ教に似た選民思想が感じられますが、これは宗教全般にある自分優位の教義に由来しています。また偶然に信仰したわけではないと説き、宿命的な出会いを演出します。世界は自分中心に回っているという特別な意識は、誰にでもあるものです。仏法でも「九識心王真如の都」と説きますからね。「真如の都」は仏の生命ですが、「都」とは心王の住処、真理の中心のこと。万人と自分の中心は同じという意味。自分の内面を世界全般に反映させる思想は、特に信仰者に当てはまることは言うまでもありません。つまり理と事では大きな格差と分別があり、日蓮主義は常に強圧的に事を求めるのです。
    創価のなかでも、革命という言葉が頻繁に使用されますが、人間主義で希釈され無害に色づけされています。進歩主義者が好む革命や革新と人間主義者が好む革命の違いを明確にしなければなりません。もちろん平和な時代なのですから、社会転覆を計画するような危険思想の趣意のなかで使用されているわけではありません。会員の皆さま、関係のない一般の方々に誤解されないように気をつけましょうね。


    地下鉄サリン事件は23年前、風化し忘れられていくことが心配ですが、今から7年前の3月、経験したことがない大地震と大津波だけでなく最悪の原発事故が東北を襲いました。現在もその被害の全貌を正確につかむことは難しい。
    特に原発事故の後始末には、これからどれだけの時間と国家予算が必要なのか、まったく不明です。いろいろ報道されていますが、多方面、広範な現場で同時進行で突発しましたので、複雑すぎて整理も困難です。このような危機的状況は、戦争以外、日本史のなかには存在しないように思います。また科学的、技術的にも高度な内容は、素人に理解は難しく、また放射能の専門的知識もありません。

    メルトダウン(炉心溶融)したときの民主党・菅政権の無能な危機管理は、日本の崩壊を一時的にしろ覚悟させるほどの切羽詰まった状況でした。
    『菅直人総理大臣は、最悪の場合に何が起きるか具体的なイメージをつかむため、3月22日、近藤駿介原子力委員長に「最悪シナリオ」の作成を要請した。3日後の25日、「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」と題する資料が細野首相補佐官に提出され菅総理に報告された。この資料は閲覧後回収されて存在自体が秘密に伏されたが、2012年2月初めに、内閣府の情報開示で公開された。この資料で示されたシナリオでは、1号機で再び水素爆発が発生した場合、放射線量上昇により作業員が全面撤退を余儀なくされ、他の号機への注水も止まり、4号機の使用済み燃料プールの燃料損傷が発生、使用済み燃料プールでコアコンクリート相互作用(溶融燃料コンクリート相互作用、MFCI)が発生する。この場合、4号機の使用済み燃料プールからの放射性物質の放出量が最も多く、避難規模を大きく左右する事になる。その結果、チェルノブイリ事故で適用された基準をあてはめると、170km圏で強制移住、東京を含む250km圏で避難を求めることが必要になることが示されている』(ウィキペディア・福島第一原子力発電所事故)

    ドキュメント「メルトダウン」(大鹿靖明著・講談社文庫)では、事故発生からその緊迫した様子をほぼタイムラインで描いています。最悪の事態を想定して、シミュレーションが行われましたが、それは予想をはるかに超えるものでした。上記とほぼ同じ個所を引用すると、
    メルトダウン『原発が相次いで爆発していたころ、菅は、しばらく後に内閣官房参与に起用する数人の学者に対して「最悪どういうことが起きるのか」とシミュレーションを依頼している。
    保安員の寺坂院長やエネ庁の安井部長、原子力安全委員会の班目委員長は菅に対して「メルトダウン」という用語を使わずに「炉心損傷」という言葉を使って、事態を軽微に見せるような説明ばかりしてきたが、菅はそんな言い回しに不信感を抱いていた。秘かに知り合いの学者たちに問い合わせ、菅は「彼らから早い段階でメルトダウンが進んでいる、と聞いていた」という。
    そのときと同じように、保安院のような政府機関とは別ルートで最悪の事態のシミュレーションを知り合いの学者たちに行わせたのだった。依頼して2、3日でその予測結果が菅のもとにもたらされている。東日本全体の大気中への放射能汚染の拡散予想を示すものだった。
    しばらくたってからだが、細野豪志(㊟首相補佐官)も原子力委員会から同様のシミュレーションを3月25日、持ち込んできた。パワーポイントでつくられたその「3000万人避難計画」は、表紙に「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描 近藤駿介」とあった。近藤とは、原子力委員会委員長の東大名誉教授のことである。そこには、もし新たな水素爆発など最悪の事態に陥った場合、原発から半径170キロは強制移住、250キロ圏も避難とあった。170キロ圏では新潟県や北関東を含み、250キロ圏だと東京や横浜も含まれる。この広大なエリアで数十年にわたって人が住めなくなる。
    菅はそれを見て、「日本が崩壊する」と思った。
    「いったい、天皇陛下はどこに移せばいいのか、国会は、各省庁は……そんなことを考えた。はたして政府機能は維持できるのか。内閣はどうするんだ。戒厳令がないのにそんな避難はできるのか。それに選挙は今後どうすればいい、GDPはどこまで落ち込み、失業率はどのくらいになるのか。国家として統治できるのか。国家の自滅だ。そんなことをずっと考えていたんだ。3000万人が避難を強いられるようになったら、避難途中で病人やお年寄りが数十万人単位で亡くなるかもしれないとも思っていた。いずれ枝野長官と話し合おう、そう考えていた」
    このときの心境を菅はそう表現した』

    ウィキペディアとほとんど同じ内容をさらに詳しく記述していますが、首相の驚くべき心境を知ることができます。
    菅首相は理系の大学を卒業していて、原発についてある程度の知識は持っていました。だからこそ、事態がただならぬものであることを恐れていたのです。菅に進言した専門家は、パニックに陥っている菅を、これ以上刺激したくなかったのか、官僚特有の忖度を発揮して、メルトダウンという恐ろしい言葉を使いませんでした。
    また、学者が真面目にシミュレーションしているのですから、現実的でないなどと誰が言えるでしょう。メルトダウンの恐怖を、緊急時を想定し少しだけ誇張して評価すれば、専門家は安全を最大に見積もって、300キロや500キロの数字をためらいなく出すでありましょう。つまり東日本はほぼ壊滅という悪夢もあり得たほどの重大事故だったのです。国際原子力機関(IAEA)は国際原子力事象評価尺度(INES)で最高のレベル7と評価。専門家ではないので、このような被害を正しく表現できませんが、原発政策の転換、根本的に見直し縮小していくことは当然です。わたしが注目したのは事故直後の様子、福島と東京で繰り広げられた東電を中心にした政府の愚かな対応です。またそれを伝えた一部メディアの血も涙も感じられない粗悪で不誠実な報道の姿です。

    『マスメディアは民主主義とともに発達してきたというその出自からして、民衆の利益のために既成の権威・権力に破壊を仕掛けるのを本務としている。その傾向はマスメディアが第一権力となってもなおやむことがない。つまりマスメディアの破壊主義とは、自己の保有する第一権力以外のすべての権力に破壊をよびかけることをさす。第一の権威・権力が権威・権力の破壊のなかに「平和主義と民主主義」そして「進歩主義と人間主義」の実現を夢みるとき、この世にどんな事態がもたらされるか、わざわざ言及するまでもない。打倒すべき権利を捏造してそれを実際に打倒してみせる、という大衆リンチめいた民主主義の悲喜劇を演じつづける、それがマスメディアの仕事となる。
    知識人はすでにこうした大衆演劇のなかで不可欠の役柄を宛てがわれている。権威を嘲弄するための言説と権力を解体させるための処方を紡ぐのが知識人の役割である。知性は、まずカール・ヤスパースいうところの「粉飾の言葉』に堕落している。つまり、マスメディアの権威・権力をひそかに弁護するための言葉になり果てた。次にそれはヤスパースのいう「反逆の言葉」に転落している。つまりマスメディアのもの以外のあらゆる権威・権力に反逆するための言葉になりおおせた』
    (「知性の構造」西部邁:ハルキ文庫)

    このような引用を読んで思い当たる人もいるでしょう。慰安婦問題での朝日新聞の捏造。福島原発メルトダウンでの吉田調書の朝日の誤報。昨今、フェイクニュースが話題になりますが、そもそも、最初の出所は、大手メディアの捏造や不確定で非中立的な報道スタンスにありました。また反省なき悪意、検証なき傲慢さにありました。これらの報道姿勢は、戦前軍部に追随し国民をだまし続けた勇気なき無責任、自由と平和への不信仰という病的な報道姿勢と同根なのです。つまり、朝日はずっとヒューマニズムや正義という隠れ蓑で正体を隠しながら、変わらない体質を 維持し続けているのです。
    かつて創価もあることないこと精査もなしに書き立てられたこと忘れてはならないでしょう。根拠のない政教一致論争は決して収拾したわけではありません。批判のための批判という言論の自由を盾にした暴力です。わたしは、わざわざ創価のために言っているのではありません。民主主義の原則を深く考えなければ、民主主義のなかから生まれる最悪のポピュリズムに侵される危険を見逃してしまいます。『反逆の言葉』によって市民社会は崩壊する。西部氏が言う『信念なき疑念』のもとで『秩序なき自由』を振りかざし、『総合なき分析』がまかり通り、正確な歴史分析に至らなかった間違いとその意図を指摘しているのです。


    NHK ニュース
    朝日新聞社の木村伊量社長と編集担当の杉浦信之取締役らは、11日(2014年9月11日)夜7時半から記者会見しました。
    朝日新聞社は、ことし5月20日の朝刊で、福島第一原発の吉田昌郎元所長が政府の事故調査・検証委員会の聴き取りに答えた証言記録、いわゆる「吉田調書」を入手したとして掲載した記事の中で、福島第一原発の2号機が危機的な状況に陥っていた3月15日の朝、「第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」と報じていました。
    これについて、木村社長は、記者会見の中で「『吉田調書』の評価を誤り、多くの所員がその場から逃げ出したような印象を与える間違った記事だと判断した」などと述べ、「取材が不十分で所長の発言への評価が誤っていたことが判明した」として、記事を取り消しました。
    また木村社長は、「読者および東京電力の皆様に深くおわび申し上げます」と謝罪したうえで、みずからの進退について「経営トップとしての私の責任も逃れられない」として「抜本改革のおおよその道筋をつけたうえで、速やかに決断したい」と述べました。
    杉浦取締役については、編集担当取締役の職を解くとしています。
    さらに木村社長は、いわゆる「従軍慰安婦」の問題を巡る自社の報道のうち、「慰安婦を強制連行した」とする男性の証言に基づく記事を先月、取り消したことについて、「誤った記事を掲載したこと、そして、その訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申しあげます」と謝罪しました。
    そのうえで、過去の記事の作成や訂正に至る経緯、それに日韓関係をはじめ国際社会に与えた影響などについて、第三者委員会を設置して検証することを明らかにしました。
    また、この問題を巡って、ジャーナリストの池上彰氏が、朝日新聞に連載しているコラムで検証が不十分だと批判する内容を執筆したところ、朝日新聞側が当初、掲載できないと伝えたことについて、木村社長は「途中のやり取りが流れ、言論の自由の封殺であるという思いもよらぬ批判をいただいた。結果的に読者の皆様の信頼を損なう結果になったことについては社長として責任を痛感している」と述べました。

    吉田所長は東電の社員であり、当事者ですが、絶体絶命の過酷な現場から一歩も退くことなく指揮しました。仕事とはいえ、それがリーダーの努めです。努めとは義務ではなく信念のことです。彼に従ったその他の多くの社員も、見えない恐怖と闘いながら、責任を果たそうと奮闘したのではないでしょうか。責任を放棄し逃げるという臆病な日本人なら批判もされますが、士気盛んに戦った姿を、意図的に辱める感覚は、正義の味方を任ずるリベラルの特徴です。


    産経2014.8.18
    ヒーローが一転「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」に朝日報道、各国で引用

    外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。
    米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。
    英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとして称えられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。
    オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。
    韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。



    3月21日、福島第一原発現場で放水活動を行った東京消防庁ハイパーレスキュー隊員らが、東京渋谷区の消防学校で活動報告会を行いました。石原都知事が男泣きに泣いた訓示の言葉に、誰もが同感し感謝しました。一方で、そんな姿を、馬鹿にし嘲笑する人間性が腐れた市民もまたいることが、悲しい日本の現実です。
    朝日の誤報の影響は甚だしく、東電の吉田所長はじめ現場所員の命がけの格闘を、正確に報道する姿勢がありません。記者であるまえに、人間としての誠実さが欠けているように思う。


    連日、森友問題について、テレビも新聞も週刊誌も、メディアは興奮してとりあげています。朝のワイドショーでも報道していると、わたしはすぐチャンネルを切り替えますし、リモコンのOFFボタンを押してしまいます。政治の停滞はとても残念ですが、「絶対的権力は絶対に腐敗する」という定義に従えば、政権だけでなく、メディア権力も腐敗するということかしら。絶対的権力でなければ、さらに腐るのも早い。つまり、腐らない世界はないということ。これは政治の世界にかぎりませんね。
    「絶対的真理を追い求めている宗教も、絶対的に腐敗する」アンナの名言!
    政府は末期的症状です。長期政権には必ず利権がはびこり、人事権への過度の忖度が働きます。内閣を支える与党も、行政、立法能力に陰りが見え始めたということ。山口代表のクールすぎる表情も、他人行儀な関心度なのかもしれません。最後には、与党離脱という切り札がありますからね。中道とはよく言ったものです。右と左の中間を彷徨い、損得と報酬に目ざとい日和見政党よ、永遠の指導者に永遠に忖度する政党よ、万歳!
    冷静に事態を観察すると、財務省の官僚が籠池の巧みな詐欺師ぶりに翻弄されたという構図でしょうか。そこに疑うことを知らない天使のような安倍夫人の登場で、事態が一気に複雑化した模様。政治の世界では冷静でいることがバカみたいに思え、理性がマヒするような錯覚にとらわれます。複雑に糸がからまったイメージが浮かびますが、それを操っているのが夫人? なにも考えない夫人の方が、ずっと賢いのかもしれません。
    好きか嫌いか問われたら、嫌いなタイプの女性です。崖っぷちに立たされて、困っている夫のことを少しは考えたらどうなのでしょうか。余計なお世話ですね。


    Blossoming Heart
    Danny Rayel





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