出発のためのダイジェスト ⑤

    U2・少年の目 2010.4.22
    同じ顔の人がこの地上に存在しないように、個性も才能も言語も習慣もその人固有のもの。
    なぜ差異を認め合い、いたわることができないのだろうか?
    なぜ人は争うのだろうか?
    思想や宗教、政治が人間の争いに、何ら有効な手段を講じえないことをはがゆく感じる。
    そう考えるなかで、わたしにできることをやろうと小さなことでも勇気を奮い立たせているけれど、どうしても無力感に襲われてしまう。

    誰も生きていくことに意味を見出して、メッセージを発している。

    〈少年〉の目は見抜いている
    少年はわたしの心のなかにいる
    弱くて叫ぶことができないわたしを批判している
    正義を訴えることができないわたしを冷たい目で見ている
    わたしだって精一杯やっているのだと
    わたしはいつも言いわけして少年の目を逃れてきた

    〈少年〉は監視している
    純粋な目で監視している
    勇気を持ち正義を実行することを
    恥じない生き方をすることを
    恐怖を克服し狼狽と混乱を見定めることを
    監視しながら励ましている
    少年の目はわたしの心を見抜いている
    by Anna


    xaHgL-011.jpg彼らは自身の心と闘っていた。同時に不正と不純の世界と対峙しようとしていた。ロックのスタート地点に立つ、彼らの苦闘が編み出したエッセンス・核心の1枚。このアルバムの感動は、問題意識の深さに起因するもの。誰も現在の世界に満足していない。
    重厚でスケールの大きいサウンドは、ロックの可能性を押し広げ、悲惨な現実に対する怒りに満ちている。
    世界のトップ・バンドに飛躍した傑作アルバム。U2は現代ロックの最高のアイコンであり、メッセージ・アクティビストだ!



    Everything Is Everything・Donny Hathaway
    dh_thur1.jpg70年、1枚のアルバムがリリースされました。
    33才で自ら命を絶った天才ソウル・シンガー、ダニー・ハサウェイの記念すべき1st アルバムです。
    スピリチュアルな愛に満ちた逸品です。
    黒人であること、裕福な中産階級の出身であることから音楽教育を受けることができたこと、そしてずば抜けた才能があったこと。
    それらの要因がニュー・ソウルといわれる洗練された新しいスタイルを可能にしたのです。ジャズやクラシックなどを取り入れた高度な表現は、サウンド・クリエーターとして見事な才能の開花を予想させるものでした。しかし同時に同胞に暖かい言葉を投げかけても、彼の出自(アイデンティティー)と現実の矛盾が、いつか彼を悩ますことになりました。
    アフリカン・アメリカンの<The Getto>で黒人の喜びと切なさを歌い上げても、それは対岸にいて火事を見るようなものと感じたのでしょうか?
    繊細で真面目な性格もあって、やがて彼を苦しめることになるのです。
    ロックはブラック・ミュージックという土台の上に立つ建物と言ってもよいでしょう。
    人種差別が黒人を苦しめても、音楽では深い感動を持ってリスペクトされます。
    ダニー・ハサウェイを死に追いやったものは、法律では簡単にリセットされない、この矛盾に他なりません。

    ❖❖❖


    『自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行ないをつつしみ、自己をととのえている人、…このように明らかに知慧ある修行僧の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神々も、なし得ない。ガンダルヴァ(天の音楽神)たちも、悪魔も、梵天もなし得ない。
    先ず自分の身を正しくせよ。次いで他人に教えよ』
    ・感興のことば

    このブッダの言葉通り、自己の弱さに打ち勝ち、正しい言葉を発した人がいる。
    55年のアメリカ、一人の婦人がバスのなかで "ノー" と力強く言った。
    差別を容認する不完全な社会に向かい、悪の心を克服するために、そして不公平な慣習と虐げられた苦痛を抑え、怒りを静かに言葉に変えた。未来に明るい光が差し込むことを祈り、服従の辱めを拒否するために "ノー"。
    ローザ・パークスの聡明な命でも、自分がまさか戦闘の先駆けに立つとは思いもよらなかった。ただ自分の心に忠実に、今まで何十回も、何百回も考えてきた結論を、勇気を出して言ったに過ぎないのだ。
    "より良く生きるチャンスは、神から与えられた平等の権利である" ということを......

    『人々はいつも、私が疲れていたから席を譲らなかったのだいうが、それは本当ではない。私の身体は疲れていなかった。(略) いや、もし私が疲れていたとしたら、ただ一つ、差別に屈服することにうんざりしていたのだ。バスの運転手は、私がまだ座っているのを見て、「あんたは立つのかね」と聞いた。私は「ノー」と答えた。すると運転手は「じゃあ、あんたを逮捕してもらうからな」と脅したので、私は言った。「やってごらんなさい」と』

    いつもどこかで起きていた、この些細な出来事がやがて全米を巻き込む人種差別撤廃、公民権獲得の運動に発展していくとは、一家庭婦人だった彼女にも予想のつかないことでありました。人生は思いがけない方向へと進み、思いがけない結果をもたらすものです。
    人権の闘士、自由の国アメリカの宝として尊敬される彼女が、晩年に出会った一人の平和の闘士・イケダセンセイ。93年、アメリカ創価大学で会談されました。それは試練を乗り越えてきた二人の賢者の、人生勝利の詩心を語り合ったものと言えましょう。
    人生は諦めとの闘い。空飛ぶ鳥の跡はたどり難いように、ニルヴァーナへの道もたどり難く、険しく激しく、そして迷路のようにゴールが見えず、とても深い闇に満ちている。

    『一つの岩の塊りが風に揺るがないように、賢者は非難と賞讃とに動じない』
    真理のことば


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