出発のためのダイジェスト ⑥

    YAZAWA<男のダンディズム> 2010.4.26
    yazawa11.jpg矢沢永吉は49年広島市生まれ。母と別れ、父と死別し、極貧の少年時代をおくり、高校卒業と同時にギターと僅かなお金を持って上京。クラプトンやジョン・レノン、カート・コベインのように、まるで絵に描いたようなロック・スターの多感な少年時代をおくる。その後の矢沢を貫くハングリー・スピリットは、この時代に培われたものと思います。
    75年、キャロル解散。
    ソロとなって70年後半から80年代にかけて黄金期を築く。

    矢沢には男気(侠気)ところがあります。そしてそれは決してブレないし、ミュージシャンである前に、自分が歩むべき道を定めているように思えてきます。自分のスタンスを確固と保ち、コマーシャリズムにも毒されることはありません。ライヴを中心として活動し、ファンと直接接することを第一としているようです。
    頼りになる男の道は平坦ではありません。何かをやろうとすれば風当たりが強くなり、後ろ指を差される。それでも真ん中に太い棒が入っているように揺らぐことはない。己の人生は己が責任をとる。男は、世のなかの無責任な言動には耐えて行かねばなりません。耐える毎に男の価値は高まる。

    矢沢には、逆境から再起したビジネスマンに共通する、信念を曲げない強さと不退の意志を感じるのです。
    「男らしい生き様を見ろ!」と、矢沢は語っているように思えるのです。
    矢沢は男だ! まっしぐらにロックする男のなかの男だとわたしは叫びたい。

    「歌謡曲ロック」などと揶揄するおバカな奴がいる。
    その意味は、ロックの形を借りた歌謡曲ということらしい。別に歌謡曲をどうこう言うつもりはありませんが、ロックンロールに挺身している矢沢のどこがロックでないというのだろう。矢沢の体には熱いロックの血が沸騰しながら流れ巡っているというのに!
    ロックとは精神であり、その精神が独創的に生き方に表出するものなのです。

    <矢沢語録>
    ・中学のあの多感な時期にビートルズに持っていかれた。こりゃぐれてる場合じゃないよって思えたね。

    ・おまえはほんとうに何が歌いたいんだ。その問いにオレは答えている。

    ・俺はこうしてビッグになった。誰もがビッグになれると信じている。

    ・コンサートは、音を聴くだけのところじゃない。何か気持ちをもって歌ってる男に、会いに行くものなんだ。

    ・今、どうしたらいいかわかんないヤツはね、また目的作りゃいーのよ。ニンジンをね、作っちゃう、作ってまた走ればいいのよ、ま、世の中ね、シンプルな方がいいよ、単純バカかなんか知らんけど。

    ・何歳まで生きられるのか知らないけど、オレは役を与えられたんだ。
    矢沢永吉という役を。

    ・やっぱり、人生は自分との戦いなんだよね。

    ・ロックにゴールはない。声が出なくなるまでやり続ける。
    だって、ストーンズが前走ってるもん。

    ・いつの時代でもやる奴はやる。やらない奴はやらない。

    ・俺は生きていくザマを見てもらいたいよ。

    ・オレが酒を飲んで、バカなことをやるのを、オレの女房は何百回も何千回も見ている。だけど彼女はすごくオレを愛していて、すごく尊敬している。.......なぜだ?  オレが張るときは張っているからだ。この「張るときは張る」っていう、クソ単純な、すごくシンプルなことができないと、女は男を尊敬できないんだろう。夫っていうのは、男っていうのは、この簡単なことさえやってりゃいいんだ。

    ごもっともです。納得です。

    純粋でいることは並大抵の努力が必要です。
    矢沢には、そんな男の純粋さがよく表れています。
    本当に音楽が好きなんでしょう。
    音楽とともに生きてきたのでしょう。
    音楽が矢沢を成長させ、窮地を救ってくれたのでしょう。
    音楽に共感し、音楽から励ましを得たのでしょう。
    うらやましいような人生です。
    何もなくても音楽さえあれば生きられるという見本のような人生です。
    誰も助けてくれる人もなく、単身上京し、幾多の困難を乗り越えて、現在の矢沢がある。 ある意味、男の理想とする人生を歩んでいるように思えます。

    矢沢のなかの男のダンディズムは、セクシーさとモダニズム、ロマンティシズムと優しさが一体となっています。アクティブに生きていても、時にはつまずき、失望の闇に閉ざされても「俺がついているぜ! 心配するな」と言っているような優しさと男らしさを感じます。
    昨年9月14日で60才。ロックしている姿は、いつまでも青春で若々しい。


    ❖❖❖


    Music is my language 2010.4.29
    クールでゴージャスなテイストに憧れているわたしは、人生も行動も考え方も人づきあいも恋愛も、クールでいながらハートフルなプレゼンスでありたいと切に願っているのですが、現実はプログラムをダウンロードするように簡単にはいきません。人間だから何事もプラン通りにいかないのが世の常というものですね。

    ランキングサイトは日本ブログ村ですが、決してランキングにこだわっているわけではないのですが、アクセスしていただく方法がないということでメンバー登録しているのです。
    リファラ解析を見てみると、ほとんどがブログ村とワードプレスから、アバウトに1日30~50、多くて200のヒット数ですが、その割にはポイントが加算されないということに最近気づき、ブログ村のオペレーターに問い合わせました。ワードプレス・ブログからは、なぜかカウントされにくいというエージェントのアドバイスでした。
    ブログ村には、グローバリゼーションの波のなかで、世界標準を目指しオペレーションズリサーチをお願いしました。国内主体のランキングサイトとは言え、未来を見据えた取り組みが必要と考えるからです。

    わたしたちは自然と言葉を覚えます。幼児における言葉を覚える過程を追体験したいと思っても無理な話です。それと同じように、大方の人は自覚する年令に達するとまわりに音楽があることを知るのです。音楽がある生活が当然と思って何も違和感を感じないのです。音楽はたぶん人間の本能の特別な場所で生きるための潤滑剤として作用しているに違いない。
    音楽から受けた感情変化を言葉で表現することはとても難しい。ときには意味のない感嘆詞のみの表現になりかねません。だからというわけではないのですが、音楽を聴いて、考えて、音楽から修得した語彙を、わたしは命のように大切にしたいと考えるのです。ハッピーで美しい人生を神様が与えてくれて、その上に音楽までもが、ドレスのようにゴージャスにわたしを飾ってくれるのであれば、季節の変わり目に、あるいはアバンチュールな出来事の後に、悲しみの涙を流した後でも、恋人のように音楽に添い従い愛していきたいと思うのです。音楽の聴き方にマニュアルはありませんが、音楽から得るものは、どれだけ人生を豊かにしてくれるか、わたしは疑ったことはないのです。

    音楽はわたしの言葉<Music is my language>わたしの命の言葉。

    音楽を聴くときはすべての人が魂を浄化され
    不戦の優しさを得ることができますように!


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