出発のためのダイジェスト ⑦

    Within Temptation<ゴシック・ロマンの幻> 2010.5.3
    脳科学者の茂木健一郎氏が、著書『すべては音楽から生まれる』のなかで鮮烈な音楽体験を書いている。15年以上も前、ジュゼッペ・シノーポリが指揮したウィーン・フィルによるシューベルトの交響曲《未完成》のコンサート。当初はカルロス・クライバーが振る予定だったのがシノーポリに変更になり、会場は「残念・・・」という空気が少なからずあったという。だがそのコンサートは素晴らしいものになった。

    著書から引用すると
    『私だけではなく、おそらくあの場にいた聴衆は皆、多かれ少なかれ感じていたと思う。「心が震えた」などと言ってしまうと、凡庸かもしれない。だが「旋律」と「戦慄」が同じ音であるのは偶然だろうか、そんな問いが反語として立ち顕れた』
    『シノーポリは私たちに伝え、私たちを揺さぶった。そこには言葉に頼らない、音楽そのものの強さがあつた』
    『シノーポリは客席の聴衆にも表現を要求しているかのようだった。自分の本当の感情を表現せよ、心の深いところにある、あるがままの感情を解放せよ、と』
    『音楽の生々しい躍動感につられて、心がざわめき始めた。体中の深い深い一点に、手が届きそうに思われた。私自身が鳴っていたのだ』


    わたしは未だそんな音楽体験をしたことはありません。

    ゲーテの格言集を読んでいたら、こんな言葉が出てきました。
    『古典的なものは健康であり、ロマン的なものは病的である』
    格言好きの天才の言葉なら、凡人には理解できない言葉もあるだろうし、教養や知識も森と木ぐらいの違いがあるだろうから別に考え込むこともないのだけれど、どうも気に掛かって仕方がありません。

    純粋な音楽体験というものはどういうものなのだろう?
    言葉がいらない純粋な音楽の世界から人間の内的なあらゆる動機、感情、主題、思想や観念を表現できると考え始めたのはロマン派からであります。音楽を音の言葉として捉え、多様に表れる内的風景を言葉のように表現しようと試みたのです。クラシックには詳しくありませんが、そのロマン派の頂点を極めたのはワーグナー。
    彼は早々と交響曲を作るのをやめて、歌劇とか祝典劇とか壮大な物語を作り上げることに情熱を傾けます。総合芸術の誕生です。彼はどんな微妙な感情も内的な衝動も、言葉で表現するように、音楽でも表現できる万能の力が己のなかにあると信じたのでした。

    ロマン派芸術は古典的思想、ならびに伝統の破壊者として登場し、理性を重んじ、個人の自由な想像力を解放しました。ワーグナーは中世時代の壮麗なゴシック様式の大寺院を建設するように、神々や伝説を題材にしながら、過剰なまでの装飾を施し音楽という建築物を作り上げました。それはまた複雑な内的世界の表現だったとも言えます。
    ピアノを始め楽器の進歩にも著しいものがありました。すべての楽器を集めたようなピアノの発達によってソナタ形式も進化し、微細な主観の表現も可能となりました。
    ロマン的なものは新たな表現形式と様式美を見出したのでしょう。

    言葉は一応どんなことでも表現できます。しかし本来言葉を必要としない音楽に、言葉という文学的要素を持ち込んだことに、ゲーテがロマン的なものは病的と言った意味なのだろうかとわたしは考えたりしたのです。こんな解釈は全く的外れかもしれない。
    ゲーテさん、解説して~ぇ

    一音一音には意味はありません。しかし和音や転調、旋律という音の集合体には不思議な魔力が備わる。その魔力によって空に浮かぶような高揚感を味わい、涙に打ち震える感動も生まれてくる。虚ろな毎日のなかで、もしもわたしに人生を変えるような驚きや感動を与えてくれるものがあるとしたら、それが後退させるものではなく、人生の高みへと向かう原動力になるものであれば、快く柔軟に受け入れたいと思います。
    考えて見れば人生はひとつのシンフォニーのようなものかもしれない。そこには必ず主題があるし、広く深く掘り下げた主題が、普遍的な価値を持つことも知っている。わたしが考え実行するわたしの個人的な主題も表現も、もしかしたら、それは万人に共通する意味あるものかもしれません。

    音楽は不思議なものです。耳から入り精神を揺さぶります。
    音楽を聴いて陶酔に浸るのは、リアルな虚構に身を委ねている幸福な瞬間なのでしょう。
    また崇高な聖歌よりも、ポピュラーソングに真実を見出すことも可能です。大衆的とは広く受け入れられるわかりやすさがあるということです。感動は理解の助走です。
    現代人は豊かな生活を享受し、リアリストというよりロマンチストだからです。
    自分で歌を歌いヒロインとなって、夢想する旅人だからです。
    ロマン的なものに憧れる楽天主義者だからです。
    音楽の抱擁を信じ、力を信じる敬虔な魂の信者だからです。

    前置きがあまりにも長くなりました。
    シンフォニック・ゴシック・メタルのウィズイン・テンプテーション。
    ゴシック・メタルというから聴きましたが、未体験のサプライズ・サウンドでした。
    SL160fd1.jpg<Black Symphony> CD+DVD
    レクイエムのようなプロローグからダークでロマネスクな雰囲気が漂っています。
    コーラス、生フルオーケストラの荘厳さ、そして分厚さ。
    シャロン・デン・アデルのソプラノが、ときには妖艶に、ときには清冽に、ドラマチックに、激しくメタルに、イノセントな天使の声となってライブを魅了しています。
    フィメールボイス・メタル・バンドは、ヨーロピアンなダークな叙情を織りまぜながら、劇的効果にすべてのプロダクツデザインをあわせて、激と静の振幅と美しい旋律が涙を誘います。そして儚いゴシック・ロマンの幻のように、わたしたちにひとときの夢を見せてくれるのです。

    ライブは音が耳から入り精神を刺激し新たな体験をプレゼントします。
    それは暗闇でベルベットの真紅の薔薇に出合ったような驚き。
    ダマスクの香りに全身が包まれたような未知なるものです。
    高貴な音楽に抱かれて聴くロマンティック・フレグランスです。


    ❖❖❖


    Levon Helm<源流にたどりついた旅人>
     2010.5.13

    いつの日か アメリカ南部を旅したいと思う。
    ミシシッピ・デルタからシカゴまで。
    母なる大河と平原、ロッキーの山並み。
    カントリーな世界は果てしない郷愁を誘う。

    カウボーイ・ハットとロング・ブーツ、長い髪にジーンズ。
    わたしの準備はもうできているわ。
    ブルースの生まれ故郷に行きたいの。
    旅人となって南部の風を感じたい。麗しい空を見たい。
    そんな願いもいつかは叶えられるだろう。
    きっと叶えられるだろう。

    旅人よ!
    たゆまず真理を求め
    山を越え河をさかのぼり
    諸州を旅する者よ

    流浪の民に
    道に迷いし愚か者のために
    北斗七星の輝きのように
    荒野に立つ風雪に耐えた一本の老木のように
    動じない巨岩のように
    故郷を思い出させる大河ミシシッピのように
    父のように寛容で
    母のように豊かに
    希望の言葉を分け与える人よ

    旅人よ!
    孤高の人よ
    切り立ったロッキーの峰々を支配し
    天を栖とする大鷲のように
    風に乗って舞い上がり
    眼光鋭く
    地上のすべての動きを知り尽くし
    生と死の瞬間を見定め
    時を超越した者よ

    臆病者の俺の話を聞いてくれ
    旅してきた証を聴いてくれ
    このしわがれた声で歌うから
    長い旅を続けて 巡り巡って
    また懐かしい故郷に帰ってきた
    もう老いぼれになっちまったが
    優しい娘が一人助けてくれる
    昔の仲間が出迎えてくれた
    俺はここでまた畑を耕して暮らす
    太陽と山と風といっしょに

    旅人よ!
    斧を振りおろすように
    運命を断罪する勇気ある者よ
    俺の話を聞いてくれ!
    そしてもう少し天国の
    俺の住処に行くのを待ってくれ

    神もわたしも旅人
    人間は誰もが旅人
    たとえ帰る家があっても
    そこは今世の仮住い

    by Anna

    SL160df.jpgLevon Helm, His 2007 comeback album "Dirt Farmer" earned the Grammy Award for Best Traditional Folk Album in February 2008.
    トラディショナルな曲を中心にアコースティックな世界が広がる。
    レヴォンのかすれた声は深みを感じさせ、なんとも言えない味わいがある。
    年を重ね、経験を積んだ者だけが獲得することができる、アメリカの伝統をふまえた独自の境地です。
    緩やかな時の流れは、働くことの喜び、家族の愛・優しさ・親しみ、人生のありようを、そして生きることへの価値を、十分に表現しているように思えます。
    アメリカでもレヴォンのようなアーティストは少なくなったのではないだろうか?
    このアルバムは録音も良く、何度も繰り返して聴いて、ただ堪能するだけ。

    "ラスト・ワルツ" は、76年の一大イベントでありました。
    ファイナル・コンサートには多くのロック・スターをゲストに迎え、充実したザ・バンドのプレーを聴かせてくれる。
    なぜ、これほどのグループが解散しなければならなかったのだろうか?
    70年代半ばから、パンクの嵐が吹き荒れる。
    繚乱と花開いたロックのロマンティシズムは、大胆な進化を遂げて、果実のように熟していたのです。
    時代の空気はアーティストに鋭く反映し、革新と停滞のアンビヴァレントな感情は、やがてロックの未来に影を落とすのでした。
    76年のザ・バンドの解散は、そういう意味で象徴的な事件だったのかもしれません。

    その後再結成されたけれども、かつての勢いは生まれなかった。
    ザ・バンドの栄光から30年。夢を追っても叶えられなかったのです。
    レヴォンも喉頭がんに罹り、再起が危ぶまれました。
    でもここに忘れられない1枚のアルバムを届けてくれたのです。
    アメリカ大陸の奥深いルーツと、豊かな大地の香りをいっぱいに詰め込んだ、素晴らしいアルバムを。

    古いトラディショナルな曲に、アコギ、マンドリン、フィドル、オルガン、ピアノ、アコーディオン。シンプルなバンド構成。
    そして、ザ・バンドの一員だったからこそ、成し得た美しく豊穣な収穫だと思います。
    楽しくて、ワンダフル!


    as386-1011.jpg
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