Identity Crisis

    高速道路を150kmのスピードで走り抜ける。
    ほとんど追い越し車線を風のように飛ぶ疾走感は、適度な緊張感をともなってパンクな気分になる。
    サスペンションと足回りが安心感を与え、シートに心地良い振動が伝わってきて、ハンドルを握った手が汗ばむ。過去を振り切り未来を追いかけるレーサーのように、流れるような風景も目に入らず、次々と変わる前方のパノラマに視点を合わす。
    走れ! 飛ばせ! 追いつけ! 限界を越えろ!
    わたしは “The Music” を聴きながら更にアクセルを踏みこんだ。シュールでサイケなグルーヴが陶酔を誘う。
    SAに立ち寄って胸の動悸を静める。
    「どうしてあんなにスピードを出すの? 恐くないの?」
    「恐怖なんて何でもない。音楽のせいよ」

    大胆不敵な名前を冠したザ・ミュージック。
    <彼らにできたんだもの、わたしにも何かができるわ>

    やりたいことをやり、認められ、成功する。
    これほど幸せなことはこの世にありません。
    天職が勝手に自分を見つけ出してくれて、導くように音楽の殿堂に連れて行ってくれる。
    ザ・ミュージックという名前は、怖いもの知らずの10代の若者が考えた無邪気で幼稚な、それでも彼らには十分意味ある名前だった。

    themusic.jpgThe Music / STRENGTH IN NUMBERS>Jun.2008
    1. Strength in Numbers
    2. Spike
    3. Drugs
    4. Idle
    5. Left Side
               6. Fire
               7. Get Through It
               8. Vision
               9. Last One
               10. No Weapon Sharper Than Will
               11. Cold Blooded
               12. Inconceivable Odds





    「ただ走り抜けたって何も残らないわ」
    「青春って素晴らしいけど、何をやりたいのかよく考えて進まないとね」
    「難しい言葉で言えばアイデンティティーを実現すること。誰でも青春にある者はアイデンティティー・クライシスを抱え込んでいるわ。特に男子はね」
    「ザ・ミュージックの音を聴けば分かる。彼らも越えようとしたのね。必死で。でも重たいわ、彼らの音!」
    「それはきっと悩みの深さなのね。彼らは好きなようにやったって言ってるけど、彼ら自身も意識していない深い層の無意識レベルのこと」

    ライヴに行けば分かるでしょ?
    ロックってダンス・ミュージックだってこと。
    グルーヴ感が高揚を促して、制約から解き放された自分の魂が見える瞬間のこと。
    ギター・サウンドは魔力。ダンス・ミュージックと絡んで大衆性を獲得する。
    ダンス・ミュージック=大衆性、ギター・サウンド=普遍性という単純な線引きはできませんが、彼らの新しさは青春の疾走感をアレンジした無作為のようなサウンド。
    青春の奔放さに溢れていること。同時に重さも引きずっていること。
    彼らはその後自分たちが立つポジションを確認するために、内面的な迷いを乗り越えるために、4年間というインターバルが必要だったのでしょう。

    3rdアルバムは彼らがやっと方向性を見出して、ノロノロと再び走り出したことを示しているのでしょうか?
    それは車がなめらかなエンジン音を取り戻したということなのでしょうか?
    でもわたしの敏感なアンテナは、まだ厳しい山道で立往生している姿が見える。雲に隠れた遠くの山並みを眺めながらため息をついてる姿が見える。まだ何かはわからないけれど、手が届きそうで届かない何ものかが、行く手を阻んでいるのが見える。

    ★アイデンティティー・クライシス 【identity crisis】 大辞泉
    自己喪失。若者に多くみられる自己同一性の喪失。「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」という疑問にぶつかり、心理的な危機状況に陥ること。

    彼らのサウンドはロックの王道を行く筋肉と骨格、ヴィジョンとセンスを備えているとわたしには感じられます。使い捨てティッシュのような音楽が溢れている現在、それは価値観を喪失し、移ろいやすい現代人に訴えかける魂の響きが込められているようにも感じられるのです。でもまだ十分にその魅力を発揮しているとは言えません。
    でも、でも、でも、もうすぐ見えるよ!諦めないで進めば、晴れ渡った視界のなかで多くの峰々が光り輝き、先人たちも同じように道を越えてきたのだということがわかるよ!
    あなたたちは悩んだ分だけ成長し、偉大な跡を受け継ぐ十分な資格を得るわ。そのときはきっと見えるでしょう。帰るべき精神の故郷に本物のロックの宮殿がそびえ建っているのが!

    デビュー・シングル(Take The Long Road And Walk It)で困難な道を歩むことを、すでに歌っているというのは奇妙というよりありません。それにまだ10代だというのになんと大人びているのでしょう。ストレートでありながら音のスケールが半端じゃありません。UKロックシーンに新しいエネルギーが蘇ったと誰もが思ったはずです。
    <何かを伝えたい>そんな直情的なグルーヴがこのバンドからは感じられます。ファッション化したロックに真っ向から挑む真面目さが感じられるのです。

    1曲を作ることは大変なことに相違ない。
    アーティストはアグレッシブな格闘のなかに自己の存在意義をかけて挑戦しているのです。青春はまばゆいばかりに輝き続けるとは限らない。誰もが悩み苦しんでいる。生きることは目的を見つけ出すこと。彼らは頂上を目指し危険な登攀を試みている。わたしはクライシスを克服し、誰もが待ち望んだロックの正しき道を歩んでくれると確信する。拳を握りしめたくなるようなエキサイティングなサウンドがアルバムからほとばしり現れるのを・・・・・わたしは待っています。


    この記事は2010年7月21日にブログに書いたものです。
    今聴いても決して古さを感じないサウンドですが、結局、グループは4枚のアルバムで解散しました。問題提起のまま解決できずに、やがて感性をサビつかせる。ありがちなルート選択に少しがっかりですが、よく考えてみれば誰もが似たような人生を歩んでも疑問に感じない鈍感さが見られます。もちろん自分もそのクライシスを抱えていて、もがきあがいていることを自覚しています。
    多かれ少なかれ、程度差はあっても危機を抱えているのが人生です。青春の無謀さ、一途さは、これを乗り越える積極的果敢さとでも言えるのかもしれませんが、苦痛や限界に立ち向かう勇気は熟練や経験とは無関係のような気がします。


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