詩人と音楽

    前にも言ったことがあるのですが、プレイヤーは最良のリスナーであるべきだと思います。自分にとって必要な音楽的な思想、アプローチの仕方など、過去のミュージシャンから学ぶべきものは多く、特に、ロック・ビギニングとも言うべき60年代の創造性に溢れたシーンには、ドキドキするほどのダイナミズムと瑞々しい感性に魅力されます。

    大学時代、図書館で<ボブ・ディラン全詩集>という本を見つけ、ラッキー!とVサインをしたい気分でしたが、あまりの分厚さに戦意喪失。結局読まずに終りました。稀有な詩人の歩みに、今でも畏怖の念を持っていますが、昨年、ノーベル賞を受賞したときは、十分過ぎるほど資格があると考えていたわたしにとっては、遅すぎるくらいでした。
    初期の傑作<追憶のハイウェイ61>は、ディランにとって、大きな転換期となったと同時に、ロック・ミュージックの流れを変えた60年代の最重要アルバムと考えます。プロテストソングという政治的メッセージ性の強いフォークから、ロック・ポピュリズムへ、エレクトリックの力で切り開いたディランの才能は天才に値する。フォークはアコスティックでなければならないという偏見を打破し、エレキギターを持ったときは、激しいパッシングを受けました。音楽的必然でエレキの可能性を体現していたのに、保守派や現状維持派は、古いものに価値を見出し、改革することに抵抗を示すのです。自由なポピュラーソングの世界ですら、ある程度の時間が経つと、定型の音楽パターンを越えるものは嫌われてしまう。
    まだ読み終えてませんが<ボブ・ディラン自伝>はかなり面白い。
    特にデビューまでの描写はさすが詩人、ニューヨークのショービジネス、エンターテインメントの世界を生き生きと描いております。<クラプトン自伝>は淡々と、まるで他人事のようなストーリーを読んでいる印象でした。クラプトンの性格を表していると思いました。
    <クラプトン自伝>もおもしろかったのですが、<ボブ・ディラン自伝>の方が読み応えがあります。印象的なのは大物プロデューサー、ジョン・ハモンド。新人スカウトにかけては並ぶことがない有能な人物で、未来の音楽シーンを先取りするような見方、考え方は凄い。プロデューサーは時代を作る、シーンを演出するのが仕事なのだとあらためて感心しました。
    ディランの若者らしい率直さと悩み、野心、音楽を愛して止まない心情に共感できます。わたしも音楽を愛して止まないと、ディランに伝えたい衝動にかられました。彼もまた、頭から水を浴びたように、音楽の魔法にどっぷりと浸かってしまった、優しい使徒なのです。今まで雲がかかってはっきり分からなかったディランの等身大の人物像が、鮮明に浮かんでくるようです。ますますディランが好きになりそうです。

    アメリカンフォークの源流には、一人のシンガーがいます。伝説の国民的シンガーですが、開拓者というキーワードで、アメリカの詩人・ホイットマン(1819~1892)と共通する精神が感じられます。ウッディ・ガスリー(1912~1967)、貧しいけれど歌わずにいられなかった強い衝動は、矛盾や悲しみを乗り越えて訴えかけてきます。
    ボブ・ディランもアメリカンフォークの系譜のうえに在り、ウッディ・ガスリーの影響を受けている。正しく言えば、アメリカ生まれのシンガー&ソングライターで影響を受けていない人間はいない。「ガスリーズ・チルドレン」と呼ばれる人々です。

    『ガスリーの考える音楽とは、揺らぐことのない原則を追及する手段でなくてはならず、そのための必然的なかたちをとっていなくてはならなかった。そして彼の場合、その原則はきわめてわかりやすく、オプティミスティックで、明快なものだった。歌を作り、それを歌うものは、人々に語りかけるべき確たるメッセージをもたなくてはならない。・・・
     ウディ・ガスリーは(彼の考える)正しき音楽にとって必要な「精神的支柱の立ち上げ」を、ほとんど独立でおこなったのである』
    (村上春樹「意味がなければスイングはない」)


    Woody Guthrie - This Land Is Your Land





    草の葉『今このときからぼくはきっぱりと宣言する、ぼくは空想上の境界線や限界からは自由になって、
    行きたいところへ足を向け、ぼく自身をぼくの絶対無二の主人となし、
    他人の言葉にも耳を傾け、彼らの言いぶんをじっくり考え、
    立ちどまり、探しまわり、受けとり、考えこみ、
    ぼくを縛ろうとする制約を、穏やかに、しかし断固たる意志の力で脱ぎ棄ててみせる』

    (草の葉「岩波文庫」酒本 雅之訳 以下引用は同じ)
    断固たる意志があったかどうかは分かりませんが、放浪癖があったのは事実です。旅をしている間は、境界線や束縛はなかったろうし、自由であったかもしれないが、それは見方によっては、生活破綻者の現実からの逃亡だったのかもしれません。

    『大地はけっして飽きがこない、
    大地は最初は粗野で、無口で、理解しがたく、「自然」も最初は粗野で理解しがたい、
    挫けてはならぬ、怯んではならぬ、みごとなものが内側にしっかり包みこまれている、
    誓ってもいい、言葉では語れぬような美しくみごとなものがきっとある』

    美しく見事なものとは何だろうか?
    自然のなかに隠れている神?
    自然のように規則性がないようであるリベラルな生きかた?
    自然を愛するデモクラシーのこと?

    『右に左に大地は広がる、
    風景は生気を帯び、あらゆる部分が精いっぱいに光り輝き、
    楽音は待ち望まれている場所に降りそそぎ、望まれぬ場所では鳴りをひそめる、
    万人の道の晴れやかな声、陽気でみずみずしいその情感』
    『魂の流露がすなわち幸福、これぞまさに幸福というもの、
    たぶん幸福は戸外の空気にくまなく漲り、いつも機会を待っている、
    今こそ時は熟して幸福はぼくらめざして流れ寄り、ぼくらはその流れにしっかりと満たされる』

    なぜ家族を顧みず、放浪の日々に明け暮れたのか?
    その理解しがたい衝動は、単純に責任放棄とか逃避とかという言葉で語られるものではないように思われる。実際、彼は大地に伸びる道をひたすら歩みながら、名も無き民の悲しみと苦しみに立ち会うことになる。アメリカという大地、夢が叶えられる光り輝く大地、理想が実る民衆の国には矛盾が満ち溢れていました。
    彼自身、まるで別人のような矛盾を内面に抱え込んでいました。家族的な親密さを望みながら、妻子を養うこと、家族の一員であることの責任を放棄したように見えます。労働者の味方を心底から演じながら、自分は生産的な労働を続けることができなかった。
    不思議なのは彼の意識のなかには、そのような正反対の行動と対立するような感情が違和感なく、在るべきものとして何の疑がいもなく受け入れられていたこと。彼は詩人としての才能に恵まれていました。詩を作り歌うことが労働であり、社会に対する責任のとり方でもありました。
    言葉は音楽です。言葉と音楽は表裏一体です。詩を音楽とともに伝えることができれば、言葉は更に情感がこもった表現になるでしょう。心に響くのです。ギターとハーモニカの素朴なフォークソングは詩の内容を伝える手段としてベーシックな最良の構成ということが言えると考えます。
    それにしてもギターという楽器は、簡単に持ち運びができて、しかも色々なコード進行が可能なのですから、音楽学習とセンスを身につける優れた楽器と言わなければなりません。
    彼の詩と音楽は民衆の声を代弁し、帰納的な結論を導く役割をはからずも担っていました。

    『分かってくれ、偉大な宗教の胚種を大地に蒔く、ただそのことだけを願って、
    ぼくは今からかずかずの歌を歌っていく、その一つ一つに実在の姿を刻みながら』
    『彼らに進路が見つかるようにぼくは情熱の歌を作ろう、
    それから法に見放された犯罪者諸君、君たちの歌もだ、肉親のまなざしで君たちをつぶさに眺めて、ほかの誰とも区別しないでぼくの道づれに加えてあげよう』
    『ぼくは部分にかかわる詩は作らずに、
    総合にかかわる詩、歌、思想を作ろう、
    それから一日のことは歌わずに、すべての日々のことを歌おう、
    それから魂と無縁な詩は一遍たりとも、いやほんのひとことだって作るまい、
    宇宙の物象を見終わった今、ぼくには魂と無縁なものは何一つ、ただの一片だって存在しないことが分かっている』

    彼は悩みながら悟っていたのかもしれない。逃亡しながら前進していたのかもしれない。荒々しい大地に父性を感じ、克服しようとしたのかもしれない。涙のように清浄で豊かなトラディショナルの世界に、肉親の情と大地に蒔く種を感じていたのかもしれない。彼はときにはバカにされながら、犬のように棒で追われながら、ただ歌を歌っていただけなのに、アメリカを愛していたのに、体制から嫌われ牢獄に繋がれもした。大地を吹き渡る風のように歌い継がれてきたブルースを、母が子守唄のように歌ってくれた伝承歌を、まるで麦を束ねて黄金の馬車に積むように、麗しいフォークソングの収穫を、我々に届けてくれたのです。オリジナルの、もっと的確な言葉で言えば、ポピュラーソングの土台を理想的な形で耕し、トラディショナルを一つに収拾し、まとめ上げてくれたのです。
    ウッディ・ガスリーの分かりやすいオプティミズムは、悲惨な内容を詞に歌いながら、何かしら心温まる励ましが感じられます。これらのメッセージソングはナチュラルに、素朴なギターの音楽的詩人の明確な意志を感じさせます。アメリカの大地に根ざしたリアリズムと普遍的な価値を内包しています。


    『ぼくは「からだ」の詩人、そして「魂」の詩人、
    天国の愉楽はぼくとともにあり、地獄の業苦もぼくとともにあり、
    前者をぼくはぼく自身に接木して増殖し、後者を新しい言語に翻訳する』

    ホイットマンに接木されたガスリー。そのガスリーから新しい言語を得たその後の詩人たち。アメリカの大地は詩に溢れている。


    Bob Dylan - Knockin' on Heaven's Door "Original"

    若いときから、悲しみと苦悩が同居した詩人の顔をしている





    Bruce Springsteen - This Land Is Your Land




    【ブルース・スプリングスティーン】
    真理に行きつく道は決まって真っ直ぐではない。稜線にたどりつくためには、霧がかかった谷に下らなければならない。海峡を渡るためには、荒い波頭を越えていかねばならない。不動のものと揺らぐもの。スプリングスティーンはデビューからロックそのものでした。彼は迷いから普遍的な真理に行き当たります。それはわたしのような経験浅い者が知ったかぶりで口にすることではないかもしれませんが、ごく当たり前のことでもありました。感動を与え、献身的に尽くし、心から共感を示し、共生して行くという、他人がどうのこうのではなく、そういう自分の姿勢が人生の喜びなのだという賢者の思考です。「実に自己こそが自己の主。自己こそが自己の依りどころ」とする自己肯定を思い起こさせる選択です。
    流れている川はいつも新鮮です。古いフォークが新しい精神を生み出します。ウッディー・ガスリーという偉大なシンガーが受け継がれていることが、それを示しています。スプリングスティーンが知的なのは、考え抜く力を人一倍持っているからだと思うのですが、それはエネルギッシュな、タフで創造的な、ナチュラルでストレートなライヴを見ればわかります。
    スプリングスティーンのなかには青年の逞しさと壮年の賢さが同居しています。これから先、人気が落ちていくようなことがあっても、彼にとってはさして重要なことではないでしょう。普通に、平凡に生きていくことの重要性を知っているのですから。シンプルに生き、死んでいくことの難しさを知っているのですから。悟った人はシンプルです。
    飾り気のない人柄は、飾る必要がないからだとも言えます。内容がない人ほど外面を飾り立てるものだと考えるからです。



    ~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~★*:..☆゚~


    旅人よ!
    たゆまず真理を求め
    山を越え河をさかのぼり
    諸州を旅する者よ

    流浪の民に
    道に迷いし愚か者のために
    北斗七星の輝きのように
    荒野に立つ風雪に耐えた一本の老木のように
    動じない巨岩のように
    故郷を思い出させる大河ミシシッピのように
    父のように寛容で
    母のように豊かに
    希望の言葉を分け与える人よ

    旅人よ!
    孤高の人よ
    切り立ったロッキーの峰々を支配し
    天を栖とする大鷲のように
    風に乗って舞い上がり
    眼光鋭く
    地上のすべての動きを知り尽くし
    生と死の瞬間を見定め
    時を超越した者よ

    臆病者の俺の話を聞いてくれ
    旅してきた証を聴いてくれ
    このしわがれた声で歌うから
    長い旅を続けて 巡り巡って
    また懐かしい故郷に帰ってきた
    もう老いぼれになっちまったが
    優しい娘が一人助けてくれる
    昔の仲間が出迎えてくれた
    俺はここでまた畑を耕して暮らす
    太陽と山と風といっしょに

    旅人よ!
    斧を振りおろすように
    運命を断罪する勇気ある者よ
    俺の話を聞いてくれ!
    そしてもう少し天国の
    俺の住処に行くのを待ってくれ

    神もわたしも旅人
    人間は誰もが旅人
    たとえ帰る家があってもそこは今世の仮住い

    by Anna



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